第三章:Welcome Summer
夏の暑い日差しの中私は歩いていた。スーツケースをガラガラと引きずっていた。向かう場所はただ一つ。
菜穂ちゃんの家だった。
私の家は菜穂ちゃんの家からそんなに遠くはない。ただ徒歩で15分かかる。普段だったら余裕かましていたけど気温は37度。あちい。この温度の中で人間は生きられない...何度も悟った。ちなみに日傘をバッチリ差した状態だった。日傘を差すだけ世界は変わるが、さすがにこの気温の中では多少日差しを軽減する程度だった。あともうちょいだ。歩け〜。歩け〜。
もうちょっとで菜穂ちゃんの家に着く所で蛍ちゃんが見えた。
「おーーーい!」
私の声に反応した蛍ちゃんはこっちを見て一礼をした。
蛍ちゃんは日陰の中で涼んでいたけど暑そうだった。恐るべし地球温暖化。
「おっす〜」
「お、おっす?」
「蛍ちゃんもっと砕けた感じでいこうよ!」
「つい癖で...」
「そこはしょうがないね」
「すみません...」
「そこはごめんの一言でいいよ」
「はい...」
指摘し続けたら永久ループじゃん。無理矢理話題変えるしかないね。
「今日暑いね」
「そそそそそうだね」
「何を一番楽しみにしているの?」
「海で泳ぐ事が一番のたのしみで...楽しみ」
「菜穂ちゃんとは初めて会うんだっけ?」
「はい!あっ...うん。初めてです。あっ...初めて」
何この生き物可愛すぎるでしょ。暑いのに私は蛍ちゃんに抱きついた。
「可愛すぎるでしょ蛍ちゃん!」
「くっつかないでください!ただでさえ暑いのに更に暑いよ!」
「おっ!やればできるじゃん」
「本当だ」
「無理はしなくていいよ。自分のペースで進めばいいよ」
「はい...」
前髪が揺れ、服も揺れた。風が吹いてちょっと涼しかった。
「暑いけど涼しい」
「矛盾していません?」
その発言に二人で笑った。
ガチャ、ガチャ。
ドアの鍵が開いた音がした。やっと来たか。
「お?2人とも着いたんだ」
ドアの鍵を閉めながら菜穂ちゃんは言った。
そこで私はある事に気づいた。
「菜穂ちゃん荷物ないけど?大丈夫?」
「もちろん大丈夫さ」
親指を立てながらこちらに歩いてきた。
一歩一歩普通に階段から降りた。そして、私達と同じ立ち位置に来た瞬間、車が家の玄関に止まった。まるで菜穂ちゃんの階段を降り切るタイミングを見計らって着いたかのように。
「「?????」」
「着いた!いつもちょうどいいタイミングだね佐久間さん」
「いえ、お嬢様たまたまですよ」
車からカッコいい老母が出てきた。初めてみる顔だ。いやちょっと待って佐久間って!?
「月ちゃん驚いているね。多分月ちゃんの考え通りだと思うよ。こちらいつも私の側支えている執事の奥さん」
「いつも主人がお世話になっています」
「佐久間さん結婚していたんだ!?」
「まぁあの人はあんまり浮いた話とかしないし、無理もないか」
佐久間さんが車の助手席のドアを開け、菜穂ちゃんは中に乗り込んだ。
「二人とも乗らないのか?」
一瞬で我に返って車に乗り込んだ。
そこからは遠かった。大体3時間かけて私達は伊豆の別荘に着いた。道中は意外にも静かだった。みんなこの日を楽しみにしていたのかは知らないけど車の中で3人とも寝ていた。
「おおおおお...?これは別荘ではなく、ただの一軒家なのでは?」
何かやるせない顔をしていた。
「なんかこうもっと凄い感じだと思っていたんですよ。いやでも一軒家を複数持っている事自体が凄いのに私ああああああ」
「一旦落ち着きないって蛍ちゃん」
「うちの両親は豪華な別荘よりもただぼ一軒家の方が好きなんだよ」
腕を組みながら別荘に向かって歩いた。
「特別な休暇の感覚よりもその地域の日常を感じる事を大切にしているんだ。だから特別豪華な別荘じゃなくて、普通の一軒家を買っているの。しかもこの別荘は佐久間さんみたいなうちで雇っている人も自由の使える」
「充実している福利厚生だ」
「ですね。私も将来この職場で働きたい」
私達は菜穂ちゃんの後に続いて家に入った。
菜穂ちゃんの言う通りただの家だった。一般的な家庭の家でただ一つ違う所があれば畳の部屋がある。
荷物を置いて私達は海に向かう準備をした。タオル、水筒、お金、日焼け止めと念の為にサングラスを鞄に入れた。
「彼方さん水着持ってくるの忘れたんですか?」
「ちっちっち。あんまり私を舐めるでない」
