1-5.
村の入り口にて、シノブは勇者一行との最後の別れに立ち会った。
「短い間でしたけど、すっかりお世話になりました」
「まあ、お目当てのアイテムも見つかってよかった」
「シノブさんっていうSSRなキャラに出会ったことのほうがすごかったですけどね」
「あはは。もうそんな前世の用語で話すことも無くな───あ、そうだっ」
シノブはジャケットの内ポケットからスマホを取り出した。
炭化したものが何故戻っているのかはそのうち解説する。ついでに髪型も元のナチュラルショートに。
「シノブさんも持ってるんですね。でもこの世界じゃ……第一、僕のはバッテリーが無いですから」
「そうなの。俺のはずっと100%で減らないんだけど。ほら」
「ええ───っ、何でですかっ。ま、まさかネットも……」
「ああ、それはさすがにつながらない。だけどオフラインで使える機能は生きてる。たぶん俺のスキルで〝電池切れの不便〟が解消されてるんだろうけど……勇者君のやつも、持ってるなら見てやろうか」
「(……っ、シノブさんなら、もしかしたら……)は、はいっ。ちょっと待ってください」
勇者は背嚢からいそいそとスマホを取り出した。使えないとわかって持ち歩くのは、やはり現代人の分身というか、性と言おうか。
「どれどれ……お。早速来た来た。ほいよ」
受け取ったスマホをすぐさま返すシノブ。勇者はそれを手にした途端、全身が震えあがった。
振動ひとつ、起動音がひとつ。この世界へ来てからずっとブラックアウトしていた画面が再び光り輝き、ホーム画面が立ち上がった。
「す、スマホがっ……起動しっ……」
勇者は、震える指で画面を撫でた。
画像アプリに入った親兄弟、友人との写真を、泣きながら笑顔でゆっくりとめくっていく。
「……ぅう、ぐすっ、ううう……」
二度と届かないと思っていたかつての日常に、また触れられる。その事実に、ただただ嗚咽がこぼれる。
勇者などと言われどれほどチヤホヤされようが、まだ20歳前後。不可逆な異世界への旅路は、どれほど辛いものだったろうか……と、シノブは何となく推察はしたが、心底同調するものはなかった。
(俺は特に未練が無いからなあ。こっちのほうが断然面白いし。でもこれが〝普通の人〟なんだろうね)
シノブはさすがにその胸中を言葉にしなかった。ちゃんと空気を読めた。
「勇者君。せっかくだからLYNEとか電話番号、交換しとこうよ」
「んずびっ……ば、はい。でもネットが」
「電池が減らないぐらいなんだ。何があるかわかんないぜ。やれることはやっておこう」
「ですねっ」
お互いのQRコードを読み取り合う。傍から見れば、黒いもじゃもじゃ絵をかざし合う珍妙極まった行動。
後に、まさかこれが本当につながって何やかんやとなるとは、この時は二人とも知る由などなく。
「───ではシノブさん。きっとまた、会えることを願ってます」
「ま、お互い生きてたら、機会はあるさ」
勇者ほか全員とも固く握手をかわし、送り出す。
何度も振り返っては、手を振る勇者たち。魔法使いだけは、お土産に渡されたシシザサ茶の麻袋を怪訝そうに見つめていた。
───その夜。
山間の村はいつも通り暗闇の中、月明りに照らされた屋根だけを浮きだたせている。
シノブは硬いベッドで仰向けに寝っ転がり、暗い天井をじぃ───っと見つめている。
今日のことを思い出す中で……ふっとスイッチが入り、上半身を跳ね起こした。
「よし、明日ここを発とう」
思い立つなり家を飛びだし、斜向かいにある前村長宅の扉を叩く。
口ひげに恰幅。人の良さがこれでもかとにじみ出た老練の顔がにゅっと覗いた。
「おお、どうした。魔物でも出たかの」
「じいさん。ほんっと突然だけど俺、明日この村を出る。だから村長の役を返上しようと思って」
「……そうか。まあちょっと入れ。美味い茶を淹れるから」
前村長はごく一般的なハーブ茶をコップに注ぎ、小机についたシノブへと手渡した。
「ふう……明日とはこれまた。律儀に声をかけてくれたのはありがたいがの」
「自分でも驚いてる。まあここはもう大丈夫だろって思ってさ」
二人の間に夜の静寂が流れ込む。
一年と少し。滅びゆくはずだった村と、不思議な男の邂逅がもたらしたものは、わずかな期間でもそれは刺激的で、濃厚なもの。二人は、それぞれに今日までのことを頭に巡らせていた。
「……ふふ、ふははっ」
「何についての思い出し笑いだ、じいさん」
「何もかもだ。嫌がる儂らに虫を食わたり、その辺の雑草を片っ端から煎じて飲ませたり。かと思えば、山道を均して、水場の無かったこの村に川を引っ張って、魔物を飼う。本当に、思い返すほどに無茶苦茶な男だの」
「まあね。なんだかんだでみんなめっちゃ元気になったし。喜んでくれてると信じてるよ」
「そりゃあ、お前さんを村長に据えたぐらいだからの」
前村長はシノブの顔を今一度、やさしく笑みを浮かべて見つめる。
そっと立ち上がると、台所下のツボをごそごそとし、何やら取り出した。
「ほらこれ」
ずしっとした革袋。中には二、三種ほどの硬貨が、優に百枚以上は詰まっていた。
「ここでは要らんが、出るならそうはいかん。この世で一番有って困らんもんだからの。この日を想って、みんなで集めておいたんだ。遠慮なく持っていけ」
「おお~、助かる。勇者たちからちょっとぐらいは貰っておけばよかったって後悔したからさ」
シノブは立ち上がり、現村長とハグを交わした。
「……今日までこの世界で生きてこれたのは、あんたのおかげだ。ありがとう」
「儂らを生かしてくれたお前さんが、それを言うのも何だがのう。こちらこそ、ありがとうよ───」
───翌日、早朝。
村の入り口にて、現村長以下、村のじいさんばあさん11名が揃ってシノブを送り出す。
昨日の今日で送り出される側に立つ自分。シノブは少し奇妙さを想いつつ、皆に深々と頭を下げた。
「みんな、ありがとう。何か月後か何年後か、また顔を見せに来る。生きてたらだけど」
「何を言うとる。儂らより先に行くのだけは、絶対許さんからの」
ひとりずつ、ゆっくりとハグをしていく。
全員終えるなり、シノブは敢えて振り返ることなく山道を下って行った。
「儂らを生かしてくれた」───村のみんなが喜んでくれた、一番のこと。
シノブの能力は、己にかかる不便を利便に転換する。さらにそれを形にして、誰かにシェアすることができる。
この何もかも知らない世界で、とことん不便を楽しみたい。楽しんだものは次に、誰かを喜ばせる。経緯が強引でヤバい時もあるのはさておき。
(なんだ、つまりはユォテューバーの時と、やってることは一緒じゃないか)
そう思った途端、何があっても笑いながら生き抜いていく決意がみなぎったシノブ。今日は、新たにその世界を拡張していく一歩を踏み出した記念すべき日。
数十分歩いたところではたと思い付き、スマホを取り出す。
録画ボタンをぴこんっと押し、久しぶりに自撮りを始めた。
「どうも~『シノブるチャンネル in 異世界』、忍耐の忍と書いてシノブですこんにちは。
……まあ、どうせ誰に届くわけでもない記録なんだけどさ。
いつか誰かがこれを見て笑えるように、最後が来るその時まで、楽しみまくってやるから」
<2章へ続く>