1-2.
「俺、ユォテューバーだったんだよね。食レポメインでさ。再生5万ぐらい行った回もあったから、まあまあいいほうだったかも」
村長宅。
水差しで湯を沸かしながら、気さくに話し始めるシノブと名乗る男。
元・ニホン人で動画配信者で、勇者じゃない異世界人で山奥の村長。情報が過多で定まらない上よくわからない言語が飛び出しまくる会話の中で、勇者以外はアウェーで盛り上がる二人を見守った。
「万ってすごいじゃないですかっ。僕はゲーム配信とかは観てたけど、そっちはわかんなくて……ところでシノブさん、この世界にはどうやって来られたんですか」
「ああ俺、どうやら向こうで死んじゃったらしいんだよね」
「んえっ……」
ほわんほわんほわん……───(回想モノローグへ切り替わる感じ)
食レポから飯ウマのホテルまで、わりと幅広く紹介をやってたんだけど。その内ネタも語彙も手詰まりになってさ。
何よりこう、新鮮味や緊張感が足りなくて。結局みんなが知ってる範囲のことしかできてないなあと。ウマいとかオシャレとか快適とか、そんなのもう画で十分じゃんって。
これはもっと己を追い込まなきゃいかんと奮起してさ。今までの集大成をぐぁっと真逆にして……
『〝ソロキャン初めてが、下準備も無しで山へ突入したらどうなる〟』
今思えば炎上丸出しな企画だったよなあ。
電波が届いてる範囲からガチで実況を始めてさ。変な草とか「これイケるかな」って、一応ペットボトルの水で洗って食うわけ。
「やべえぞ死ぬかも」「こっちが草生えるw」「伝説の最終回www」とか書かれてたよ。
それで調子にのってね。石の炉を作って虫焼いて食ったり。だんだん奥に入ったところで、カラフルなキノコを引き抜いて食ってみたんだけど───
……───でれれれれれれんっ(戻って来た感じ)
「───そ、それで、どうなったんですか」
「めっちゃお腹痛くなって吐きまくってノドにゲロ詰まって悶えてたら意識が飛んでね。気が付いだら目の前がザァーってテレビの砂嵐みたいになっててさ。ぱぱっと手で掃ったらここの景色が現れたっていう。いやあほんとビックリだよね」
(死んだって話なのに、め、めちゃくちゃ軽い……)
他人事のようにへらへらと語るシノブの一方で、俄然空気が重くなる勇者一行。何より状況整理が追い付いていない。
「……あの、いいですか」
勇気ある僧侶、沈黙を破って挙手。
「どうぞ」
「部分的に言葉がわからなかったのですが、その、シノブさまは結局のところ、毒キノコを食べて亡くなってこちらへ転生なさったということでしょうか」
「端的に言えばそうだね。むしろ正解」
「あの……何かすいませんでした。僕、気楽に同郷人だって盛り上がっちゃって」
真面目な勇者と相対的なふわふわ感を貫くシノブ。
「あー、いいっていいって。転生はもう定番エンタメで知ってたし、受け入れは早かったよ。この特大ネタを配信できないのは残念だけど……まあもっとヤバいことを見つけたしね」
「それって……」
勇者が疑問を呈そうとしたところでシノブは立ち上がり、沸いてちゅんちゅん言ってる水差しを引き上げる。
乾燥した茶葉のようなものをざざーっと入れると少し揺すり、人数分のコップへと注いだ。
「ま、一服どうぞ。俺が作った薬草茶だけど」
「いただきます」
全員がふーふーして、ほぼそろって口に含む。
「んっ……───ぐヴぇっ!? にに苦っ! にがにがにがいぃっ」
「ぐみゅむっ……何て苦さ……舌と心が、折れそうですぅぅぅ」
「ワバババッ、渋いっ! これは口がすぼむ な゛っ」
「う~ん、やっぱりこのリアクションが無いと始まらん。俺も最初は〝刺激的〟だったなあ」
全員盛大に吹く。次いで眼鏡が飛び、ブロンドの髪が乱れ、四角い顔が歪む。
冷静に全員のリアクションを眺めながら、シノブは同じものを平然と飲んでいる。
「んんんななななな何ですこれ、めちゃくちゃシブ苦いっ」
「鑑定能力とか無いから詳しくはわからないけど。元ネタはこれ」