着ていたシャツを脱ぎ捨てた。
「水着はもう着ているんだよ!」
「小学生でよく他の人がやっていたやつだ!」
「この感じの方が楽だと思うよ」
「そうなんですか!?では私も着替えてきます」
どんどんどんどんと勢いよく部屋を出た。
「あの子って月ちゃんの話めちゃくちゃ素直に聞くんだね」
「何か変だった?」
「いや...ただあの『明るくない蛍』がこんな明るい子だと思わなかっただけ」
明るくない蛍。確かに的確な表現だった。でも...。
「その名前つけた人って性格悪いね!蛍ちゃんの事なんも分かっていない。蛍ちゃんは普通にどこにでもいるただの美少女って事を」
「美少女はどこにでもいるわけないだろう」
「ツッコミ所そこ!?」
「逆に今のボケじゃなかったの?」
「私にだって真面目に喋る時あるよ!?」
「ごめんごめん。でも噂程度を信じないさ」
「さすが菜穂ちゃん」
「でしょ」
ちょっと性格悪そうな笑い方をしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
徒歩でおおよそ20分。
私達は近くの海水浴場の伊東オレンジビーチに着いた。
伊東?
「ってここ伊豆じゃないの???」
「月ちゃんここ来るの3回目なんだけど覚えていないの?」
「えっ?ここ伊豆じゃないの?」
「伊豆の近くにあるから伊豆の別荘って行っているだけだよ」
「彼方さん彼方さん!海です!海が見えますよ!」
「蛍ちゃんめっちゃはしゃいでいるね」
「だって海初めて見ますので!!!はしゃぎますよ!!!」
「この子どんな人生送ってきたんだ」
「私もちょっと怖くなった...」
わーいと子供のように海に向かって走っていった。
「蛍ちゃんはしゃぐ前に一旦場所確保とかやろうね」
「はっ!」
いきなり止まって恥ずかしそうに下を向きながらこっちに向かってきた。
「お見苦しい所見せちゃってすみません」
「いいんだよ蛍ちゃん。ただ一旦全部終わってからはしゃごうね」
無邪気な子供のように元気よく蛍ちゃんは「はい!」って答えた。
「親子かい」
呟くように突っ込んでいた菜穂ちゃんが居た。
ビーチに着いた時、人が沢山居た。さすが夏休みという所だろう。平日でここまで人が集まっていたら怖い。
「なんかどこかいい場所ないかな菜穂ちゃん」
「場所ならもう確保しているよ」
「「えっ」」
「なんなら確保した場所で色々もう設置してあるよ」
「「えっ」」
「佐久間さんが家に着いた瞬間もう向かっていたよ」
「佐久間すげ〜」
菜穂ちゃんに道を案内してもらった。案内している途中に蛍ちゃんは何度も逸れそうになったけど菜穂ちゃんが毎回気づいて手を掴んだ。蛍ちゃん実はアホの子説が浮上してきた。そう思いながらいつの間にか着いていた。
「来ましたか」
そこにはイケおばが居た。
「佐久間さ...ん?」
「さっき顔を覚えてたと思ったんですけど一瞬で忘れるタイプでしたか」
「いやいやそういうのではないよ!あまりにも格好と雰囲気が変わっていたから最初気づかなかっただけ」
隣で蛍ちゃんがうんうんと首を縦に振って同意してくれた。
「とりあえず場所は確保しているので存分に遊んでください。何かあった場合すぐに私を呼んでください。その為の私です」
「か、か、カッコ良すぎます!!!」
「蛍ちゃん早く着替えようね〜」
無理矢理に首根っこを掴んで着替える場所に移動した。ビーチにあった海の家を借りて私達は着替えた。
「蛍ちゃん...」
「なんか問題ありますか?」
「水泳とかやっていた?」
「いえ、何事も形からが私の流儀ですので、水着は実際にスポーツ選手が着ている物を買いました」
ふっふ〜とドヤ顔をしていた蛍ちゃんを一旦忘れて菜穂ちゃんを見た。
「woah」
黒のビキニでそこに色気と大人の魅力があった。思わず外国の人のリアクションをしたぐらい刺激的だった。
「なに?」
「woah」
「あんたは外国から来たのか」
「いえす!いえす!」
「そんな事よりも月ちゃんは随分と可愛いやつ着ているじゃん」
ビキニに似た感じだったが、フリフリもあって、布の面積も多めだった。水色でピンク、赤と黄色のシャボン玉みたいな模様があった。
「いいでしょ!」
「私が可愛い系が好きな男だったらナンパしているよ」
「うげ、同じ考えしていた」
「うげってなんだよ!」
