1-4.
「───そんじゃ、残り半分と行きますか」
「右のほうですよね」
奇行の意味はわかったが理解は及ばない中、シノブと勇者一行は村の宝『抗異の腕輪』を求めて最奥へと向かった。
「さっきのパンって、村のおじいさんおばあさんはどうやって食べてるんですか」
「のこぎりで切ってヤギの乳に浸して、パン粥みたいにしてる。実際、歳関係なく、そのままじゃ食えないよな」
(シノブさん、どうも自分が試したことを僕らにもやらせてるフシあるな。怖すぎる)
小一時間経過。剣が少し振りにくいほどに洞窟が狭まり、岩肌の冷たさを感じるほどになった頃。
「───! ホーリーライトがかなり揺らいでますっ」
僧侶が立ちどまり、緊張の面持ちで皆を制した。
「それがどうしたの」
「この先に高レベルの魔物がいるということだっ」
「さっき逃げたスライムじゃないの」
呑気なシノブ以外、全員が構えを取りつつ、慎重に奥へと向かう。
大きく開けた場所でホーリーライトが照らし出したもの。
勇者パーティは顔面を強張らせて、緊張をあらわにした。
「なんっ……だとぉ? こ、この禍々しい魔物はっ」
「あっ……アナサーペントだっ。こんな小さな洞窟に、何故っ」
長くとぐろを巻いた身体は不気味に赤黒く、てらてらと艶めかしく光っている。
黄色い楕円の瞳が勇者たちを捉えるなり、鋭い牙を見せつけ威嚇した。
「ギシャァァ───ッ!」
震える足取りの逃げ腰で、戦士の後ろへ回り込む魔法使いと僧侶。
勇者はおののきながらもシノブの前に立つ。しかし当のシノブは普通に腕を組んで眺めている。
「へえ~、蛇って鳴くんだね。ところで、みんなえらく緊張してるけど……こいつ、強いの?」
「討伐ランクB+ですよっ。しかもこいつはさらにヤバい、フレイムアナサーペントっ。獄炎のブレスを吐く……あ、ちょ、ぇあ───っ」
勇者が止める間もなく、またしてもお構いなしにスタスタと歩み寄っていくシノブ。
そこへフレイムアナサーペント、当たり前だが一切の躊躇なく巨大な火炎を吐きつけた。
「ぅおっほぉおおお──────っ」
「しししし、シノブさぁ───んっ!」
真昼の太陽のごときまばゆさ。地面を溶かすほどの激しい炎を全身でもろかぶりしたシノブ。
ただただ、息をのむ勇者。
嗚呼、唯一の同郷人が目の前で獄炎に飲み込まれ、死んだ。
「ふぐっうぅ……くっっそぉ───っ!」
大きく抜刀、杖を強く握りしめ……全員が悲痛な顔で弔い合戦態勢に。
しかし。
消えゆく炎の後から、シノブは平然と仁王立ちで現れた。何やらブツブツ言っている。
「うう~ん、何とも肌に染み入る、遠赤外線が豊富なこの熱加減。家電じゃ到底出せないあったかクオリティ。真冬の寺の護摩焚きのごとき神聖さも感じる。しかもこの大きさなら、上手く村で飼って吐かせ続ければ防犯と暖房、一挙両得じゃないか。素晴らしいっ」
「……え?」
「い、生きてる……なんでだ?」
「すごい……伝説の不死鳥みたい」
「鎧も溶かすほどが、信じられん。ワハハハッ」
神々しそうに言っているが、全身煤だらけのアフロヘア。コントの爆発ネタ以外の何モノでもない姿。
炭化した衣服をぱっぱと掃いながら、フレイムアナサーペントに対し、くるっと背を向けるシノブ。
「よし、今度は背中からこんがりとやってれないか。火炎滅菌の程度が分かれば衛生問題にも役立つ。さあっ、もう一発お願いしますっ」
「きっ、キシャ……ぁ?」
そこそこ知恵があるせいか。強者というより変態に絡まれた感満載で混乱しまくるアナサー(略称)。しかしそこは魔物の愚かさか。牙をむき出し、噛みつき攻撃に転じた。
「ギッッシャァア───ッ!」
「ああ、そういうのはいいから」
シノブは上あごをさっと摑んで下あごを踏みつけ、大口を開いたままでホールドした。
「ギッ……ギョガッ」
プルプルと震えが伝わる牙を、そっと撫でてみる。
「ふーむ、この大きさだと……ナイフとか。佳い加工品が作れそうだな。お~い魔法使い君、こいつの牙って貴重?」