シノブは台所から長い笹のような葉っぱを持ってきた。
「そ、それはシシザサじゃないかっ」
魔法の触媒なんかで植物や鉱物にも明るい魔法使いは、飛んだ眼鏡をかけ直しながら食いついた。
「へえ、そんな名前なんだ。勉強になったなあ」
「勉強じゃないっ。それ、アバレボアの餌だぞっ」
「ええっ、あの討伐ランクCのっ」
「そうだ。それが群生してるとこには近づくなって言われてるぐらいなのに。人間が口にするものじゃないっ」
怒り心頭な魔法使いを前にニコニコとするシノブ。
「でもどう? 何か身体に変化はないか。村の人には即効だったんでね」
「変化って……あっ。そう言えば足がすごく軽い」
「ほんとうっ。さっきまで山道を歩いて棒みたいだったのに」
「ワシも出発前ぐらいに身体が軽いぞ。ワハハハッ」
「すごい……これハイポ(ハイポーションの俗称)並みの回復力だ」
シノブに問われ、快活になった様子を実感しまくる四人。ほとんど吹いたのにこれ。
「アバレボアってさ、主食はヤマイモとかヤマラットなんだよな。この草はおそらく体調管理に食ってるんじゃないかな。だからあいつらの活動域に群生しててもそんな減ってない。一方で境界線になってるんだろうけどねー」
「だけどこんな、魔物の生息域の草を摂取して破格の効能まで……聞いたことがない」
ブツブツと学術方向に入る魔法使いを他所に、シノブはぶらぶらさせていたシシザサを生で行った。
「モグムシャ、バリリ……う~ん、やっぱ茶よりこっちだな。この噛み切れないスジ感とエッジが利いて口の中でザリザリとささくれまくる舌ざわりが起こす食感ハーモニー。噛むほどにたまに葉虫がプチプチしたりして貴重なキチン質も摂取できてこれがまた。そして喉へと流れ込む、絶対咽させてやるっていう強固な意志を感じる至高の苦味───」
流暢と言うよりは余計なことをつまびらかにし過ぎる食レポに、全員が一斉にドン引きした。
「し、シノブさん、その辺にしてくれませんか」
「ん? ああごめん。つい前世のクセというか……俺にとっちゃこの世界での呪文詠唱みたいなものなんで、ごめんな。まあこれはもう〝済んでる〟けど」
勇者は気になったことを訊きかけたが、隣で耳を抑えながら青ざめる僧侶を見て一旦口をつぐんだ。
「ところで君らってさ、この近所にある洞窟を目指してるんじゃないの」
「えっ、どうして……何か知ってるんですか」
「ああ、むか~し魔王軍だかとやり合ってた時に、当時の村長がレジェンドアイテムをそこに隠したって話があってさ。君らが来た時にピンときたわけ」
勇者以下全員、うおおおおと歓喜に湧いた。
「やったな、勇者様っ。様々な苦痛を乗り越えた甲斐があったってもんだ」
「ですですっ。さっきまでのえげつない体験もすっかり消えましたっ」
「どうやら試練だったのだなアレは。ワハハハッ」
自分にとっての普通が微妙にディスられていることに少し釈然としないシノブだったが───
「明日朝イチ、案内するよ。あれもう村としては所有権放棄してるから、有れば持ってってもイイと思うぜ」
「助かりますっ。もちろん御礼はしますんで」
「ん~……まあ別に。俺も入口までは知ってるけど、入ったことは無いんでね。ついでに探検してみようかなと」
「魔物が出るかもしれませんよ。大丈夫ですか」
「ぜんっぜん問題ない。いやあ楽しみだねえ」
それから、シノブは村のご老体たちをまわり、甲斐甲斐しく勇者たちの夕食と寝床を用意した。
───その夜。
空き小屋の中、敷き詰めた藁に麻布を敷き、その上で雑魚寝する四人。
「村長を始め、何とも変わった村だよな。じいさんばあさんはやったら元気だし、生活道具が整ってるし」
「共用トイレがあったのは驚きでした。しかも清潔で……」
「ぐがぁ───ぐごごぉ───……」
「おそらくシノブさんの知恵なんだろうけど。それにしても何でこんな山間の村長を……訊きたいことだらけ……むにゃぁ」
勇者は、不可解と微かな不安を胸に、眠りへと落ちていった。