1-3.
「じゃ、みなさん。今日は俺、案内兼荷物持ちってことで。よろしくね」
「「「「お願いしますっ」」」」
明朝。まだ太陽が赤く少し肌寒い中、食料と水筒を入れたズタ袋を背負ったシノブと勇者パーティ一行は村の入り口に集合。睡眠もまま十分に、揚々と出発した。
件の洞窟までの道はそう険しくなく、一時間もせずにたどり着いた。
「ここが……」
山の岩肌に覗く漆黒。入り口は一番背が高い戦士が少し見上げるほどで、そう大きなものではない。
「じいさんたちによると、最奥まで二時間前後ってとこらしい。途中の分岐以外はほぼ一本道だって。まあ楽なもんじゃないか」
「何かフラグ立ててませんよね」
「その言い方、懐かしいなあ」
入口で、僧侶が杖を掲げてつぶやいた。
「ホーリーライト」
杖の先端がぱあっと光り始め、道先10メートルぐらいを照らすまばゆい照明となった。
「へえ、これが魔法か。便利なもんだねえ」
「聖属性の光を発する魔法です。照明だけでなく、低レベルの魔物を遠ざける力もあるんですよ」
「その様子だと、シノブさんは使えないんですね」
「ああ。魔法らしい魔法をはっきり見たのもこれが初めてだね。村で一人、手から水を出す魔法を使えるばあさんがいるけど、なんかじわって手のひらが濡れてるだけで水か汗かよくわかんなくて。やっぱりこれぐらいでないと実感できんね」
「それ……そもそも魔法ではないんじゃ」
適当に雑談を交えながら、緊張感めちゃ薄目で進む五人。
ホーリーライトが当てられるたび、洞窟の上に下に、小動物が奥へと逃げていくのが見える。
「やっぱりヤマラットかアナバットぐらいしか居ないな。あとは……おっ?」
目の前に照らし出された水たまりが、突然ぷっくりと大きく盛り上がった。
「スライムだっ。結構デカいぞっ」
即座に構える勇者と戦士の後ろ、杖をかざして詠唱を始める魔法使い。適応フォーメーションはバッチリ。
「下がってくださいシノブさんっ。こいつは僕らが知ってる最弱とは違うんです。全身が酸で……ちょっ、あぇぇ───っ?」
止める間も無く突然に。シノブは素っ裸になり、スライムへと思いっきりダイブした。
「あわわわわわ」
「きゃあ───っ」
愕然とする全員を尻目に、スライムに自ら取り込まれ、中で泳ぐようなしぐさを続けるシノブ。
「っ……ぷはあっ」
ほどなくして、めっちゃ元気に飛び出してきた。逆にスライムのほうが、びっくりしたかのような傾斜姿勢で洞窟奥へと逃げていく。
「シノブさんっっ! な、何をやってるんですかっ」
「ああ~、いい酸加減だった」
勇者パーティ、全員顔面を斜めに引きつらせている。
「あ、ごめんね驚かせて。風呂だよ風呂。前に一度スライム酸の耐性が付いてから、いい具合に皮膚汚れだけを取ってもらえることがわかってさ。あいつ便利なんだよね~。水浴びだと身体を拭かなきゃいけないけどこれ速乾だし。肌に残る電気風呂みたいなチリチリ弱刺激がまた乙」
「す、スライムが、風呂……」
絶句を続ける四人。その内一名、ハッと我に返ってすっぽんぽんのシノブから頬を赤らめてそむけた。
「は、早く服を着てくださいっ」
「豪快すぎる御仁だな、ワハハハッ」
「何で無事なんだ? デタラメ過ぎて検証どころか思考さえ追い付かない……」
おそらくこの世界でただ一人、シノブならではの言葉が漏れた。
「家で風呂用に飼ってたスライム、逃げられちゃったから。あいつ何とか持って帰りたいけど……今度にするか」
無言の静寂が五人を包む。
流石に空気読まなすぎだったと反省するシノブ。無理もない。「なぜあんなことができるのか」誰一人として理解が及ばず。シノブはシノブで、この異世界に来て一年ちょい。まだじいさんばあさんとしか話してこなかったことから、微妙なコミュ障が発生しているのを自覚した。
そうこうしながらも洞窟五合目。あらかじめ聞いていた二股の分岐へと差しかかった。
「よーし、ちょっと休憩しましょうかね。パンと干しイチジク、ヤギのチーズがあるよ。ささ、どうぞどうぞ」
シノブはめちゃ気を遣って、ズタ袋から取り出した食べ物を半ば無理やりに押し付けていく。
「……ありがとうございます」
魔法使いは眼鏡フレームをつまみつつ、受け取った丸パンを360度ガン見している。
「これ、あんたが作ったのか」
「ああ、心配要らないよ。これは普通に麦粉をこねて焼いたやつだから」
安堵の鼻息をひとつ。しかしパンをちぎろうとして、全員が首をかしげ始めた。
「かっ……硬っ。めちゃくちゃ硬い。何だこれっ」
「ワシでも歯が立たんなこれは。ワハハハッ」
大剣の真ん中あたりで刀削麺のようにこそいで、皆にくばり始める戦士。意外と繊細な気配りができる人。
僧侶は祈りつつポテチのようにかじり、魔法使いはスライスされたものをさらにガン見している。
「……ハード系のパン好きだけど、これはもう次元が遥かに違うよな」
シノブは丸パンを手に、独り遠い目をして語り始めた。
「この世界で最初に口にした食べ物がこれだったんだよ。じいさん……前村長がニコニコしながら持ってきてくれてね。でも歯が立たない。ロックバイターになれってかって」
勇者はちょっとおセンチな様子に、思わず声をかけた。
「シノブさん……」
「でもさ、そう思うとすっげー笑いがこみ上げて来ちゃって。独り食レポしながらガリガリやってたら、突然ふわっと歯が通ってさ。思えばそれが始りだったんだ」
「何のですか」
「どうやらこの世界に来てからの俺、ちょっと変な力が備わってるぞって」
シノブは皆が苦戦しまくっている石パンに、桃のようにかぶりつく。
「こんな風に、身体で感じた不便を、負荷なくぜーんぶ利便に転換できるっていうね」
全員、今までのことに合点がいった反面、信じられないという顔になった。
「そんなことっ、魔素と源素から成る世界の理からして、ありえないっ」
「鍛錬から得る武術と似ておるようで違うな。ワハハハッ」
「女神ゴッディーバさまの新たな恩寵では……」
「ん~、何だろうね。わからんことを考えるのは無意味だから。『出来る』って事実が俺にとっての全てかな」
同郷の勇者だけは、端的に説明できる言葉を知っていた。
「それ、チートですよね……」
【cheat / チート /tʃíːt/ 】
名/動 : イカサマ、ズル (……をする)
自己の利益や目的達成のために用いられる不正な手段、またはそれを行うこと。
異世界ファンタジーでは、主に一人勝ちな特殊能力を指して使われる。
(三興堂出版「新約・英和大全」より)