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次の日、メイドのメリーに起こされ、
服を着替え、髪を結ってもらう。
服など、ドレスならまだしも、
制服ぐらい1人で着れるわ!と思うが、
いきなり習慣を変えるとおかしいので、着替えさせてもらう。
それにしても、クリスティーナの部屋。
白に統一された家具に、あちらこちらに花の模様。
現代日本風なら、輸入家具っていうの?
とにかく、全てが高そうで(実際高いのだろうけど)
傷など付けないよう、注意して使わないとと思う。
支度が終わったら、両親と朝食。
明るい家族の交流・・・という風はまったくなく。
無言で淡々と食べる。
まあ、下手にしゃべるとボロが出そうなので、
これはこれで好都合かな?
しかし、前世では、両親と馬鹿な事を言って、
テレビの感想など言いながらわいわい食べてたので、
美味しい料理のはずが、どこか味気ない。
「王太子には、しっかりアピールするように」
父がやっと話したかと思うと、そんな事。
娘の幸せなんて微塵も願ってなくて、
公爵家と王家の繋がりを得て、
自分の権力を増す事だけを考えている。
まあ、こうゆう人間にありがちな駄目な人間で。
自分の失敗は部下のせいにして、
部下の成功を、自分の手柄にするタイプ。
全然、尊敬できないわ~
本当、最低~
と思いつつも、
表情はいつも通り、
「王妃になるために生きてきました、抜かりはありません」
とすんとした顔で答える。
ああ、私って女優!
父親は満足そうに頷いて、
母親は興味なさそう。
まあ、母親は自分を着飾る事、
そして、周りから賞賛される事を生きがいにしている人だし、
気にしないでスルーする。
「でわ、行ってまいります」
食堂を出て玄関に向かい、
そのまま馬車に乗る。
学園に着いたら、
友人を勝手に名乗る、取り巻きの2人がやってきた。
エリザベスが、目ざとく、
制服のリボンが解けかかっている生徒を見つける。
「貴女!リボンが解けてますわ!」
キツイ口調で詰め寄る。
あらあら、言われた女の子、怯えて返事もできないわ。
それをいい事に、エリザベスは、
女の子をどんどん責め立てていく。
うーん、言い過ぎじゃないかしら?
私はしばらくその様子を見ていて、
ゆっくりとその生徒の元へ行く。
その生徒は怒られるのかと思って、
目をぎゅっと、瞑った。
「服装の乱れは、心の乱れとも申しますわ、
お気をつけあそばせ」
そう言って、その生徒のリボンを直してあげる。
そのまま立ちさろうとしたら。
「ありがとうございます!」
と高揚した言葉がかけれた。
まあ、生徒の見本としては及第点かしら?
「さすが、クリスティーナ様ですわ!
あの女子生徒を導くお姿、素敵でした!」
相変わらずよいしょして、称賛するアウローラ。
それに対して、
「優しすぎますわ、あのような下の人間には、
もっと分からせないと!」
と不満を露わにするエリザベス。
うーん、エリザベスって、
弱者を痛めつけたいタイプのようね、
そうして、苦しんでいるのを見て優越感を覚える・・・
ちょっと嫌だな・・・
心の中に黒い気持ちが湧きあがる。
両親とは、どうせ縁が切れるのだし、
今だけ庇護をもらっていると考えたら耐えられる。
しかし、エリザベスは、
このままだと私が誤解される要因にもなりそうだし、
そもそも、そんな考えの人と一緒にいたくない・・・
機会を見て、エリザベスとは距離を取った方がいいわね。
そう思いながら廊下を歩いていると、
王太子殿下に会った。
あ、現物だ。
王太子に対しては、あんまりな感想を持つ。
確かにイケメン。
前世でも王太子狙いで攻略したし、
やっぱり攻略対象の中でも断トツの一番なのよね~
「ごきげんよう、王太子殿下」
私は、貴族令嬢として、完璧な礼をする。
すると顔を赤らめた、エリザベスとアウローラが、
いかに私が凄いか称賛の言葉をこれほどかと並べていく。
私は会話ナシ・・・
おいおいこれでいいのか・・・
王太子も、「そうか」とだけ頷いている。
いわゆる、ツンデレキャラなんだよね~王太子。
他の人にはそっけないのに、
恋人だけにはデレて甘い言葉を呟くのがたまらないみたいな。
しかし、私、そんな甘い言葉聞いた事ないですけどね!
というか、王太子の表情から、
甘い言葉なんて想像できないですからね!