バッチリ着替えたし、二人の水着を堪能できたし、そろそろ佐久間さんが確保してくれた場所に戻るか。
「月ちゃん日焼け止めは?」
「あっ...忘れていた」
日焼け止め塗った後にみんなで一緒に佐久間さんの所に戻った。道中声を掛けようとした男性はいたけど、菜穂ちゃんが何かを言ってから化け物から逃げるように逃げた。大!9大人があんなに情けなく走って行くのは怖い...菜穂ちゃん何を言ったんだよ。その影響で周りの視線が痛かった。でも、そのおかげで誰にも声を掛けられずに着いた。
「佐久間さん荷物をよろしくお願いします」
「はい、菜穂様」
菜穂ちゃんはビーチボールを持って海の方に振り向いた。
「じゃあ遊ぶよ!」
「うん!」
「はい!」
楽しく儚い女子大学生の小旅行が始まった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「蛍ちゃんパス!」
「はい!」
ビーチボールを両手で上げて蛍ちゃんにパスした。ゆっくり放物線の形で飛んでいて綺麗だった。このトスを バレー選手に上げていたらきっと褒められていたんだろうと思っていた。蛍ちゃんはその軌道を捉えて、落ちる所を完璧に把握していた。これなら菜穂ちゃんに繋げられる。ただ一つ誤算があった。
「ふーーーーー。はっ!!!痛った!」
ボールを完璧に捉えていた上にトスする体制も完璧だったが、タイミングがズレて頭に当たった。
「なんで私はあのボールを繋げられないんだ!あんなにもイメージが鮮明だったのに!」
砂を叩きながら蛍ちゃんは言った。惜しかったねと言えばいいんだけど全く惜しくないんだよね。
「ふっ。私ならできるけど」
「そ、そんな運動音痴仲間だと思っていたのに!」
ヒステリック風に蛍ちゃんはまるで昼ドラで裏切られた妻のような反応をした。
「じゃあもう一度あれをやってくださいよ」
ボールを私に渡して、菜穂ちゃんにボールを蛍ちゃんと同じようにトスした。
「この放物線、流れ、速度。捉えた!」
良い感じに出来ている。これならと思ったのも束の間。
「痛て」
さっきの蛍ちゃんと同じような感じで失敗してボールが頭に当たった。
「ちょっと待って何か言う前に言い訳させてくれ」
「いや私は別に何も...」
「自分の中のイメージと現実で動く体がマッチしていなんだ!だから問題があるとすればこの体だ!もっと運動ができる体に生まれたかったよ!」
「うん!うん!共感しかできません!」
「いや二人ともただの運動音痴と運動不足という事実から逃げないで」
「月ちゃんの鬼ぃ!」
「彼方さんそそそそそそんな事はないです!」
「大体月ちゃんが凄すぎるんだ!あの完璧なトス!ここでは描かれていないサーブやレシーブとかがプロ並みのレベルだった!」
「描かれていないってどういう...」
「そこは一旦置いといて。もしかして月ちゃんが凄いだけで私達は普通って説はn」
「ない。そんな説はないですぅ〜」
「私達の希望を粉々にして...彼方さんのひとでなし!」
「蛍ちゃんそっち側のキャラだっけ???」
「「「ハハハハハ」」」
なんだこの茶番は。めっちゃくちゃ楽しい。途中から全員で何やっているのかがよくわからなかったけど楽しかった。
ぐ〜
「結構遊んだからお腹空いてきた」
「確かにいい頃合いだし佐久間さんが用意した弁当を食べようか!」
「佐久間さん弁当作ったんですか?」
「そ!」
「大野さん一体佐久間さんはいつ弁当を作ったんですか???」
「何?その圧がある言い方?」
「だって、私達が車に乗ったのは8時で着いたのは11時ぐらいです。つまり佐久間さん6時ぐらいから支度して、運転もしてめちゃくちゃ疲れているんじゃないですか!?」
「蛍ちゃん前日の仕込みとかわかる?」
「え?」
「前日に食べ物の仕込みとかして朝起きたら焼くのと盛り付けるだけだよ」
「そんなやり方あるんですか!?」
「蛍ちゃんどんだけ箱入り娘なの...」
「別に私は世間知らずじゃ...ないかも...」
「現実を知っちゃったね」
トンと肩に手を菜穂ちゃんが置いて慰めた。
この2人いつの間にか仲良くなっていた。
そんな会話をしながらゆっくり佐久間さんの所に戻った。今回も変なナンパしてくる男がいなかった。さっきの男性達のように勇気を持っている人は居なかった。本当に菜穂ちゃん何言ったんだろう...。てかこんなにナンパされる事考えているってもしかして私ナンパされたい?
