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第一話

尾張の空は、いつも風に騒いでいた。

戦の煙、血の匂い、そして家督を巡る陰影が、城下を覆っていた。

織田信勝。

兄、信長と同じ土田御前を母に持ちながら、彼は全く異なる光を宿して生まれ落ちた。兄が奇矯なうつけと呼ばれ、人心を惑わせたのに対し、弟は端整で落ち着き、古き織田の家臣たちの心に、しとやかな安堵を与えた。

父・信秀がまだ剛腕を誇っていた頃、信勝はただの少年に過ぎなかった。だが父の影が病に削られていくにつれ、家中の視線は変わった。この若木こそ織田を継ぐべきだ、と。

母もまた、ひそやかにその念を抱いていた。彼女の眼差しは、しばしば信長を素通りし、信勝にだけ注がれた。

父、信秀がこの世を去った時、信勝はまだ16に過ぎなかった。兄は18。

兄が家督を継ぐのは当然のことだったが、尾張の地に渦巻く囁きは別であった。うつけの兄より、賢き弟を‥。

「信勝!ABC分かる?!ABC!」

「はぁ‥?」

「COMEと書いてコメ!ガハハ!」

「兄さん‥名前のスペルNOBUNAGAじゃなくてNOOBUNAGAになってるよ。」

「スペルってなんだ‥?」

「ハァ‥?」

兄を仰ぐべきか、兄を討つべきか。

家臣たちは揺れ、母は涙を隠し、少年はただ夜空を見上げた。

胸の奥に燃えるもの、それが野望か、それともただの宿命か。

まだ誰も知らなかった。


挿絵(By みてみん)

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