第二章:Hello New Friend and Hello Past
チケットを貰ってから1週間が経った。
未だに実感がなかった。
チャンスは目の前に舞い降りていた。日本の最果てに行けるチャンスがここにあった。予約できる期間は当たった日から一年。
ただ、踏み出すのを躊躇していた。
理由は分からなかった。
予約できるサイトにアクセスしようとした時に指が震えて動かなかった。
簡単にキーボードを操作する行動ができなかった。
いつも通り課題をやる時のように指が動かなかった。
「そろそろ出発しないと」
時間を見て私は大学に行く準備を始めた。
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誰かに相談すれば行動できたかもしれない。
でも、あの日から菜穂ちゃんは一切チケットの話をしなった。あの子もしかして対して興味がない?
分からないまま大学に着いた。
「えっと、今日はどこの教室だっけ」
ちょっと迷い気味だった。授業にはもう8回も出席しているけど場所が全然覚えられない。なんなら先生の名前も曖昧。
「あの校舎だっけ。この校舎だっけ。」
今日は菜穂ちゃんと唯一授業が被っていない日だったから迷う!
「痛った!」
迷っていたら人とぶつかっていた。
「ご、ごめんなさい」
すぐに私は謝った。
「いえ、大丈夫です」
ぶつかった子は可愛い眼鏡をしていた。フレームがない丸眼鏡だった。白のTシャツと紺色のミディアムスカート。最近流行りの地雷系女子が背負っていそうな鞄を背負っていた。オシャレだけど菜穂ちゃんとは違うオシャレ感があった。
「そんなにジロジロ見ないでください」
「ごめん!可愛い服だな〜って思っていたよ!」
「なんですかあなた?チャラ男みたいな事言いますね」
「ほえ!?」
「ってあなたはもしかしてチケット当てた人ですか?」
「なぜそれを?」
まさかストーカー!?遂に私にもストーカーがついたのか...。
「美少女って辛いぜ」
「あなたは何を言っているんですか?この間デパートでたまたま見かけただけです」
「よかった...。ストーカーじゃなくて」
「私をなんだと思っていたんですか!?」
「いや〜特に何も〜」
「まぁいいです」
ふと彼女は私の鞄を見て驚いた顔をしていた。
「こ、これって!?」
一瞬で私の背後に回り込んで鞄に付いていたストラップと缶バッジを見ていた。
「これは月刊スターゲイザーの応募ハガキで当てた人だけが貰えるオリオン座のアクリルストラップと小熊座の缶バッチだ!」
「!?」
嘘。これを知っている人がいるなんて...。
「もしやあなたはスイザー?」
彼女は更に驚いた顔をしていた。
「レッツ〜」
これは!?
「「ゲイザーーーーーーー」」
大学の真ん中で私達は叫んだ。
「まさか愛読者が大学に居たとは驚きです!」
「私も驚いたよ!」
嬉しかったけどふとある事がよぎった。
「時間ヤバくない?」
「あと3分で授業始まりので確かやばいですね」
「行かなきゃーーーー」
教室に走らないと間に合わない。一瞬で体の向きを変えて、スポーツ選手のように走った。
「待ってください!」
「うえ?」
いきなりブレーキかけて転けそうだった。
「名前はなんですか?」
「彼方月!!!」
「私は北山蛍です!」
「このままだと授業に間に合わないから後でね蛍ちゃーーーーん!!」
「ちゃん!?」
私は授業に間に合う為に超走った。
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「危なかった...」
私はなんとか間に合った。
なんか知らないけど走っている途中に教室を思い出した。マジで奇跡。
隣の席に誰かが座った。
あなたもギリギリだったね。お互い大変だったね。どんなやつなんだろうと右を向いたら。
「「あっ」」
蛍ちゃんが居た。
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「あっちの方空いているかも!」
「ではそちらに向かいましょう!」
うるさく混んでいる食堂の中で私と蛍ちゃんは食堂のお昼ご飯が乗ったトレーを持っていた。
食堂の奥に進めば進むほど人が少なくなった。
「空いているテーブルあった!」
早歩きで即座にテーブルに着いて場所を確保した。
「しかし、食堂はいつも混んでいますね」
「ね!」
雑に同意して私はご飯をガツガツ食べた。
今日のお昼ご飯は牛丼セット大盛り。チェーン店と同じような感じの見た目だったけど学生に優しい値段だった。
「凄い食べっぷりですね」
「今日朝ごはん食べていないんだよ」
「私朝ごはん食べない派なので、基本的に空いていますけど」
ムシャムシャムシャムシャと私はガッツリ食べていた。
「?」
蛍ちゃんがなんか言っていたような気がするけど。
「そこまで勢いのある食べ方はしないですね」
「何それ?褒め言葉?」
「そういう事にしておきます」
「???」
勘で思った。蛍ちゃんもしかして頭がいい?