「月ちゃんそっちじゃないよ〜」
「ハッ!」
気づいたら海に向かっていた。ナンパの事を考えると海の方に行くのか...。変な知識を得てそのまま佐久間さんの所に向かった。
「皆さん休憩ですか?」
「うん。特に月ちゃんはめちゃくちゃお腹空いている」
「そうですか。彼方さんの弁当を少し大きめに作ってきてよかったです」
「ちょっと待ってなんで私大食いキャラが定着しているの?」
「では皆さんこちらがお昼ご飯です」
「無視された...」
佐久間さんはあらかじめ持ってきていた袋の中から弁当の箱を3つ出した。中位の箱が二つと大きい箱が一つ入っていた。取り出した後にごく自然のまるでそれが当たり前かのような感じで大きい弁当を私の前に置いた。
まぁまぁこれはまだまだですね。
続いてお箸をみんなに配った。そして、私のお箸は鍋とかに使う長いお箸だった。
「ってなんでさっきから私に大きめのサイズで渡すのーーー」
「お嬢様にボケ倒していると聞いたのでお嬢様の気持ちを体験してもらいました」
「佐久間さん...!」
「菜穂ちゃんいつもこんな気持ちでツッコんでいたんだよね...今度からもっとボケ倒すからね」
「っておい」
「冗談はさておき。こちらが彼方様の本当の弁当です」
菜穂ちゃん達と同じサイズの弁当を渡された。どうやら大きめの弁当にはおかずが沢山入っていたようだ。タコさんウィンナー、卵焼き、唐揚げ、野菜などがあった。渡された弁当を開けたら中に大きな海苔がご飯の上に乗っていた。少し鰹節があって、香りも良かった。
「「「いただきます」」」
むしゃむしゃむしゃ。
非常に美味だった。一口一口噛む度に鰹節の良い香りが広がった。海苔の下に隠れていたけど、汁が染み込んでいるご飯もあった。人生で今まで食べた事がないのり弁の美味さがあった。
「なんですかこれ?美味しすぎます!」
「蛍ちゃんのり弁食べたい事ないの?」
「のり弁ってなんですか?」
「あんた会った時から思っていたけど箱入り娘なの?」
「違いますよ!ただ和食にそこまで触れた事がないので知らないの当然じゃないですか!」
「ちょっと待ってあんた日本に何年住んでいる?」
「一年半」
「その前は?」
「アメリカ」
「蛍ちゃん帰国子女だったの?凄い!初めてみた!」
「そうですか?あんまり凄さが実感できないんですけど」
「ほとんどの人生をアメリカで過ごしていたら確かに和食には疎いな。箱入り娘と呼んだ事を謝るよ」
「そこまで気にしてなくても大丈夫ですよ」
「帰国子女だったら蛍ちゃんはどこで日本語を勉強したの?」
「お母さんと友達のおかげだと思います」
どこか懐かしんでいる顔をしていた。まるでそれは遠い過去のような思い出を振り返っていたような感じがしていた。
「昔から友達作りが下手でした。どこか周りとは違う感があって、なかなか周りの人と馴染めなかったです。その中でメアちゃんが私の唯一の友達でした」
手に持っていたお箸を置いて、熱かったのか一旦水を飲んだ。
「当時私は英語は喋れましたが、少し恥ずかしかったので全然喋っていませんでした。クラスにいる無口という印象を持っていた人が多かったと思います。それでも、一生懸命私に話しかけてくれました」
下を向きちょっと微笑んでいた。
「全然喋らないからかは分かりませんが、メアちゃんは私が英語喋れないと勘違いしちゃって、日本語を勉強して今度は拙い日本語で喋ってきました。あの時は本当に驚きました」
そして、更に下を向いた。まるで顔を見せたくない子供のようだった。
「その後は10年ぐらいの付き合いでした。二人で遊んだり、勉強したり、パジャマパーティーもしました。でも、楽しい時間にはいつの終わりが来るんです。メアちゃんは居ないので」
蛍ちゃんはハッと気づいた反応をした。
「すみません話も脱線した上に重めの話になって。こんな話聞いても面白くないですよね!さーてご飯の話でもしまs-」
「続けてもいいよ。蛍ちゃんの大切な友達の話でしょ?いくらでも聞くよ」
