02 退屈な日々の変化
遙は神崎と別れたあと、自分の住んでいるマンションに帰り着いた。
一応親に猫を飼うことを報告したが、返ってきたのは短く『構わない』という一言だけ。
今に始まったことでもないし気にすることでもないので遙は猫を飼うために必要なものを調べ始めた。幸い明日は土曜日だったこともあり、早速必要なものを揃えるため買い物に行くことにした。
休み明けの月曜日、再び退屈な日々が始まりを迎えた。そう思っていた。
しかし、今日は退屈な日々に変化が起こった。それは先週公園で会った学校一の人気者、神崎光が休み時間に遙のクラスにやってきたのだ。
(嫌な予感がする)
遙は気づかないふりを決め込み、自前した小説の続きを読み始めた。
「雨草くんはいますか」
そう学校一の人気者が出した名前の人物にクラス中の生徒の視線が集まる。
遙は尚も気づかないふりを決め込み嵐がすぎるのを待ったがムダだったようだ。
「雨草くん、少しお時間をいただけますか」
そう告げた神崎はいつの間に来たのか遙の机の前までやってきていた。
(なんで話しかけて来たんだよ。変に目立つだろ。ていうか名前教えてないはずなんだが)
遙は心の中で叫んだ。用件の内容には目星はついている、が一応聞くことにした。
「何か俺に用でもあるのか」
「金曜日の件で少しお話したいことがあって」
やはり猫のことだろう。
そして周囲の視線が痛い。特に男子からの。
このままではストレスで胃に穴が空きそうだ。
「・・・放課後にまた出直してもらってもいいか」
「分かりました。出直しますね」
神崎は誰もが見惚れる笑顔といっしょにそう言い残して自分のクラスに戻っていった。
神崎がクラスに戻っていったあと、クラスを見回す。
(この空気どうしてくれるんだ)
遙が周り見回すとクラス中の生徒たちがこちらを見て、ヒソヒソと何やら話している。
遙はこの空気をどうしたものか悩んでいるとある男子生徒が話しかけてきた。
「なんで遙があの神崎と知り合いなんだよ。」
クラスの生徒全員の心の声を代弁した質問を聞いてきた人物は遙の高校で初めてできたたった一人の男友達であり遙から見てもイケメンに分類される石橋斗真だった。
「偶然公園で会って少し話しをしたんだよ」
「普通偶然会って話しただけでクラスまで会いに来るか」
当然の疑問だろう。学校一の人気者の神崎が一度会って話しただけの俺に会いに来るわけがない。どう答えたものか。
「少し事情があるんだよ」
「どんな事情だよ」
「秘密だ」
「なんだそれ」
別に猫のことを言ってもいいのだが、これ以上話すと疲れそうなので会話を終わらせることにした。しかし斗真はこれ以上追及してこなかった。
その日の放課後、クラスメイトたちが帰宅したり部活に行ったりと少なくなってきた頃に神崎が約束通り遙のクラスにやってきた。
「雨草くんはいますか」
遙は今度は無視せずに神崎のいるもとに向かった。
「ここでは何だし場所を変えるか─」
─場所は代わり屋上。
遙は早速本題に入ることにした。
「なんで今日教室に来たんだ」
「先日、雨草くんが引き取った猫はどうしてるかなと気になって」
神崎は案の定猫が心配で様子を聞きに来たらしい。
「元気そうだったぞ」
「そうですか。それはよかったです」
猫が大丈夫だと聞いて神崎はほっと安堵していた。
「用はそれだけか」
「はい。あ、いえ、用はそれなんですけど」
何やら言いたそうに神崎がもじもじしている。
これ以上俺に何の用があるのか。
長い沈黙に耐えられなかった遙は、話題を振ることにした。
「まだ猫の名前が決まってなくてな、よければ考えてくれないか」
「い、いいのですか」
「ああ、昔から名付けのセンスがなくてな。代わりにつけてほしい」
遙からの突然の申し出に神崎は驚いていたが、笑顔で了承してくれた。それから後日伝えに行くと言い残して神崎は帰っていった。
遙は神崎と別れ、家に帰宅し今日あった出来事を思い出していた。疲れたと思う反面日常に起きた少しの変化に喜びを感じつつ、瞼を閉じた。