「蛍ちゃんって専学部なの?」
ムシャムシャと勢いが止まる事はなく食べた。
「一応そうですね」
鞄に入っていた水筒を取り出して学食で自由に使えるコップに香りの良いお茶を注いでいた。
「私は別に専学部だから頭が良いとかじゃないですね。たまたま頭が良い人の多くが専学部に入っただけなので」
お茶を飲みながらちょっと不満っぽく蛍ちゃんは言っていた。
「それはあくまでも結果論ですよ」
「言われてみればそうだったね!」
「え?」
「どうしたの?」
驚いていた表情をしていた。
「初めて私の言葉通りの意味を受け止めました」
「?」
ちょっと何を言っているのか分からなかった。
「だってそれは蛍ちゃんが実際に体験して思った事をなんでしょ?なら私はそのまま信じるよ」
気づいたらもうご飯はなかった。スプーンをお皿の上に置いた。
「やっぱりあなた変ですね」
フフと蛍ちゃんが笑った。
「やっと笑ったじゃん!」
ちょっと嬉しかった。
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食べ終わった後、私達は別々の教室に向かった。
「ではまた来週です」
彼女はニコニコしながら、右手を右頬近づけて手を振った。
そのポーズめっちゃあざとい!男だったら惚れている!
そう考えながら私も手を振った。
「またね!」
教室に向かう途中に思った。
あれ?これ友達できたんじゃない!?
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「って事かあってさ!」
菜穂ちゃんに昨日あった事を話していた。
「美少女、頭がいいし、無自覚にあざとい!」
思わず興奮して菜穂ちゃんの顔に迫っていた。
「わかったから!近い近い近い!」
「ぶえ」
両手を使って私の顔を遠ざけた。
「で」
菜穂ちゃんは脚を組み直して、腕を組んだ。
「その子がどうしたの?」
「ヤキモチ?」
「ちゃうわ!」
「だって、そんなにムカムカしている菜穂ちゃん見ないからさ!」
「っ!!!」
菜穂ちゃんの顔が真っ赤になっていた。
何これめっちゃ可愛い!
「帰る!!!」
「ごめんて〜」
ちょっと笑いながら言っちゃった。
「チッ」
「あ!舌打ちじゃん!」
「舌打ち案件でしょこれ」
キレ気味になりつつあった。
「そんな事よりも!」
ドン!とテーブルを叩いた音が空き教室に響き回った。
「そろそろでしょ?」
「うん...分かっている」
「なら良いよ」
そろそろ3ヶ月に一回の実家へ帰る日だった。
私が1番嫌いな日だった。
「ちゃんと挨拶するんだよ?」
「分かっているよ...。」
「当時見送るからね」
「ありがとう」
しばらくその後菜穂ちゃんとは喋らなかった。
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ガラガラ、ガラガラ。
スーツケースのタイヤの音が静かな住宅地に鳴り響いた。
「さすがに金曜日の朝6時に人は行動しないか」
人気のなさに驚きながら、スーツケースを引きずって駅に向かっていた。ここから品川に行って、新幹線を使って新神戸に向かう。正直行くのがめんどくさかった。
いや違うな。
行きたくない。お父さんに会いたくない。
「はぁ...やっぱり行くの辞めようかなぁ。でも菜穂ちゃんが許してくれないなぁ」
この時期になるといつも新神戸行きの新幹線のチケットが届く。いつも通り借りているアパートの宅配ボックスを開けたら、3ヶ月に一回に必ず届く物。誰が入れているのかが不明だったけどきっとお父さんが郵便局にそういうシステムがあるのだろう。そんな感じの事を考えていたら最寄りの駅に着いた。
「おっす~」
「菜穂ちゃんおはよう~」
改札の前に菜穂ちゃんが立っていた。
「いつも通りダルそうだね」