「……んな、え、はい? ぇええと、牙は……魔法師ギルドの相場だと30万ゴールドぐらい」
「お金の価値がよくわからんけど、じゃあとりあえず2本共もらっとこう」
そう言ってバキボキとまるで軒下のつららを折るように、両の牙を取り去った。
「ギョッッショォォおぉ───っ」
アナサー、ただ涙目。
シノブがホールドを解くなり、口をばぐんっと閉じてこそこそと広間の隅へと逃げこんだ。恨めしそうな眼でシノブを見据えながら、小刻みに震えている。
「もう終わりか、残念」
終始蚊帳の外、呆然自失でイベント進行を見守っていた勇者一行。やっと我に返って、シノブの武勇の皮を被った変態行動を脳内に受け入れていく。
「し、シノブさん……大丈夫なんですか」
「んー、身体は何ともないよ。『熱い』と感じた時点で耐性が発動するからね。髪と服はそのうち〝元に戻る〟し……おっと、炭化した服の破片を拾っておかないと。同じの3着買うぐらいお気に入りのセットアップだったからな」
また謎な行動をとっている。
それよりわりと裸族気味なのに服のこだわりがあるんだと、誰しも突っ込もうとしたが疲れてやめた。
「あ、戦士さん。そいつにとどめをさすのは待って。元々引きこもりっぽいし、放っておいてもいいかなと」
「うぬ、村長の其方がそう言うのなら。命拾いしたのう、ワハハハッ」
大剣を鞘へとしまう戦士。気のせいかアナサーは頭をペコペコしているように見える。
「あの、シノブさま。この最奥の部屋、何も見あたらないのですが」
ホーリーライトで広間を隅から隅まで照らすも、グレーの岩肌が寒々しく在るだけ。
「……埋もれたような様子も無いですね。このサーペントが飲み込んだとか」
「キッ、キシャシャッ」
勇者に目線をくれられ、自分はぜんぜん知らんとばかりに首を振るアナサー。
「ふーん……もう一本の道に行ってみるか。ま、じいさんの記憶だから間違ってる可能性もあるな」
一行は元来た道を戻り、分岐を左へ。再び小一時間、六畳ほどの開けた場所へ行きついた。
「───あ、あった! ありましたっ」
「ブツブツ……鑑定……この波動、間違いない。『抗異の腕輪』だっ」
「これで魔王軍元幹部、ドクラドクロとも安心してやりあえるっ」
「お、クエスト達成だね。みんなお疲れさん」
ちゃちな宝箱にほぼ無造作に入れられていたレジェンドアイテム。ほぼ無装飾のくすんだ鉄。レジェンドとは。
とにかく見つかって何より。道を間違えたせいでボコられたアナサーだけは同情すべきところか。
付け加えると、こっちのお宝があったところの隅っこでは、先ほどのお風呂スライムがブルブルと震えていた。煤だらけになったシノブが再び飛び込んだのは、言うまでもない。
洞窟を出ると、太陽はちょうど真上を過ぎたあたりに位置していた。
「……さて。君らこれからどうするの。もう一泊するなら用意するし」
腰布一枚のシノブからの問いに四人は顔を見合わせる。言葉を交わさずとも意見は一致していたようだ。
「思いのほか楽をさせてもらって、かなり余力がありますから。このまま次の場所へ向かおうと思います」
「そうなんだ。たった一日の付き合いだったけど、寂しいもんだね」
「それで、その……お願いがあるんです」
勇者は思春期の少年みたいにモジモジしながら思いを告げた。
「シノブさん、僕らと一緒に来ませんか」
「ぇえっ」
「魔王軍の残党との戦いに、あなたの力が必要な気がするんです」
気がするという、気恥ずかしさのせいでひと押しが足りない微妙な言い回し。
「私からもお願いします。女神ゴッディーバ様のご加護と共に、必ずシノブさまをお守りいたしますから」
「オレは……変なものを食わされさえしなきゃどっちでも」
「こんなに大胆不敵な人間はお目にかかったことがない。ワシは心強いと思うぞ。ワハハハッ」
意外と人気者だった。
「ん~、お断りするよ。ソロプレイ派なんで」
勧誘は秒で玉砕した。