ゲームをプレイして、デレ顔を見ている私でさえ、
同一人物?と疑いたい程だ。
この王太子のどこが好きだったんだ、クリスティーナ?
しばらくすると、
「ではこれで」
と言って、王太子がすれ違っていく。
きゃぴきゃぴ(死語)いっている、自称友人の取り巻き2人。
「本当に、クリスティーナ様と王太子様はお似合いですわ!」
いいや、私には断罪される未来しか見えなかったけどね!
そう思いながら、授業に向かった。
授業が終わる、
とは言っても、まだ夕方の3時なので、
自由になる時間はだいぶある。
図書館で本を読んだり、令嬢達とお茶をしたりしていたが、
今日は全て断って、馬車に乗り込んだ。
「商業ギルドに向かってちょうだい」
「商業ギルドですか?」
御者はびっくりしてるようだった。
昔からの土地で、特権階級にある貴族には、
商業で成り上がっている者が気に入らない者もいる。
私としては、貧乏な生活から、大企業の社長になるとか、
凄い人だと感じるが、そうでもない人もいるのだ。
なので、何となくだが、
商業ギルドと貴族は仲が悪いイメージがある。
しかし、クリスティーナの知識では銀行はない、
となると、商業ギルドがそれに似た事業をしていると
考えるのが妥当だ。
王妃教育を終わらせていると言っても、
マナーや貴族の名前を覚える事、ダンスが中心で、
こういった事は一切教えられていない。
クリスティーナの時は気にもならなかったが、
前世知識が甦ると、かなり偏った知識や思想が、
植え付けられていたのだなと思う。
悪役になるクリスティーナだけど、
そういう考え方をしても仕方ないよねと思う程、
教育・・・というか洗脳されている感じだ。
特に両親から。
はあぁとため息をつく。
本当に前世の記憶が蘇って良かった。
商業ギルドへ行くと、
私が入るなり、ずざっと道が開け、
ざわざわといっそう賑やかになった。
「なぜ?」
「あれ、公爵家の令嬢だよな」
なんて、ひそひそ声が聞こえてくる。
それらを無視してカウンターに向かう。
「少し、お話をしたいのだけど」
「ひ!へ!うえ?はい」
この受付令嬢大丈夫かしら?と思われる反応を見て。
周りを見渡す。
印象的なのは、大きな掲示板に、
所狭しとメモが張り出されていて、
求人の募集など、様々な事柄が張り出されているようだった。
こうゆうの見ると、ギルドって感じよね~
そう思って、ずっと周りを見渡していると、
高級そうな服を着ている人が出て来た。
恰幅のいい50代ぐらいの男性だ。
「ギルド長のランスと申します。
それで、お話を希望とか」
「ええ、聞きたい事がいくつかあるの」
「分かりました、こちらへ」
そうして、3階へ案内される。
1階を上がる毎に豪華になっていって、
その変化は顕著だ。
そして、貴族の邸宅にあってもおかしくない戸が開かれる。
「こちら、応接室です、
公爵家のご令嬢には不足な所かもしれませんが、
この部屋が最上の部屋になりまして、お許し下さい」
「かまわないわ」
「それと、男と二人きりは問題なので、
少し扉を開けさせて頂きます。
なので、機密の話はできませんが、よろしいでしょうか」
「ええ」
「ではこちらへ」
私は勧められたソファーに腰かける。
謙遜していたけど、このソファーかなりいい物よね?
確かに、高級そうな物がごろごろ置かれたりしてないけど、
調度品はかなりいい物が揃っていて、
それが逆に堅実そうで、信頼できるわ。
「それで、何をお聞きになられたいのですか?」
「この国のお金の単位についてよ」
ランスの目が見開かれる。
あら、ギルド長を驚かせてしまったわ。
でも仕方ないわね、知らないのは事実なんだし。
「買い物の時は、商人が家にやってきて、
これと選ぶだけだったの、
お金を見た事も使った事もないのよ」
少し、おどけて肩をすくませて答える。
「分かりました」
そう言って、立ち上がり、
机の中から小袋を持ち出し、
その中から硬貨を出し、私の前に並べる。
硬貨は全部で6枚
こちらが1リラ、順に10リラ、100リラ、
1000リラ、1万リラ、10万リラになります。
10万リラだと、硬貨のサイズが手のひらの半分程あって、
財布に入れるのは大変そうだ、
それともこの国の財布はとても大きいのだろうか?