「行きたくないのに行っているからそりゃそうだよ」
「まぁね」
新幹線のチケットを使う必要はなかった。そのまま捨てればいいのに、菜穂ちゃんが行けって言うから仕方なく行っているだけ。
「やっぱり行くの嫌?」
「うん」
ちょっとガッカリしていた顔をしていた。
「だって、菜穂ちゃんと一緒にダラダラした方が楽しい」
「そっか」
ハハとちょっと笑ってくれた。
「ではではそろそろ行きますわ~」
もっていたICカードを改札にかざして入った。
「いってらっしゃーい!」
いつも通り菜穂ちゃんは元気よく送ってくれた。
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「まもなく新神戸。新神戸」
そのアナウンスを聞いて目覚めた。
東京から約3時間の時間をかけてやっと着いた。
新幹線の中で特に何もしなかった。
嫌な気持ちを忘れたくてずっと寝ていた。
そろそろ駅に着くから扉の前で待機しよう。
特にやる事がなかったからとりあえず移動しようと考えていた。
幸いにも通路側の席だったから他の人を気にせずにドアに向かえた。
ふと周りを見た。周りには必死に働いているサラリーマン、幸せそうな老夫婦、楽しみにしている親子。
いいなぁみんな。今から楽しい所に行けて。
そう思いながらドアに向かった。
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新神戸に着き、私は地下鉄に向かった。
地下鉄に乗って、総合運動公園に着いた。
「やっぱり東京に比べて全然人がいないな」
駅を出たら真っ先にその感想が出た。
元々は盛り上がっていた場所だったが、時が経つと人が少なくなった。
人通りが全くない道を歩いた。懐かしいという気持ちは特になかった。
ここで18年近く住んでいたのに全く思う事がないんだね。ここはよく通っていたけどそれはあくまで駅に向かうだけの道だった。三宮にある学校に通っていたからここには思い出が全然ない。
「ここの住宅地エリアもいつも通りか」
度々老人が家の前に水を撒いたり、掃除していたのを見たけど若者が全然居なかった。
「特に思い出はないけどここだけは印象的」
100段以上あった階段だ。
「何回も数えた記憶はあったけど結局覚えていないや...誰とやっていたっけ?」
記憶は曖昧だった。でも同年代の子じゃなかった。確か大人だったような...。
「考えてもしょうがないか」
携帯の時計を見た。13:16だった。
「そろそろ着くからって時間稼いでいるんじゃないぞ。私!」
気合を入れて私は歩いた。
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あの階段から歩いて5分。
私はたどり着いた。
家の表札に彼方という字があった。
「一応まだここに住んでいるんだ」
そんな事を思いながら一つ目の扉を開けた。
洋風の扉を開けた先に和風の家があった。
鍵を解除して、扉に手をかけた時、一瞬ひよった。帰りたい気持ちでいっぱいだった。でも、そのままだと何も変わらないから動かないと。
手に力を入れてドアを横にスライドした。
「ただいま」
声がちょっと震えていた。
玄関に靴が一つだけあった。しかも埃を被っている。
「最近外出していないか」
ドアを閉めて中に入った。
靴を脱いで右端に置いた。
軋む廊下を歩きながらリビングに着いた。
和風の家だったから扉は全部襖で私はその襖を右にスライドして開けた。
そこには扉の反対側を向いていたお父さんが居た。
真っ暗でお父さんの目の前にあったテレビだけが光っていた。
「ただいま」
さっきよりもハッキリした声で言った。でも、お父さんの反応はなかった。
「ただいま!」
大声で言ってやった。
それでやっと彼は気づいた。