「いいんですか?」
私達は頷いた。
それを見た蛍ちゃんは一息整えて、水を飲んだ」
「メアちゃんは銃殺されました。スクールシューティングはアメリカでも珍しい話ではないです。学校で無差別に銃を撃つ人はいます。その光景は今でも覚えています。狂気に満ちた殺人犯の目、焦げた匂い、無数の怪我している人、そして、血だらけの右手」
今でも泣きそうな気持ちを堪えて続けた。
「メアちゃんは昔から正義感が強い子だった。虐められている子が居たら真っ先に助けて、困っている人がいましたら助けていました。その正義感の強さで殺人犯の一瞬の隙に飛び出した。殺人犯は反応に一歩遅れましたが、メアちゃんの右脇腹を撃ちました。苦しい痛みに耐えながらメアちゃんは殺人犯を抑えて、無事殺人犯は捕まりました。でも...メアちゃんは助からなかったです」
右手を見て、堪えていた涙が溢れ出した。
「殺人犯が捕まった後私はすぐにメアちゃんに駆け寄りました。無我夢中で彼女に生きてほしいと言った気がします。必死すぎてもう何も思い出せません。ただ最後の一言が私の脳裏にこびりついています。『寒い』とメアちゃんは言ってこの世を去りました。その一言と血だらけの右手をしばらく夢で見ました。ずっと今はずっと最後彼女を一人ぼっちにさせた事が心残りです」
「蛍ちゃんはどうやって立ち直ったの?」
「お、おいそれ今聞くのか?」
「いいんですよ。私は全然気にしませんから」
私はただ気になっていた。最愛の人を失った蛍ちゃんはどうやって立ち直ったのか。
「全然立ち直っていません」
そう満面の笑みで言った。
「私は死ぬまでこの事を引きずっています。ただメアちゃんの分まで生きないといけないと思いました。彼女が命を張ってくれたから今の私は生きています。だから進まないといけません。彼女の人生は無駄ではなかったことを証明する為に」
「強い子だね」
「強くなんかありません。人生はそれでも続きます。残酷にも私達に止まっている時間はないので」
その言葉が言えるだけで強いと言おうとしたけど、辞めた。余計な一言だった。無理矢理自分の口にご飯を入れて黙った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「もう流石にお腹いっぱいだね」
「佐久間さんいつも良い料理をありがとう」
「勿体無いお言葉です」
「ごちそうさまです!色々初めての食べ物が多く、美味しい弁当でした!」
佐久間さんはちょっとびっくりした顔をしていた。
「やはり真に支えるべき人は北山様でしたか」
「っておい」
そろそろ16時になろうとしていた。朝は移動、その後はビーチで遊んだりしてご飯を食べた。あっという間だった。そう考えたら疲れが重りのようにどっときた。
「月ちゃん疲れた?」
「そうだね。今はゆったりしたい気分でいっぱいだね」
「だね。私も疲れたよ」
疲れと共にどこか現実に引き戻された感があった。脳裏をよぎるのはあの光景。いつもこびり付いているあの光景。
「月ちゃんは今年の夏をどんな物にしたい?」
「急にどうしたの?」
「特になんでもないよ。ただ気になっただけ」
「私は...」
その言葉を言う事を躊躇っていた。
変わりたい。もっと先へ行きたい。
「そっか。月ちゃんはそれを望むのか」
「えっ?なんで分かったの?」
「私なんか言った?」
気のせいだったのかな。
「なんだ?またツキコウが出ちゃったの?」
「だからツキコウじゃないですぅ」
ふと蛍ちゃんを思い出した。私達だけの世界に入り込んじゃったからすっかり忘れていた。
「蛍ちゃ...ん?」
そこには背中を向けて丸まっている蛍ちゃんが居た。
「あの二人に比べれば私はまだまだ新参者で、関係値も浅いし、二人だけの世界に入っても別に羨ましくないし。そうだよ。別に全然羨ましくないし、ここで砂浜で星座を描いていた方が100倍楽しいし」
重症だ。とにかく早く闇落ちする前に現実に引き戻さないと!
