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迷った私は、数日後、商業ギルドに来ていた。
「ニュウイン施設ですか?」
「ええ、そうよ、
病人の中には夜体調が急変する人もいるはず、
病人が泊まれる所があればいいなと思ったの」
ランスはしばらく考えこんだ。
そして、ぽつりと言う。
「そうですね、流行病などが流行った時、
すぐさま隔離できる場所などあれば、
流行の蔓延を抑えられるかもしれません、
家族全員が死ぬなど良くある事ですから」
私は背筋をぞくりとさせる。
「どう?できそう?」
「そうですね、治療院の運営は国が行っていますので、
王の判断次第だとは思いますが、
いい考えだと思います」
「治療院の運営は国なのね・・・
ただ、医院長の話では、寄付の状態によっては、
薬が偏りがちで、国に満遍なく行き渡ってないらしいわ、
この辺、商業ギルドの力を借りれば、
もう少し改善できないかしら」
「しかし、治療院の運営は貴族の仕事。
いくらギルド長で資金があるとは言え、
平民では難しいでしょう」
「そう、なら貴族に推薦するわ」
ランスは目を見開く。
「確かに、この国で貴族になるのは大変だわ、
でも、民の為になる事をおこなっているとなれば、
王様も考えてくださると思うの、
数が極めて少ないだけで、
まったく前例がない訳ではないもの」
「そんな事が可能なのでしょうか・・・」
ランスは夢ごこちで言う。
「貴族になれば、民の役に立たないといけない責務は
発生するわ、それでも貴族になりたい?」
私はランスに確認する。
「はい」
真剣な顔でランスが返す。
「では、王様にお願いしてみるわね」
「お願いですか・・・」
「お忙しいと、すぐとはいかないけど、
1、2週間もあれば、会えるはずよ」
「今更ながら、改めて凄い方とお話しているのだと、
実感致しました」
ランスが改まって言う。
私としては、王はきさくで話しやすく、
いいおじさんだ。
ただ、民にとっては会うなど考えられない、
雲の上の存在だというのも分かる。
「しかし、ニュウイン施設を作る為の費用は
どう致しましょう」
「そうね、とりあえず私が2000万リラ寄付するわ」
「2000万リラですか!?」
断罪されて、海外追放(できれば国内で過ごす)
された時の為の資金だ、
今は王太子とも仲が良好で、ヒロインも研究者ルートなので、
断罪は起こらないだろう、
なら、今ある資金の一部を寄付しても、問題ないと考えたのだ。
「他の貴族にも寄付を呼びかけてみるわ、
貴族専用の入院施設を作るのもいいわね、
そうすると寄付も集まりやすいかもしれないわ」
ランスは深く頷く。
その後、王に会って、
ランスがまとめてくれた案を提案してみる。
私は公爵令嬢で、次期王妃。
案はあっさり了承された。
寄付も、私が2000リラ寄付したとあって。
高額の寄付ができるのがお金持ちの証とばかり、
どんどん集まっている。
そして、ランスが男爵になる事が決まった。
異例の大抜擢に、称賛する者、
嫉妬して足を引っ張ろうとする者、
いろいろいたが、表面的には、上手く運営できている。
民の間でも、話題はつきない。
「クリスティーナ様が、
ニュウインできるようにして下さったとか、
病人を夜も介護するのは大変だった、
これはありがたい」
「なかなか手に入らなかった薬が、
商業ギルドと国が手を組んだ事で、
こんなにも手に入るようになった。
貴族と商人は仲が悪いと聞いていたが、
これもクリスティーナ様の働きらしい」
吟遊詩人などは、クリスティーナを讃える歌を作り、
ますます人気は高まった。
そんなクリスティーナだが、
また、商業ギルドに来ていた。
「もう一つ思いついた事があるのだけれど・・・」
「何でしょうか」
ランスの左耳には、私が最初出会った時、
渡したピアスが輝いている。
ランスなりの、私への忠誠という事らしい。
「この国では、農民の子は農民、
商人の子供は商人になるわね」
「そうですね」
「ただ、農民の子供の中でも、
手先が器用な子供とかもいると思うの、
そうゆう子供達の為に職業学校を作れないかなと思って」
前世、私は美容師の専門学校か、
メイクの専門学校に行ければと思っていた。
しかし、この国には貴族の為の学園があるだけで、
民の職業の専門教育施設はない。
「職業学校ですか・・・
確かに親・・・親方の能力によって、
弟子の育ちも差が出て来る、
施設で高度な教育を受ければ、
高い能力を持った弟子が生まれてきますね」
そうして、例によって、王に対する案を作成してくれた。
そうして、王に提出。