「お、おかえり」
振り向かずに言った。まだテレビの画面に釘付けになっていた。
そこから私は会話を広げるつもりはなかった。だから襖を閉めた。
急いで私はスーツケースを2階の部屋に運んだ。
「はぁはぁはぁ」
息苦しさが凄かった。
きっとこの家には悪い空気がある。そう思いながら埃だらけの部屋で窓を開けた。
それで改めて実感する。
「またあんたは家の手入れをしていないのか」
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いつからこんな関係になったのか覚えていない。
でも多分あの日なんだろうと私は思い出す。
あの日は冬だった。珍しく神戸に雪が降った日と私は覚えていた。はしゃいでいた記憶は薄っすらあった。
でもそれは束の間だった。
「お父さん!お母さんはどこ?」
その時お母さんはどこにも居なかった。昨日まで家に居たはずなのに。
「お父さん?」
「ああ。ごめんよ」
「何が?」
「いやなんでもない」
お父さんは遠くを見つめていた。その時の目は儚く遠くを見ていた。
「お母さんはどこにいるの?」
「お母さんはこの日本の果てに居るよ」
きっとこの時私達の何かが崩れたと思う。
この日からお父さんはお酒に溺れた。仕事から帰ってくる度にお酒を持っていた。
飲んで、飲んで、飲んで、飲んで、優しかったお父さんから少しずつ暴力的なお父さんになっていった。
最初はちょっとした悪口から徐々に大声で怒鳴ってきたりした。日常的に口も荒くなっていた。特に何も悪い事をしなかったのに怒鳴ったり、悪口を言われた。
でもそれだけだった。
ただの小さな問題だけがあったからまだ耐えれた。怒鳴っている声はイヤホンをすれば誤魔化せた。悪口を言われたら、耐えるだけで良かった。話を聞き流せる事ができた。
でも。
でも。
でも。
ある日彼は私に暴力を振るった。
大きなきっかけとかもなかった。ただいつも通りに帰った時に玄関で殴られた。最初は何をやられたか理解ができなかった。でも、私はその後すぐ理解した。殴られたって事を。その時私の中で最後に保っていた理性が崩れた。
家出をした。
走って、走って、走った。
遠くまで走った。
気が付いたら坂の上にあったお花畑に居た。
何かドス黒い物が私の中で込み上がった。そのドス黒い物を受け入れたらきっとあの人みたいになっちゃう。
だから私は
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ"」
喉が潰れる勢いで叫んだ。
喉が乾いた。息苦しかった。もう一生喋らなくていいと思った。でも、私の体はそれを許さなかった。
ごへげほ
咳で私の叫びが止まった。
この出来事をきっかけに離れようと強く思った。朝になるまで坂の上のお花畑に居た。自分を落ち着かせる為に。
朝になったのに時間はそこまでかからなかった。携帯もない中時間を見る方法はなかったから今は何時なのかわからなかった。
「今は夏の季節だったら、この日差しの感じは朝の4時かな」
そう呟いて家に戻った。
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家に入る時に変な緊張があった。
「大丈夫...大丈夫...私なら大丈夫」
そう自分に言い聞かせて中に入った。
こっそり、見つからないように階段を上がって、自分の部屋に辿り着いた。菜穂ちゃんから貰ったスーツケースを取り出して、部屋にあった大切な物や必需品を詰めた。もうここに戻って来ないと思ったからできるだけ全部入れようとした。
「服はしょうがないか...よしこれで行こう」
スーツケースを閉じて、行動し始めた。
ゆっくり静かに動いていた。
ぶつぶつ、ぶつぶつ。
リビングの部屋から何かが聞こえた。
テレビの音?