「蛍ちゃーーーん!」
「はーい!」
今日一番の笑顔でこっちを向いてきた。チョロい、チョロすぎる。この子が心配になるわ。
「一緒にドリンクでも買いに行く?」
「行く~!」
「じゃあ行こっか!」
「うん!」
3人で一緒に海の家の自動販売機に向かった。そこまで通りの場所でもなかった。ただ混んでいたから時間がかかった。
「えっ?りんごジュースないの?」
「彼方さんりんごジュースそんなに好きなんですか?」
「うん...好きというよりもないと生きられない?」
「そこまでの中毒性ありましたっけ?」
「月ちゃんは昔からりんごジュースが好きなんだよ」
「そうなんですね」
「りんごジュースが好きっていうよりもりんごが好きだと思う」
「菜穂ちゃん私よりも私を理解しないでくれる?怖いわ」
「月ちゃんの家に行くといつもりんごの香りがしたんだよね。りんご農家でもないのにいつも匂いがした」
「そうなんだ。全然気づかなかった」
「自分の家なのに気づかないものなんですか?」
ちょっと怪しいていう顔で見てきた。
「月ちゃん気づいていないと思うよ。家でりんごがなくなった事ないでしょ?台所にりんごは必ず置いてあった。冷蔵庫にもりんごジュースが必ず入っていた」
「そうなんだ...」
「ていう事は彼方さんの両親の影響で好きになったんですね!」
「両親の影響そこまで受けていないよ」
「えっ?」
「と、とりあえずりんごジュースがなかったらぶどうでいいや」
お金を入れて急いでぶどうジュースを買った。
「2人とも何が飲みたい?今回は私の奢りだよ〜」
「私はスポーツドリンクでいいや。蛍はどうする?」
「私はコーヒーで...。」
お金を自動販売機に入れて注文通りのドリンクを買った。自分が悪いんだけど空気があまりよろしくはない。とりあえず買ったドリンクを2人ともに渡して、ついでに私の飲み物を菜穂ちゃんに渡した。
「これ月ちゃんのやつじゃ-」
「私ちょっと泳ぎ足りないから海でちょっと泳いでくる〜」
水着の上に羽織っていた上着を投げ捨て、海の波に抗いながら走った。足が付かなかったら、泳ぎ始めた。ただがむしゃらに泳ぎたかった。蛍ちゃんごめんちょっと当たっちゃって。この考えがずっと頭の中で回っていた。それが消えるまで私は泳いだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
自分の泳げる限界ギリギリまで泳いだ。もうクタクタでしばらく泳ぎたくない。そういえばどこに上着を捨てたんだっけ。波の音を聞きながら探そうとしたが、目の前に居た蛍ちゃんが持っていた。夕日の光で照らされていた蛍ちゃんが一枚の綺麗な絵のようだった。
「彼方さん夕日がいい感じに一枚絵に見えます」
まさかの同じ事を考えていた。てことは今私は蛍ちゃんと一緒の思考をしている。考えんだ考えるんだ今蛍ちゃんは何を考えているのか!と言っても考えなくても分かるけどね。
「謝らなくていいよ。私の方が謝るべきだよ。だから」
しっかりと蛍ちゃんの目を見て、頭を下げた。
「八つ当たりしちゃってごめんなさい」
「いえ。私こそごめんなさい」
「謝るのは私だよ」
2人でちょっと笑った。
蛍ちゃんもさっき自分の話してくれたし、私も話すか。
「ちょっと黄昏るか!」
「大野さんの所に戻った方がいいのでは?」
「いいの〜いいの〜」
蛍ちゃんの手を引っ張って無理矢理座らせた。
「私は5歳の時に母親がいなくなったんだ。そこからはお父さんと一緒に暮らした。でも、お父さんは日に日にお酒とかに溺れて酷い人になった。どれくらい酷いかは自分の娘に手をあげるぐらいなんだよね」
少しあの時の怖さと怒りを思い出したけど、抑えた。
