第五章:To the End
やる気がない。とにかくやる気はなかった。ここ三日間何もしなかった。ただベットの上でゴロゴロしていた。ベットがまるで私の生きる力を吸うように動けなかった。先月バイト辞めたから仕事して思考を紛らわすこともできなかった。何も考えたくなかった。今後の事も、今の事も、過去の事も。ただただ何も考えたくない。
グ〜〜。
お腹が空いた。何もしたくなかったのにお腹が鳴る。人間の三大欲求には勝てないから仕方なく、動いた。
一歩。一歩。一歩。ゆっくり冷蔵庫に向かった。ミンミンと鳴く蝉を聞きながら着いた。近かったが、なぜか遠く感じた。
冷蔵庫の扉に手を置いて引いた。中を見たら空っぽ。バターとチーズぐらいしかなかった。チーズで凌ぐ手もあったけど、次のご飯の事を考えたらやめた。外で具材を買って料理する気力もなかったから外食しよう。
ふと自分を鏡で見た。ボサボサの髪、汚れている服、ちょっと荒れている肌。この見た目で出たくなかったからシャワーを浴びた。
何日ぶりなんだろう。シャンプーで髪を洗って考えていた。そっか...あの日からもう3日経っている。あの日...。
考えたら落ち込むだけだから考えるのをやめた。
シャワーを出てから下着を付けてクローゼットに向かった。服が異様に少なかった。あんなにあった服はどこにいったんだ。確かあの日...ダメだ。全部が全部あの日に繋がっている。
また考えるのをやめた。
とりあえず適当な服を取った。赤いトップスと黒い長いスカートに着替えた。財布と携帯を持って家を出た。
家から出たけど、どこで食べようか。ちょっと考えたが、特に何も思い浮かばなかった。そんな感じで考えていたら、いつの間にかある店に着いた。
Eternity。行きつけのコーヒー店に着いていた。
他に候補もなかったし、ここにしよ。
からん、からん〜
ドアを押して店に入った。
「いらっしゃいませ?」
なんで疑問系?と思ったけど特に気に留めなかった。
「一名ですね!お席はカウンターでございます」
「カウンター?私奥の席の方が...」
「今日は奥の席まだ掃除していないので綺麗なカウンター席にお願いします」
「では別の席でお願いします」
「お客様カウンター席は嫌ですかぁ?」
上目遣いであざとい声で言ってきた。でもそこまで言われたら人間なかなか断れない。
仕方なく言われた通りにカウンター席に座った。座った瞬間いい匂いがした。
「香りがすごくいい」
思わず言ってしまった。
「ありがとうございます」
微笑んでくれたマスターが居た。聞かれていたのがちょっと恥ずかしかった。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「えっあ...いつもの!」
久しぶりの会話に慌てて答えた。
「サラダ付きのモーニングセットですね。では少々お待ちください」
覚えてくれているんだ。感心しながら自分の周りを見た。カウンター席に座ったことがないから景色が色々新鮮。調理場も初めて見た。コーヒー豆を削る機械から良い匂いがした。フライパンから香ばしいパンの匂いがした。ザクザクと野菜を切っている音もしていた。
サラダセットのサラダって一から切っているんだ。そう考えるとここの店はかなり本格的かもしれない。サンドイッチ、サラダとコーヒーも1から作っている。私もしかしてすごい店が行きつけかもしれない。
ずいん!
聞いたことない音の方向を見るとコーヒー豆を削る機械だった。削り終わった合図なのかな?考えていたら、マスターが機械から小さい箱を出して、削られたコーヒー豆が予め置いていたコーヒーフィルターが置かれるコップに入れた。オシャレな銀色のコーヒーポットを使ってお湯を注いだ。一切無駄がない手つきで注いで、どこか美しさもあった。
新鮮だ。席が違うだけでここまで見る景色が変わるのか。
「はいどうぞ」
モーニングセットが完成していた。
「ありがとうございます」
両手でトレイを受け取ってテーブルに置いた。匂いも見た目も食欲を刺激した。ここ数日味気ない食事しか食べてこなかったから余計にそう思った。
サンドイッチを手に取り、口に入れた。モグモグ、モグモグ。卵の味が口の中に広がった。同時にレタスのシャキシャキした食感が食べている感じがした。途中にあったマヨネーズで味変もして口の中が退屈しなかった。この3日間自分が食べていた物がどれぐらいショボいのか。
「あなたは何か悩みがありますか?」
突然言われて反応できなかった。どうしてわかるの?