早く家を出た方がいいのに私は好奇心に負けた。
ゆっくり、静かに襖を開けた。
隙間から部屋を覗いた。
そこにはテレビに張り付いているお父さんが居た。
結局この人にとって私はなんだったんだろう。
それが娘を殴った後の態度だとは思えなかった。
やっぱり家を出て正解だね。
そう思って家を出た。
出る時に一言だけ言った。
「この家でお世話になりました。さようなら、2度とこの家に住みません」
ドアを閉めた。
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家を出た後、私は駅に向かった。
ちょうどいい時間帯だったから電車が動いていた。
駅に向かっている途中に菜穂ちゃんに電話した。
「あっ!もしもし?」
『もしもし?月ちゃんこんな時間にどうしたの?』
「菜穂ちゃん今から例のあれを実行するわ」
『えっ?今?』
「うん!だからよろしくね〜」
『ちょ、ちょっと待ってよ!急に言われても』
「いつでもいいって言ったのはそっちでしょ?」
ピッ
改札でICカードをタッチさせて駅に入った。
「そんじゃ今から三宮向かうね」
『急展開すぎるって』
最後にそれを聞いて電話を切った。
そこから私は努力した。お父さんという大きなハンデから解放されて自由に生きた。菜穂ちゃんといつも遊んだり、勉強したりした。
事情を知っている菜穂ちゃんの両親は気を悪くしたのか家政婦のように働いたらしっかりとお金出すと言われた。もちろん私はそれを断らずに仕事を引き受けた。
そして、私はある目標を決めた。それは大学で特待生として受け入れられる事を。特待生なら授業費全部免除。大学で求める最低条件。もうお父さんに頼る事なく、生きる為に必要だった。
あの時から沢山頑張ったのに...私はまたここに戻っていた。
思い出している途中に私の意識が遠くなった。
きっと移動で疲れたんだろう。
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眩しい。起きて最初に思った。
カーテンの隙間から差した日差しは容赦なく私の顔に当たっていた。
朝か...。
とりあえず着替えた。ここらへんの日陰があまりないから薄めの服をきた。シンプルに大手の洋服店の長ズボンと半袖の服を着た。
「うん!涼しい!」
そう言って気合いを入れた。
ゆっくりと襖をスライドさせて、物音立てずに下に降りた。
そこで私は気づいた。
なんて静かなんだ。テレビの音が聞こえない。
疑問に思った私は玄関に行った。
そして、予想通りお父さんの靴が無かった。
「珍しく出かけているじゃん」
ふと、お父さんが外に出ている所を見た事がないと思った。
ドアをスライドさせて外を見た。
ちらっと曲がり角でお父さんが見えた。
とりあえずつけてみるか。
私は急いで帽子と水を用意して、外に出た。
急いで曲がり角に走った。
まだ歩いている所が見える。ゆっくりお父さんが歩いていたから余裕で追いついた。
くそあづいいいいい。
今日の気温は35度でマジで暑かった。
刑事ドラマの刑事はこんな過酷な張り込みをするのかと思い、気づかれないように動いた。
お父さんは曲がり角を曲がってすぐの所の階段を降りた。
まぁまぁ段数があった階段だった。来る時に見た階段と同等かあるいはそれ以上か。
さすがに階段を今から降りたらバレるからお父さんが階段を下り終わった時に降りようと思った。
じゃないとバレるからね。
ちょっとは覗いて隠れてを繰り返してお父さんが降りたか確認をした。
降りた所を確認して私は即座に降りた。
長い坂を降って、歩いた。
そして、スーパーに着いた。
「ここが目的地か!」
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結局お父さんは食事の調達をしていただけだった。
お菓子系が多くて不健康そうだったからレンジで出来る食べ物を勝手に入れた。
監視カメラ視点で観ると絶対に変な人に見えるなこれ...。
とりあえず家に戻るか。
「あれ?あなたもしかして月ちゃん?」
「?」
「多分覚えていないよね〜」
「は、はぁ?」
「私は昔お隣さんだった美田です〜」
「み、美田さ...ん?」
「あかんわ。これ絶対に覚えていない〜」
美田さんはちょっとしょんぼりしていた。
「まぁええっか。私は昔から波瑠の友達」
「お母さんの!?」
「そうだやで」
まさかのお母さんの知り合いだった。
「久しぶりにここら辺散歩したら良い事ってあるんやな」