「聞いていいですか?」
「どうぞどうぞ!」
「母親がいなくなったとは一体どういう意味ですか?」
「やっぱりそこ聞いちゃうか」
ちょっと困った顔をしたかもしれない。必死に10秒ぐらい考えて答えを出した。
「分からない!だって誰も何も言ってくれないんだもん」
「そんな事ってありますか?」
「あるんだよね〜これが...。唯一の手掛かりはお父さんが言っていた最果ての地」
「最果ての地ですか?」
「そ!日本の最果ての地。北海道の端っこにいるらしい」
「最果てってでもそこは-」
「おーい2人ともそろそろ戻りなよ〜」
遠くから菜穂ちゃんが呼んでいた。
「はーい!じゃあそろそろ戻ろっか!」
「はい!月さん」
「今もしかして名前で呼んでくれた???」
「そうですけど何か?」
口を尖らせて、ちょっと照れながら蛍ちゃんが言った。
「本当に可愛いよ蛍ちゃん!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
荷物をまとめて私達は別荘に戻った。泳ぎすぎて体はクタクタだった。もう動きたくなかった。ただ私よりも動いていない2人の方が疲れていたのは謎だったけどね。
「月ちゃん待ってよ...この坂キツイよ...」
2人とも荷物を何も持っていないのに。そんな感じで私達は別荘に戻った。
「「疲れた」」
2人ともフルマラソンを走り終わった人のように疲れていた。後日運動に誘って体力付けてやるか。そう思いながら寝室に向かった。あの状態だと一旦休みを挟むから今のうちにシャワーしよ。服も荷物の中から取り出してシャワー室に向かった。途中で玄関で倒れている2人を見て更に体力つけるようにしないと思った。
シャワー室は至って普通のシャワー室だった。お風呂もあったけど、この暑さだと入る気にはならなかった。簡単に髪と体を洗って、シャワーを終わらせた。洗面台の棚を開けてドライヤーを探した。
「右上の棚にドライヤーあるよ」
「さんくす菜穂ちゃん」
右上の棚を開けて置いてあったドライヤーを取り出した。
「菜穂ちゃんが次入るの?」
「だね〜」
「私はとりあえず寝室に行って髪乾かすよ」
「りょ〜」
そのまま寝室に向かってコンセントを探した。
あったあった!ちょうど私の布団が敷かれている枕の近くにあった。
ぶおーん〜
寝室にドライヤーの音が響いた。ドライヤーの音で全ての音がかき消されているはずなのに不気味な音を聞こえた。
すー...すー...
何か引きずっている音がした。
すー...すー...
一定のリズムで音が近づいていた。こんなにホラーな感じで語っているが、私は音の正体を分かっていた。
そして、それが現れた。
「や...や...っと着いた...パタリ...」
それの正体は疲れている蛍ちゃんだった。床を這って移動していた蛍ちゃんが不気味なすーって音を作っていた。
廊下で倒れていた蛍ちゃんを見ていたずらしたくなった。それでとりあえずドライヤーを蛍ちゃんに向けた。
「あづいですよぉ〜」
「ごめんごめん。蛍ちゃんがあまりにも可愛くて」
「そんなに褒めても何もでま...あわあわわわあづいい」
髪も乾いたし、イタズラもしたし、ドライヤーのスイッチをオフにして、床に置いた。
「蛍ちゃん手を貸そうか?」
「お願いします」
蛍ちゃんをお姫様抱っこしてシャワー室に向かった。
「えっ?えっ?えっ?」
「蛍ちゃん軽い〜」
「恥ずかしいです...」
「可愛い可愛い」
今日この日を忘れる事はないと思う。朝から友達と一緒に砂浜で遊んで、沢山喋って、本当に楽しかった。この楽しい時間がずっと続けばいいのに。永遠に続けばいいと願った。