あっさりと了承された。
「この国の技術が高まれば、
輸出品で高額の値がつく、そうすればますます発展する!」
さすが、王様、
輸出の事や未来の事まで考えての事だったが、
これも民に大絶賛で受け入れられた。
「親方って堅物で、親方と上手くいかないと、
未来が閉ざされる事もあったが、
職業学校で学べるなら、未来が開ける!」
「親の後を継ぐのは嫌だったんだ、
俺は大工になって、大きな建物を建ててみせるぜ!」
この頃になると、吟遊詩人だけでなく、
劇団もクリスティーナを讃える劇を作り始めた。
高貴でお優しい、女神のような方。
苦しむ民を救い、若者に未来を拓く~♪
そうやって、歌劇としてどんどん広まっていったのだった。
土曜日にしていたマナー教室は、
半年間無事に終えて、もう開催しない事にした。
お金は十分だし、上手くいく事も分かった。
それ以上に次の講習を受けたいと希望する人が続出で、
講習を受ける人を選ぶと、貴族の力関係に影響がでそうな程、
影響力を持ってしまい、慎重にする必要があったからだ。
ただ、恋のキューピッドは、
無理のない範囲、これは上手くいくなと確信した時だけ、
手を貸している。
私としては、ちょっと手を貸したぐらいなのだが、
貴族の間では、
「クリスティーナ様の紹介だと、良縁が得られる」
とかなり話題になってしまっていた。
「凄い人気だな」
ヴィルジールが笑顔で言う。
今日は週に2回のお茶会の日。
「おかげさまで」
「貴族といい、民といい、
クリスティーナを称賛する声は絶えない、
歌劇などは、ぜひ見に行かないとな」
私は顔を赤くする、
自分を称賛されている劇は気恥ずかし。
「そんな特別な事はしていませんわ、
ただ、こんな事があればいいなと思った事を言っただけ、
凄いのは、案を作ったランス男爵と、
それを受け入れる器をもった王様ですわ」
ヴィルジールも頷く。
「父上の、国にとって利益ある事は、
古い慣習などに囚われず、どんどん受け入れる姿は、
私も尊敬している。
それにしても、女に現を抜かして国を傾ける王も
いると聞いたが、どうやら私はそんな心配はないらしい」
「ヴィルジール様が国を傾ける?」
「王妃が願えば、どんな事でも叶えようと、
貴族の反感を無視して宝石を集めたりとかだな」
「それは駄目ですわね」
ヴィルジールは笑う
「悪役と言っていたのだ、
少しは可愛いおねだりとかしてもいいのだよ」
「本当ですの?」
「おや?何かあるのかい?」
「猫を飼いたいですわ!」
前世病気で動物を飼えなかった、
今世では父親が動物嫌いなので飼えない。
「ははは、猫だね」
「白い猫がいいですわ!真っ白!」
「分かった、結婚式の日までには見つけておくよ」
私はやったーと飛び上がりたい気持ちになる。
愛する人と結ばれ、夢がどんどん叶っていく。
「最近はレオナルド男爵の結婚を叶えたとか」
「ええ、伯爵家の令嬢がお好きで、
男性の方が身分が低くて悩んでらしたの。
しかし、養子を求めている事を知っていたので、
ご紹介しましたのよ」
「恋のキューピッドは絶好調だね」
「私が、こんなにも幸せなのですもの、
恋の幸せを少しでも広めたくて」
「幸せかい?」
「もちろんですわ!」
「しかい、私が一番の幸せだろうね、
こんなに素晴らしい令嬢と結婚できるのだから」
「いいえ!私ですわ!
国一番の男性と結婚できるのですもの、
私が一番!これは譲れません!」
「困ったな、これはお互い1番で、
引き分けにしないかい?」
「私が一番ですのに・・・」
まだ、どれだけ私が幸せか主張しようとすると、
ちゅっとキスをされる。
「私も一番だよ」
ヴィルジールに耳元で呟かれて、
顔が真っ赤になる。
ヴィルジールはずるい、
それ以上何も言えなくなってしまった。
「それと、伝えておかないといけない事があるんだ」
今までの甘い声と一気に変わって、
固い表情と声でヴィルジールが告げる。
「なんですの?」
「キャサリンだが、送られた修道院から抜け出したらしい」
私を陥れようとしたキャサリンが、
父親の指示で、修道院に送られた事は知っていた、
しかし抜け出した?
「しかも、皆に毒を飲ませて、その隙に逃げたらしい」
「毒?どうやって手にいれましたの?」
「民は薬草を育て、治療院に寄付している、
修道院では、少量なら薬、多く飲むと毒になる草も
育てていたようだ、
キャサリンは書物を読んで知恵を得、
犯行に及んだらしい」
「まあ」
「今警備隊に捜索はさせているが、まだ捕まっていない、
君を逆恨みしている可能性が高い、十分気をつけてくれ」
「分かりましたわ」
私は嫌な予感を覚えながら、紅茶をすすった。