未だに私は驚いている。今まで全然会えなかったからてっきり存在していないのかと思っていた。
「長話もここでしたら暑いし、おばちゃんがなんか奢ったる」
「いいんですか!?」
それで私は美田さんに着いて行った。
一瞬知らない人に着いていくのはどうなのかってよぎったが、まぁええやろ精神で付いて行った。
最初に来た道を戻ってあの長い階段のしばらく歩いた所のカフェに着いて入った。
そのまま椅子テーブル席に案内された。
ここの店はコメコメカフェ。量と値段が比例しないで有名なカフェだった。よく量多くね?で有名なカフェで私は結構行っている。
「さぁ、好きな物を頼み。おばちゃんの奢りや!」
「じゃあ、抹茶パフェを一つ」
「この子遠慮とか知らんのかってぐらい普通に頼んでいる」
「店員さ〜ん」
「マイペースやなこの子」
「こちらの抹茶パフェを一つお願いします。美田さんは何を頼みますか?」
「ただのええ子かもしれない!?あっ私はコーヒーセットで」
「かしこまりました!(この人達変人かも...)」
店員は何か小言を言った気がした。
「あんた本当に似てきたね」
「誰に?」
「母親に決まっているやん?」
「そうなの?」
「そうや。顔も言動も似てきた」
「あんまり記憶がないから言われてもよくわからない...」
「そうか...そういえばそうやったな」
ちょっとした気まずい空間になった。
どうしようこの空気感。
そう思っていたら助け舟が来た。
「お待たせしました〜」
ニッコリと笑った店員は美田さんのコーヒーセットをテーブルに置いた。
店員が去り際の親指を立てたポーズを私に見せた。
確かファインプレーだったよ。
「月ちゃんって今どこら辺の大学行っとるん?」
「私立星ノ空大学に通っています」
「ほえ〜そんなけったいな所に行っているのか」
「けったい?」
「とりあえず凄いと思えばええんや」
菜穂ちゃんの家では関西弁喋らないから未だに理解できない。勿論学校でも関西弁だったけど、私基本的に菜穂ちゃんしか友達居なかったし。
ぼっちじゃないよ!?
美田さんはコーヒーを凄い勢いで飲んだ。
ゴク、ゴク、ゴク
「すご〜」
「ぷっはーーーーー」
「それコーヒーじゃなくて本当はビール入っているんじゃないですか?」
「そんなわけあるか!」
コップをテーブルに置いて、サンドウィッチを食べ始めた。
「まぁそれはともかく」
気づいたらもうサンドウィッチは消えていた。
「私雑誌の特集を作っていて、今回はある所に注目したんや」
「ほうほう」
「そこはな。あんたのお母さんが大好きな場所なんや」
「大好きな場所?」
「それも覚えとらんか」
か〜と額に左手を当てていた。
「あんまり話さんかった可能性も捨てきれない」
1人で喋って1人で納得していた。落語みたいだった。
「場所は日本の最果て」
その言葉を聞いて、私はドキッとした。
その場所は...。
「見るかい?」
はいとはすぐに言えなかった。突然の事すぎて頭が真っ白だった。
でも、答えは一つだった。
「いやです」
「そうかいな」
ちょっと驚いた様子だった。
「ならこの話したら帰るか」
「もう帰るんですか?」
「今日は数少ない休日やからな」
雑誌作る人って大変。
「あんたのお母さんな。昔から日本の最果てが頭にこびりついていたんや。小学、中学、高校の時から日本の最果てはどんな所なのか結構呟いていたんやで。いつも遠くを見る目...私は日本の最果てよりも彼女の反応が見たかった。だから高校の卒業旅行に誘って行った。お母さんはどんな反応をしたと思う?泣いていたんや。昔から思い描いていた景色よりも凄かったって反応をした」
それがお母さんと日本の最果ての話か。
「もし行く機会があったら行くべきや」
席を立ちながら彼女は言った。
「美田さんもう帰るんですか?」
「もちろん」
「また会えますよね?」
「なんや?こんなおばちゃんを気に入ったのか!嬉しいなぁ」
照れながら私に近づいて鞄から小さな箱を取り出した。
「これが私の名刺や。なんか連絡したい時があったら、いつでもかまへんで」
再び出口の方に向かった。
「カード支払いで」
ちゃんとお会計も済んで店から出た。
「ほな、な」
いい人だったなぁ。
日本の最果てか...。
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その後家に戻って部屋を綺麗にした。
半年に一回しか来ないから埃が溜まっていた。