「どうしてわかるの?みたいな顔をしていますね。でも、無理もないです。いつもいるウエイトレスの子は人の感情がちょっと見えますので、悩みある人はよくこのカウンターに誘導されています」
「感情が見える?」
「生まれながらの特殊能力のような物です」
そういうのもあるんだ。世界は広い。
でも、話すべきなのか悩む。
何も起きなかった3日間はこれからも続く可能性もあった。突然ヒーローが来て問題を解決してくれる世界じゃないから相談するのもありだった。
「とりあえずコーヒーを飲んで落ち着きましょうか?」
「ですね」
一口飲んだ時私は思った。これは人生で一番美味しいと。具体的な事は言えないけど、一番美味しかった。
「美味しいですね」
「ありがとうございます」
コップの取っ手を人差し指でなぞりながら喋った。
「ちょっと友達と喧嘩しちゃったんです。私が全然行動しないから私の為に色々してくれたんだと思う。だからあんな酷いことをした」
「ただの喧嘩でそこまで暗い顔をしますか?」
「はは...見抜かれている。そう...ただの喧嘩だったら仲直りすればいいと思うけど、根本的な問題はそこじゃないです。図星だったんです。あの子が言った事が。否定できなくて...同時に私自身に怒りが湧きました。こんな情けない人の為に動いてくれたのに...それでも私は行動しない」
「なぜあなたは行動をしないですか?」
「...」
不意に黙った。今までこの事を誰にも話した事がないから。怖い...ただ怖いんだ...。深いドロドロの渦にハマっているようで、動けなかった。北海道に行く機会は3回あった。中学校の旅行先を投票で決める時に京都と北海道が同率だった。私は怖かったから最後の一票を京都に入れた。2回目は高校の卒業旅行。菜穂ちゃんは私にどこに行きたいか聞いた。私はその時に選べたはずだったのに...また選べなかった。3回目は今この瞬間。行くチケットは持っているはずなのにまた足がすくんだ。
「ここからは私の妄想ですが」
マスターが突然喋った。重く悩んでいた思考が徐々に消えた。
「何かしらの原因があって、あなたは行けません。足が動かないでしょう。きっと深い渦に囚われているようだと思います」
まるで私の思考を読んでいたかのような感じがした。
「ただあなたはそこから出ようとしている。それは立派な事です」
立派...初めて言われた。自分でも考えた事がなかった。
「あなたは最初にコーヒーを人生で読んだ時に何を思いましたか?」
「苦いと思いました...大人になりたかった時期に買った缶コーヒーを飲んだ時に苦い、二度と飲みたくないと思いました」
「私もです。ただ時間が経てはその味は?」
「深みが増して美味しいと思いました」
「その通りです。思い出もコーヒーと同じです。最初は苦く、思い出したくない味だったはずなのに、時が経てばそれを美味しいと感じる。まぁ個人差はありますが」
ハハとマスターは苦笑いした。
「あなたはコーヒーを美味しく感じました。でしたら、今のあなたなら乗り越えられるのではないでしょうか?怖いと思った過去を思い出してみてください。それで何か見えませんか?」
その時私は鮮明に見えた。
過去の自分を。
怖がっていた私。
逃げた私。
頑張った私。
そして今の私。
見たくない。見ようとしなかった過去を見た時私は思った。
なんだ...大した事ないじゃん。
私が悩んでいた物はこんなにも小さかったんだ。
子供の時にあんなに怖がっていたのに今は嘘のようにそれがちっぽけに見える。
そっか...私は大人になって受け入れられたんだ。私はもう大丈夫なんだ。
「マスター...あり...がとございます」
目頭が熱くなった。
「今の言葉が私の心に響きました」
頬に涙が流れた。
「私これから沢山頑張って戦ってきます」
覚悟を決めた。
「北海道行ってきます」
お金を置いて店からすぐに出た。
走った。一直線に家に向かって走った。
例えさっき食べ終わったばっかりでお腹が痛くなっても走った。
そう。私は決めた。
北海道の!
日本の最果てに行く!
ここで一旦区切りです。理由は北海道の資料が足りないので、集めた後に書こうと思っているので・・・
絶対完結させますので