「10万リラはずいぶん大きいのね」
「持ち歩くのは1000リラまでが普通です」
その言葉に納得する。
だいたい1リラが1円と考えて、
50円とか500円とかはない、
ついでに、紙幣もなく硬貨のみと。
現代の日本で作られたゲームのはずなのに、
けっこう違いがある物だと思う。
「平民の収入はどれぐらいで」
「そんな事をお聞きになってどうなさるのです?」
ランスは警戒しているようだった、
あまり良く思っていない貴族が探ろうとしているのだ、
仕方ないのかもしれない。
「これを」
私はピアスをランスの前に置く。
「情報料ですわ、私は単に知りたいだけ、
決して商業ギルドに対して不利な事はいたしません、
また、私に知られたくない事は言わないでかまわないわ」
ランスは心底驚いているようだった。
「どうして」
「教えてくれそうな所がここしか思いつかないのだもの」
図書館にも何度も通ったが、
貴族としてこうあれという本ばかり、かなり偏っていた。
「分かりました、
貴族は男爵、伯爵、公爵の3つ、これはご存じですね」
「ええ」
前世の記憶には、辺境を守る貴族とかあったと思うのだけど、
クリスティーナとして王妃教育で教えられたのは3つの貴族だけ、
この辺りもゲームのオリジナル色が強い。
「身分による年収は、
平民 200万
男爵 500万
伯爵 1000万
公爵 3000万
という感じですね」
「同じ公爵でも差はないのかしら?」
「1000万ぐらいの前後はあるかもしれませんが、
税について国が決めていますので、
大きく差は出ないです」
そうして、父の発言を思い出す、
私を王妃にして、法律を変えて、
もっと税を取れるようにするとか言っていたような・・・
ほんと・・・頭痛い・・・・断罪バンザイ
「民は年収には不満は?」
「200万あれば十分食べていけますよ」
不思議そうに言われてしまった。
200万と考えると、月16万。
一応3人家族と仮定して、
病院の食堂が500円×3食×30日×3人分だと、
13万5000円。うん、全然足りない。
「平民の食費はいくらぐらいなのかしら?」
「基本、農民は自給自足で食費はかかりません、
そうですね王都の住民でも、
5人家族で月5万ぐらいでしょう」
そう言われてかなり驚く、
食費がかなり安いのだ。
「水道費や光熱費は?」
「スイドウダイやコウネツヒとはなんでしょう?」
「水の代金よ」
前世言葉がまったく通じなくて焦る。
「水など井戸で無料でいくらでも飲めますが?」
カルチャーショックを受ける。
全然、日本と違う!
これはかなり勉強が必要なようだ。
「平民の場合はですが、家族5人で、
食費5万、住む所や畑を借りるお金が4万、
衣服など好きに使えるお金6万、
といった感じですね。
我が国はかなり裕福で恵まれた国です」
ランスは、心底そう思っているようだ。
生活水準からしても、他国に追放されると、
あまり良くないという事だろう。
これは追放後は、絶対この国で生活できるよう、
更にいろいろ考えておく必要があるなと思う。
ここにきて、本題に入る。
「お金を預けたいの、方法はあるかしら?」
「ええ、預金ですね、可能でございます」
「では、お願い」
ランスは口をあんぐりと開けている。
「何かおかしい?」
「いえ、普通令嬢が口座を持たれる事はないので・・・」
「そう」
気にしないで、手続きを済ませる。
ちなみに、商業ギルドは他の国にもあるので、
どの国でも引き出し可能。
他国での両替も商業ギルドでしてもらえるようだ。
やった~、断罪後の生活資金、
家を追い出されると、持って逃げれるか分からないので、
預けておける所ができて良かったわ。
私はかなり満足して、笑顔でほくほくしてると、
ランスは困惑顔で話しかけてきた。
「こんな事を言うのは失礼かもしれませんが、
クリスティーナ様の印象が随分変わりました」
「そう?」
「王妃になられるのが、喜ばしく感じます」
「それは好印象という事ね、良かったわ」
「成り上がりの商人を嫌う貴族は多いです、
しかし、クリスティーナ様にはそういった感じが微塵もない」
「自分の能力で勝負をしているのよ、
素晴らしいじゃないかしら」
ランスは大きく頷く。
そして、私が渡した、ピアスの片方を私に返す。
「これはお返しします、
この情報料では高すぎる」
私は無言で受け取る。
「また、聞きたい事があったらいらして下さい、
もう伝える事がない程になったら、
そちらのピアスも頂きましょう」
これは、つまり、また話を聞きに来いという事だ、
私は微笑む。
「長い付き合いになりそうですわね」
「よろしくお願いいたします」
そうして、ランスと握手をしたのだった。