元々置いている物が少なかったから掃除するのはそこまで苦じゃない。むしろ掃除自体が好き。菜穂ちゃんの家でバイトしていた時は掃除の基礎から豆知識レベルの物を教わった。汚れとかをスムーズに取れて気持ち的に楽になる。
「よし!これで綺麗になった」
今掃除していたのは暇とかじゃなくて今夜ここを出るという理由があった。
1泊2日。いつもと同じ日にちだった。
スーツケースに荷物を入れていつでも出れる状態だった。
日本の最果て...この言葉が脳裏に常にあった。
家になんか残っていそうな気がする。
一階に降りて倉庫の部屋に行った。絶対に埃が多いと思って、マスクを着けて入った。
案の定埃が多かったが、意外に整理されていた。
私の幼少期のアルバム。
波瑠のアルバム。
日本の最果てのアルバム。
食べ物のアルバム。
沢山のアルバムがあった。
そして、新婚旅行のアルバム。
多分このアルバムに私の求めるものがある。
そのアルバムをとって開いた。
2人の幸せな姿がたくさんあった。
ただ、5ページ目から異変があった。
同じ写真が3つあった。ミスだと思ったのは束の間。
次のページ、次のページ、次のページ、次のページ。
同じ写真があった。
その写真は日本の最果てに居たお母さんの写真だった。
恐怖、嫌悪感、気持ち悪かった。
そのアルバムを戻して私は家を出ようとした。
部屋の襖を開けて、2階に駆け上がって、荷物をとってすぐに一階の玄関から外に出た。
着けていたマスクを外して駅に走った。
きっと何か見られたら困る物だったのかもしれない。早く、早く帰りたい。何かやられたら怖い。
そのまま新神戸駅に向かった。
着いた頃にはおちついていたけど、やっぱり怖かった。
あんな写真を見たら恐怖で体が震える。
ただただ理解ができなかった。
新幹線の時間まで私は気を紛らわす為に携帯を見ていた。
とにかく早く家に着いて寝たかった。
新神戸。品川。そして、気づいたら最寄りの駅に着いていた。
どうやって家に着いたか覚えていないけど、確かに私は家に着いていた。
今日はもう疲れた。シャワーとか晩御飯はもういい。ただ早く寝るのを忘れた。
でも、それは無理だったら、日本の最果てとお母さんが脳裏にこびりついていた。
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コロッポポー、コロッポポー、コロッポポー
うるさい。うるさい。うるさい。
「鳩がうるさい!」
鳩の鳴き声で目覚めた。
何がコロッポポーなんだよ...。
時間を見たら9時。冷蔵庫に食べ物はなかったし、すぐ作れる食べ物がなかった。
あそこに行くか。
顔を洗って、服を着替えて、髪を整えて私は出発をした。
ドアを開けてある所に向かった。
ここは住宅街だったから人は全然賑わっていなかった。
「静かで心地いい」
この雰囲気を気に入って、私はこの家を借りた。安めの家賃でダブルでお得だった。
少し歩いた所に私のお気に入りのカフェがあった。
Eternityはそのカフェの名前だ。
からんからん。
「「いらっしゃいませ〜」」
元気なメイド服を着た女性とまだスーツが似合っていない男の子が元気よく言った。
「どうぞお好きな席へどうぞ〜」
メイド服の子が元気に言ってくれた。
奥にあったファミレスにある4人席に座った瞬間メイド服の子はもう水を用意していた。
「お冷です〜」
そして、彼女は私の注文を待っていた。
普通は圧を感じるけど彼女は私がすぐに注文するのを分かっていた。
「メイドちゃん...いつもので(イケボ風に)」
「いつものやつか旦那(イケボ風)」
この子はノリがいい。私のボケに乗ってくれるし、それがこの店の名物でもあった。
「マスター!コーヒーセット3で!」
カウンターに居たマスターが頷いてコーヒーとフレンチトーストを作り始めた。
豆を削って店中にその匂いが充満した。コーヒー豆の匂いは不思議と目が覚めて、多分幸せホルモン沢山生成されている。
そう思っていたら、コーヒーセットが到着していた。
「コーヒーセットだぜ旦那(イケボ風)」
「ありがとうな兄弟(イケボ風)」
「ここは戦場で唯一落ち着ける場所だからゆっくりして行けよ(イケボ風)」
うわ...カッコイイ。
さてと。
携帯を取り出して私は携帯を見ながら食べ始めた。
今日は何か面白いニュースないのかなぁ。
今年は37年ぶりに最高気温更新!
結婚できない人の特徴5選!これを読めばあなたも結婚に近づける!
宇枝議員またもや女性問題!?
