01 色のない世界で
人間誰しも楽しいことばかり続くわけではない。
時には悲しいこと、辛いこともあるだろう。
人それぞれそんな平凡な日常の中で、幸せを掴み鮮やかな日常を送っている。
でももし、何の楽しいことも悲しいことも起こらないのなら、そんな灰色の日常過ごしているのなら、どうすればそんな鮮やかな日常を掴み、送る事が出来るのだろう。
「退屈だ・・・」
そう感じ始めるようになったのは、中学三年の夏からだ。
新学期に入り、中学三年に上がった俺、雨草遙は、知り合いとはクラスが離れてしまった。
その日の学校からの帰り道、俺はたまたま猫が車に轢かれそうになっているところに出くわし、とっさに猫を助けた。
が、その代償に命には別状はないものの一カ月の入院生活を送る羽目になり、ボッチ生活が確定した。
一カ月ぶりに通ったクラスではすでにグループができており、人に話しかけるのが苦手だった俺は、案の定、ボッチになった。
別に一人でいるのは嫌いではないし慣れているので困ることはなかった。
そうこうしているうちに中学を卒業し、知り合いのいない高校に入学した。
今思えば、生活に刺激が欲しかったのかもしれない。
交通が便利ということで、高校に入学すると同時に一人暮らしも始めた。
高校に通えば何か変わるかと思ったが、そんな都合よく物語の主人公みたいなことが起こるはずもなく、遙は今、退屈で平凡な毎日を送っている。
別に今の日常に不満があるわけではない。どちらかといえば満足している。
でも、心のどこかでそんな何もない普通の毎日が変わることを願っている。
やりたいこともなく面白いこともない、そんな灰色の学園生活が変わることを。
ある雨が降っている日のことだった。
いつものように学校が終わり、特にやることもなかったのでいつもは通らない道で帰ることにした。
なぜそんなことをしたのかと聞かれたら、
(・・・なんとなく)
としか言いようがない。
見たことのない景色、行ったことのない場所を傘をさしてどこを見るともなく眺めてながら帰っていると、ふと視界にある人物が映った。
その人物は、同じ高校に通う神崎光という女生徒だった。彼女は平凡な俺とは違い、学校一の人気者だ。
入学してすぐにクラスの男子たちが同じ学年に美少女がいると騒いでいたのを覚えている。俺も一度だけ廊下で見かけたことがある。
その姿は長くストレートな美しい黒髪、白く透き通るような肌、長い睫毛に囲まれた人を惹きつける大きな青い瞳、まさに誰もが想像する美少女がそこにいた。おまけにこれまでの成績は学年トップ、その上容姿端麗で運動もできる、まさに完璧超人という言葉が彼女には似合うだろう。
遙にはそんな神崎がとても光っているように見えた。だが別にお近づきになりたいとかそういう気持ちは全くない。退屈な日々は嫌いだが目立つ方がよっぽどいやだからだ。
そんな神崎が今、段ボール箱を持って公園のベンチに何をするでもなく座っていたのだ。
(何やってるんだ)
疑問に思ったが自分には関係ないと詮索するのを止め、そのまま見て見ぬふりをして公園の前を通り過ぎようとした。
面倒事にはなるべく関わらないようにしたかったからだ。そんな遙に彼女は、
「すみません、この猫飼っていただけませんか」
いつの間に近くに来ていたのだろう。綺麗な声で突然そう聞いてきた。
あまりに突然のことに遙は驚いた。
「あんたが飼えばいいじゃないか」
遙は驚いたことを隠すようにぶっきらぼうに答えた。
「私の家では飼えないんです」
やはりというべきか予想していた答えが返ってきた。
雨の中、猫を持って公園にいるのだ。当然だろう。
わざわざ雨の中拾った猫の飼い主を探す彼女はお人好しにもほどがある。
そんな神崎のお願いに遙は─
「・・・無理だ」
もちろん断った。俺は神崎のようにお人好しでも何でもないのだ。それに学校一の人気者の彼女にはあまり関わりたくなかった。
「そこを何とかお願いします。この子を助けたいんです」
神崎はそんな遙に必死にお願いしてきた。神崎の青い瞳が揺れている。それだけ真剣なのだろう。
そんな彼女のお願いを無下に断るのは良心が耐えられそうにない。
「わかったよ。その猫飼うよ」
結局神崎のお願いを受け入れることにした。
(まあ、猫は嫌いではないし、生活のいい刺激になるかもしれない)
よほど嬉しかったのだろう。
神崎は遙のそんな言葉を聞いてほほえんでいた。
遙はこれから一生関わることはないだろう神崎に別れの挨拶をしてもとの帰路に戻った。別に知り合いでも何でもないのだから。
預かったからには猫を大切に育てる義務があるだろう。
猫とのこれからの生活に思いを馳せながら遙は再び自宅への道を歩みだす。考え事をしていたからだろうか、
「・・・やっと話せた」
神崎がつぶやいたその言葉に気づくことはなかった。