表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/8

第3話 魔の森

 ――今日、俺は召喚獣と契約を結ぶ。


 契約の地は、アルヴ家の館の北方に広がる〈魔の森〉。

 誰もがその名を恐れ、近づこうとしない。

 幾多の召喚士が試練の場として命を落とした、静かで、そして最も深い森。


 契約とは、己に見合った魔獣を探し、心を通わせ、魂の契を交わすこと。

 強制ではなく、互いが“選び合う”もの。

 呼ぶ者と、呼ばれる者――その二つの魂が共鳴した時、初めて召喚獣は名を得る。


 俺にとって、それはただの儀式ではない。

 前世で届かなかった“世界との繋がり”を、ようやく掴むための一歩。

 胸の奥の魔核が、静かに脈を打つ。


 (俺の召喚獣……どんな存在なんだろう。)


 期待と、不安と、ほんの少しの恐れが入り混じる。

 森の向こうには、未知の魔獣たちが息づいている。

 炎を喰う獣。風に溶ける鳥。影を飲み込む蛇。

 そして――誰にも馴らされぬ“古の存在”が眠るとも言われていた。


 俺は拳を握った。

 雷のような鼓動が、体の奥から響く。


 「……行くか。」


 その瞬間、雷雲が遠くで鳴いた。

 まるで俺の決意を祝福するかのように。


 「デリック、ここからはお前一人で行くしかない。

  それが――この“契約の儀”の決まりだからだ。

  まだ七つのお前に酷なことをするのを、許してくれ。」


 父の声は、いつになく低く響いていた。

 森の入口には、古代の石碑が並び、そこに刻まれた文様が淡く光っている。

 〈魂の門〉――召喚士だけが通れる、境界の印。


 俺は小さく頷いた。

 「分かってますよ、父上。

  立派な召喚獣と……契約してまいります。」


 父の口元に笑みが浮かぶ。

 その手が俺の頭に置かれた瞬間、胸の奥が熱くなった。

 ――この手の温もりを、前の人生では知らなかった。


 「それでこそ、デリックだ!」


 その言葉に、幼い心のどこかで誇らしさを覚えた。

 父は少し遠くを見るようにして言葉を続けた。


 「英雄アルトルート様は、グリフォンと契約したと伝わっている。

  その翼で敵を空から焼き払い、戦場を炎の海に変えたそうだ。

  ……お前も、アルトルート様に負けるなよ。」


 “アルトルート”。

 その名を聞くだけで、胸の奥が微かに疼く。

 (あいつはグリフォンか……じゃあ、負けてられないな。)


 けれど、心の中で呟いたその言葉の裏に、不安が入り混じっていた。

 グリフォン――一級の魔獣。

 その気高さゆえ、王国でも契約者は数人しかいない。

 俺のような七歳の子供に、果たして立ち向かえる相手がいるのか?

 そして、それ以上の存在など、本当にこの森に眠っているのか……?


 父が静かに頷く。

 「……行け、デリック。お前の呼び声が届くように、神々も見ているだろう。」


 母が、後ろから一歩進み出た。

 黒髪が風に揺れ、瞳が揺らめく。

 「デリック、気をつけるのよ……絶対に、無理はしないで。」


 俺は微笑んで答えた。

 「うん、行ってくる。」


 森の中から吹き出す風は、まるで呼吸をしているように重かった。

 足を一歩踏み出すたび、空気の密度が変わっていく。

 振り返れば、父と母が並んで立っていた。

 陽光が二人の背を照らし、その光がまるで“この世との境界線”のように見えた。


 俺はその光に背を向け、深く息を吸い込む。

 「じゃあ……行ってまいります。」


 「――ああ、行ってこい。」


 「デリック……絶対に帰ってきなさいね。」


 母の声が微かに震えていた。

 その言葉を背中で受け止め、俺は“魔の森”へと足を踏み入れた。


 木々の間から差し込む光は細く、森の奥は深く暗い。

 どこからか低い唸り声と、獣の気配。

 土の匂いに混じって、微かに鉄のような血の臭いが漂う。


 (……ここが、魔の森か。)


 その名の通り、森は生きていた。

 枝が風もないのにざわめき、地面の下で何かが蠢く気配。

 遠くで雷鳴が一度だけ鳴り、胸の魔核がそれに共鳴した。


 俺は拳を握り、前を見据えた


 召喚獣も――元を辿れば、ただの“魔獣”だ。

 その危険性は、生半可な訓練では対処できない。

 七つの子供が挑むには、あまりに過酷な試練。


 だが、俺はもう“ただの子供”じゃない。


 (前の人生で、何もできなかった俺とは違う。)


 土の匂いが濃くなる。

 木々の間を抜けた先、影がひとつ――動いた。

 低く唸るような鳴き声と共に、地面が震える。


 「……来たな。」


 草をかき分けて現れたのは、

 二足歩行でダチョウのような体躯を持つ魔獣――〈ダルグ〉。

 濁った黄の瞳。

 赤黒い嘴。

 全身を覆うのは、羽毛とも鱗ともつかぬざらついた皮膚。


 地を蹴る音が響いた瞬間、

 風が裂けた。


 ダルグの突進は速い。

 人間なら反応する間もなく貫かれる。

 けれど、俺の中の魔核がわずかに震え、

 空気の流れが読めた。


 「雷召喚魔法――雷切ッ!」


 詠唱と共に、指先から閃光が走る。

 雷鳴が空気を裂き、身体が自然と動いた。

 俺は宙で身体を捻り、ダルグの突進を紙一重で避ける。

 背後を取った瞬間、

 雷を纏わせた刃で、その首筋を一閃した。


 青白い光が弧を描き、

 稲妻の残光が森の中に揺れる。


 「ギャッ……!」


 断末魔が響き、ダルグの巨体が崩れ落ちた。

 焦げた臭いと共に、地面に煙が立ち上る。


 息を整える。

 鼓動が速い。けれど、心は妙に静かだった。


 「……思ったより、悪くないな。」


 掌に残る微かな熱と、雷の残響。

 前世では感じることのなかった、生の感覚。

 ――これが、“生きて戦う”ということか。


 俺はダルグの死骸を一瞥し、森の奥を見つめた。


 まだここは浅瀬。

 この先に進めば、

 召喚士の試練を越える者しか帰ってこられないと言われる地帯――“深層域”が待っている。


 「……奥に行けば、もっと強い魔獣がいる。」


 雷の光が消えゆく森の中、

 俺は足を踏み出した。


 空がかすかに唸る。

 まるで、遠くで“何か”が呼吸をしているように――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