第2話 首相の過去と信念
首相・伊達宗一は、静まり返った公邸の執務室で、事故の報告書を読んでいた。彼はまだ若く、国民からの支持も厚い。常に穏やかな微笑みを浮かべ、「優しい首相」として知られていた。
報告書には、高速道路からの落下事故、死者5名、重軽傷者多数、そして加害者は逃走中と記されていた。彼の視線は、遺族の欄にある「次女:美咲、次男:健太、重体」という文字に釘付けになった。
伊達の脳裏に、幼少期の記憶が蘇る。
宗一は小学5年生の時、同じクラスの藤田ら5人のクラスメイトから壮絶ないじめを受けていた。罵倒、暴力、無視。クラスの担任に相談しても、形だけの口頭注意で終わった。勿論、いじめが無くなる事はなかった。
ある日の技術の授業開始前。
技術室で宗一の後ろの席に座る藤田は、ふざけて彫刻刀を宗一の顔目がけ突き出した。宗一は危険を感じ、反射的に彼の腕を払いのけた。その拍子に彫刻刀が隣にいた橋本の首元に突き刺さる。仲間が刺されたその光景を見て、近くにいた青木は宗一に殴りかかるが、宗一はそれを防ごうと、とっさに机の上に置いてあった彫刻刀を握り、その手を前に突き出す。青木の拳は宗一の顔をかすめるが、勢いづいた青木の体はそのまま前に進み、宗一が持つ彫刻刀が眼球に深く突き刺さってしまった。この出来事により、橋本と青木の二名が亡くなった。
いじめられていたのは自分なのに、ただ反射的に身を守る行為だったのに、誰も宗一の苦しみを理解しようとしなかった。どんなに説明しても、担任をはじめ、全ての先生、保護者は、宗一に対して「人殺し」の烙印を押した。
両親は宗一がいじめられていた事、自分を守るための行動だったことを信用してくれたが、この事件をきっかけに離婚した。
このとき味わった理不尽と絶望が、伊達宗一を突き動かす原動力となった。
「この国を変える。理不尽が罷り通る社会を終わらせ、被害者は絶対に救う」
彼は誓った。そして今、伊達宗一は日本のトップに立ち、自らの手で「正義」を執行するための秘密警察を組織した。法が届かない場所、権力が悪を庇う場所、そこで苦しむ国民を救うために。
報告書を閉じ、伊達は静かに呟いた。
「また、私と同じ思いをしている者がいるな。……探しなさい」