携帯を閉じて外の景色を楽しもうと思った。
誰も通らないからこそこの景色は綺麗だなぁ。人も鳥が時々通って日常感がめちゃくちゃある。いつまでもここでこの景色を見たいと思うぐらい私好みの景色だった。
ぴろん。
私の携帯が鳴った。
誰だろう?と言っても私にこの時間に連絡する人は菜穂ちゃんしかいないけど。
[再来週のどっかを使って海行こう]
[急すぎるね]
[前から話していたじゃん?忘れた?]
[Σ('◉⌓◉’)]
[ていう事でよろしく]
一体いつ話したんだろう?まったく記憶がなさすぎるから思い当たる節がない。でも、とりあえず行ける日を決めて連絡しないと。
からんからん。
別のお客さんが来店した。そんな事よりも今は予定の確認を。
「彼方さん?」
「?」
名前が呼ばれた気がした。苗字を呼ばれるのが久しぶりすぎて反応は遅れたけど、声がした方を見た。
「あっ...美少女だ」
「え!?」
蛍ちゃんが居た。
「蛍ちゃんなんでここにいるの!?」
「それはこちらのセリフですよ」
「お二人は友達ですか?」
メイド服の子が聞いてきた。
「そうだよ!」
「なるほどなるほど。とりあえず一緒の席へのご案内という事ですね」
「え?」
「どうぞどうぞ」
そして、一緒に座ることになった。
美少女が目の前に座っている...可愛い。
「ちょっと私をそんな目で見ないでください」
言い方があざとい。可愛い。
「ご注文はどうしますか〜」
「あ、はい。えっと。サラダ付きのモーニングセットをお願いします」
「かしこまりました!サラダ付きのモーニングセットですね!」
注文が完了したのでメイドの子は掃除に戻った。
「蛍ちゃんここ行きつけなの?」
「そ、そうです」
「まだ偶然会ったのびっくりしているんだ」
「当たり前じゃないですか!まさかここで彼方さんと会うと誰が予想できますか!」
「私もびっくりだよ」
二人で一緒に笑った。だって大学で突然友達になった子が行きつけのカフェで出会うのは奇跡。
「サラダ付きモーニングセットで〜す。ごゆっくりどうぞ〜」
メイドの子は嬉しそうにサラダ付きモーニングセットを持ってきた。何か良いことでもあったのかな?それはともかく。
「蛍ちゃんは夏休み何するの?」
「夏休みですか...。特に予定ないですね」
「ゼロ!?本当にないの?」
「強いて言えば研究を進むぐらいですね」
「大学2年生の美少女の夏休みが研究だけで終わるだと?」
「それに何か問題ありますか?私は満足ですよ」
恐ろしく無欲な子!?きっと私は某有名な少女漫画の驚いた顔をしていたと思う。でも、それで本当にいいのかな?夏休みの予定...そうだ!
私は携帯で菜穂ちゃんに聞いてみた。
[菜穂ちゃん菜穂ちゃん]
[蛍ちゃん誘っていい?]
[なんだよ急に]
[私は問題ないけどその蛍って子は行きたいの?]
[美少女の大学2年生を研究だけで終わらすの勿体無いから無理矢理にでも連れて行く!!!]
[お、おう]
菜穂ちゃんの許可もとったし、誘うか。
「蛍ちゃんは再来週暇?」
「特に予定はないですけど、急にどうしたんですか?」
「じゃあ予定空けといてね!海行こうね!」
「海ですか?」
「菜穂ちゃんって友達いるけどあの海に別荘があるんだよね。そこを一時的に私達が借りて楽しい事をたくさんするの!」
「おおお」
興味を持ったみたい。目がキラキラ光っている感じがした。
「とりあえず決定ね!」
「どうやってその別荘に向かうのですか?」
「菜穂ちゃんの執事が運転してくれるの」
「し、執事!?」
「あっそっか。普通じゃないんだったね菜穂ちゃんの家は。あまりにも当たり前すぎて忘れていた」
「分かりました。とりあえず水着を買って色々準備しておきます。詳細な情報を後々送ってくれたら問題ないです」
「よし!予定は決まった!」
夏休みの予定が一つ決まって楽しみ。