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「この方をどなたと思っているの?」
「も!申し訳ございません!」
「分かったら道を開けなさい」
「はい!」
友人の1人、エリザベスが学園の生徒に声をかける。
その生徒は友人と話しに夢中になっていて、
私が通りかかるのが分からなかったようだ。
「クリスティーナ様が通られるのに、
道を防ぐとは・・・
学園長に指導をお願いしないといけませんわね」
もう1人の友人、アウローラが私の後ろで話している。
「その必要はありませんわ、
あまりにも酷いようだと、
父に言って、学園を辞めさせるだけですもの」
「それがよろしいですわ」
「身分の違いというのを分からせないと」
ふふふふと、2人が話している。
今回は私に気づいてないようだったので見逃すけど、
私と気づいて、道を塞いでいたのなら、
確実に学園から追放していただろう。
私は次期王妃。
王家に次ぐ権力を持つ、公爵家の令嬢で、
精霊まで持つ、完璧な令嬢なのだから。
教室に入り、授業を受ける。
正直、幼い頃から王妃教育を受けて来た私としては、
全て知っていて、退屈な内容でしかない。
しかし、そんな事は表情には一切出さない。
真面目に授業を聞いている振りをする。
これは、他の生徒が、私がサボる態度を見て、
真似する事を防ぐ為。
他の生徒の模範となるのも、私の役目。
完璧な家柄、王妃としての知性、
そして王太子という最高の婚約者。
私に迷う事など何もない、
どこをとっても完璧、将来も安泰だわ。
「って!何が将来安泰よ~!!!」
前世の記憶を取り戻した私が、
一番に叫んだのはこのセリフである。
ああ、記憶を取り戻したのが、
自分の部屋かつ、誰もいない時で良かった。
前世、そう日本人の女性であった記憶が戻ったのは
ついさっき。
鏡を見ていたら、別人の顔が映って、
おかしいなと鏡を手で触ったら、
鏡の中から女性が出て来る錯覚が起こって、
そのまま、その女性が私の中に入ってきたのだ。
前世の私は中学生の時にかかった病気で、
そのまま入院、高校にも行けず、自主学習しかしてない。
結局17歳の時、病死するという、
かなり儚い人生だった。
そして、その入院生活の中でプレイしたポータブルゲーム、
『恋愛学園~精霊に愛された乙女たち~』
その中の悪役令嬢が、クリスティーナ・ドゥ・レニーニ
はい、私です。
つまり異世界転生ですね?
死んで、ゲームキャラに転生したと・・・
そして、転生したのは悪役令嬢・・・
あまりにもお約束すぎませんか(涙)
両親は、公爵の地位と権力にしがみついている、
選民意識の強いどうしようもない人で、
お約束の婚約破棄の後、
家から絶縁されて海外に追放・・・
ゲームはそれでエンドだけど、元公爵令嬢が、
元手になる物が何もない状態で、海外へ行って、
無事で済む訳がない。
だから、追放でも断罪になるんだろうけど。
まあ、処刑とか、娼館に売られるとかじゃない分、
まだましかな。
とは言え、学園はすでに始まっていて、
クリスティーナは、ザ・悪役令嬢
これから性格入れ替えて、
方向転換する?
しばらく考えて、これもあまり良い案ではないと思いつく。
なんせ、両親が最悪。
いきなり「平民とも仲良く~」
とか言い出したら、恐ろしい事が起こるとしか思えない。
とりあえず、家を追い出されても大丈夫なよう、
準備ができるまでは、今のままの方がいいわね。
幸い、まだ断罪まで時間はある。
その間に、追放されても大丈夫なように考えないと・・・
ん?
他の国・・・
と、クリスティーナの知識を探る。
隣接している国は、
砂漠の暑さがやばい国と、極寒の国・・・
いーやーだー!!!
国外追放ならまだましと考えていたのをあっさりひっくり返す。
私!この国がいいです!
日本でいう所の春の気候が長く、
冬も外にいて凍死する程ではない、
本当に気候に恵まれた国なのだ!
よし、作戦変更。
断罪はされる。
まず断罪を回避するべきだって?
だって王太子ヒロインに攻略されちゃうのよ?
他の女を愛している男と、権力で縛って結婚するのは、
元17歳の女の子として嫌。
ゲームのヒーローなので、王太子は本当に魅力的だけど、
ここは愛がないとね~
そう考えて、ずきんと心が痛む。
しばらく考えて、クリスティーナの気持ちだと気づく。
クリスティーナ・・・本当に王太子の事、
好きだったんだ・・・
大変な王妃教育をこなし、
生徒の見本であろうと努める、
悪役だけど・・・そこは認めてもいいかな。
前世の私は恋をした事がない。
でも、このずきずきした気持ちが、恋である事は分かる。
一途に、ずっと思い続けてきた・・・
そして、決して結ばれない事を知った。
今まで、不安とは無縁だったので、
気持ちがぐらぐらする・・・
「しんどいの?」
いきなり声がしてびっくりする。
1人だと思っていたのに。
ふと横を見ると、中型ぐらいのふさふさの犬がいた。
いや、犬の形をした私の精霊、
ちなみに水の精霊で、精霊としての力はかなり強い。
「ディ、ちょっとね」
そう言って、毛並みを撫でる。
「いつものクリスティーナじゃないね」
私の精霊だ、いつもと違う事は分かるのだろう。
「そうね」
「ちなみに、僕の力、いきなり2倍になったよ」
「え?」
クリスティーナと、前世の私と、
2人分の力という事だろうか・・・ヤバイ。
「ディ、絶対今までの力以上は使わないで」
「なんで?強くなった事が知れたら、王妃確定だよ」
「その王妃になりたくないのよ」
ディは心底驚いているようだった。
「まるで別人になったようだね」
「そうね、そう思ってもらってかまわないわ」
「どうして?」
当然の質問に、前世の私が入り込んだ事を話す。
「ふうん、じゃ、これからどうするの?」
「しばらくは今のまま過ごして、
何とか家を追い出されても、
この国でやっていける方法を探すわ」
「うん、何とかなるよ」
ディの気軽さに救われる。
そう、何とかなる、
何とかしてみせる、
もう一度鏡の自分を見た。