「拳銃」
私は山の奥の奥、田舎の僻地で生まれた。それでも、家族や隣人に恵まれたおかげである程度普通の人間に育った。
我が家は農家だ。ここら辺ではみんな野菜を育てている。ウチは大根で、採れすぎた野菜は周りの家と交換している。
ただ最近、戦争が始まったらしい。相手はあの亜米利加だと。まあ新聞が勝てると言っていたのだから、きっと勝つのだろうな。茶をすすりながらそんなことを考える。ここより遥かに遠い場所の話だ。私たちには関係ないだろう。
そうこう考えているうちに、辺りも明るくなってきた。流石にこの季節は早朝から出ると恐ろしく寒い。太陽に感謝だな。
「坊主。大根の調子はどうだ?」
そう声をかけてきたのはお隣の爺さん。よく犬の餌片手に話しかけるものだから、声をかけられた側は……ほら、犬がこっちを睨んでる。
「今回はちょっと少なそうです。猪が掘り返してしまってね。」
すると爺さんは、餌とは逆の手を顎に当てた。
「そうか、それは残念だな。でも、あの大根がないとウチのおでんは完成しないんだよ。今からでも増やしてくれよ。」
そんな無茶な。
「ほら、犬がこっちを睨みつけてますよ。お腹すいてるんじゃないですか。」
そう言うと渋々、犬に餌をあげに行った。ああ、しっぽをちぎれそうな程振っている。
そんな日常を尻目に畑に向かう。大根たちは……そろそろ収穫の頃合だな。しかし、ウチの大根を食ったやつは恨めしいな。年に2回しかない収入源を減らしてくれやがった。逆にこっちが食ってやろうか。そんなことを考えながら畑を見回る。
家に帰ってから、昼飯を炊く。嫁さんが来てくれれば温かいご飯が出てくるのだろうが、生憎、私は縁に恵まれなかった。1人で昼食を食べ、少し身体を鍛え、風呂を沸かして入る。大抵、夕飯は昼の余りだ。そうだ、大根の収穫はもう明日に終わらせてしまおう。朝の爺さんとの会話を長引かせると、本当に大根をぶんどられそうだからな。
次の日、私は愕然とした。畑の大根が無い。少し食われていたとはいえ1町分の大根だぞ?獣が食うにはどうしたって無理がある。稼ぎが減ると恨んでいたら、冬の稼ぎが0になってしまった。私は放心しながらも、辺りの人に聞いて回った。
爺さんは儂の大根が、と肩を落としていた。いや、ウチの大根だから。
しかし、他の畑でも同じことが起こっていたらしい。この盗みには、私が考えていたより大勢の人間が関わっている。話はすぐに全体に行き渡り、畑を持っている人達が中心に自警団が組まれることとなった。これからは、夜に交代で2人1組の見回りをするようになる。これで犯人が釣れるといいのだが。
見回りが始まったが、あまり成果は芳しくなかった。当然だ。大体は引っこ抜かれた後だったのだからな。それでも、春に収穫を迎える野菜まで奪われたら今度は全員が飢えてしまう。
ただ、米が盗られなかったことは救いだった。日本男児たるもの、やはり米は外せない。しかし、いつもかさ増しに使う大根が無いからか、米の消費も速い。秋まで耐えれるだろうか。
今日の見回りは私が当番だ。相方は隣の爺さん、とそこの犬。
「今晩、おでんを食べたんだよ。不味かった訳じゃないんだがな。」
爺さんは歯切れの悪い言い方をした。
「何かあったんですか。」
「やっぱり大根が無いと食べた感じがせん。何とか1本くらい畑に残っとらんか?」
「あったら私が真っ先に食べてますよ。」
そんな雑談をしながら畑を見回る。
今日も尻尾を出さなかったと思いつつ最後の畑を眺めていた時、怪しい人影が見えた。
「おい。そこの。止まれ。」
爺さんが低い声でそう言う。すると、人影は足を止め……いや、翻してこちらを襲ってきた。片手には包丁、もう片手にはまだ小さなキャベツが握られていた。
ドス。
とっさの事で私は反応ができなかった。
横を向くと、爺さんが刺されていた。犬が寒空に吠える。
「爺さん!」
盗人は素早く遠くに走っていった。私には爺さんを見捨てることなんて出来ず、取り逃してしまった。その後、騒ぎを聞き付けた畑の持ち主が手当てをした。おかげで爺さんも何とかなった。しかし、自警団とはなんだろうか、と考えざるを得ない事件だった。
一月が経った。年も明けたが、めでたいとは言えない。あれからも見回りは続けていたが、盗みは続いた。幸いなことに怪我人は出なかったが、それは自警団側が及び腰になっていた事もあるだろう。戦争の影響がこんなに早くでるなんて思いもしていなかった。爺さんが言うには、
「戦争で物価が上がったせいで食うに困った奴が大勢いるらしい。それで食べ物が外に置いてある畑を狙ってる。」
らしい。確かに、物は日を追う事に高くなっている。しかし、街でも警らを増やしているが、どうしようも無いことになっていると聞いた。こんな田舎にまわす人はいないのだろう。
私たちの自警団にも力が必要だ。包丁や鉈に勝てる武器が。そういえば、最近は裏の人間が夜の市場で商いをしているらしい。そして、そこでは軍需工場で規格外となった鉄砲も流れているのだとか。目には目を、歯には歯を。相手に使われてしまう事も考えて、私も入手すべきだろう。
早速、私は支度をした。いつか結婚した時用の貯金を握りしめ、街へと向かう。まだ雪が降り積もる山を抜け、辿り着いたのはちょうど夜になるような頃だった。市場では、店の片付けをする人間が大半だったが、ちらほら店を出す者もいた。
露店で夕飯を済ます。家にいる時は実感できなかったが、確かに物価が上がっていた。夕飯なんて15銭もあれば充分食えたってのに。今までせっせと貯めたお金だが、こいつで足りるのか不安になってきたな。
店を出ると、市場はすっかりと雰囲気を変えていた。数を減らした赤提灯の店と、見張りがいる店。私は恐る恐る見張りのいる店に入る。そこには、胡散臭い人間と後ろに控える大柄な人間。
「いらっしゃい。ここには何でもあるよ。農薬や食材から刃物まで。」
胡散臭い人間が臭そうな言葉を吐く。
「銃は置いていないのか。」
できるだけ声を低くして聞く。
「無いなんてことは無いが、一見さんには出せないな。」
胡散臭い男は指をすり合わせながら言う。つまり、どこまで出せるかを問われているわけだ。
「今出せるのは300円だ。それでどうだ。」
嘘だ。私が持ってきたのは370円。
「じゃあ……400円だ。」
絵に書いたような胡散臭さでふっかけてきやがる。
「高すぎる。320だ。」
「いやいや、それじゃ商売にならない。390円ならまけてやれるが。」
まだ無理だ。こんなことになるなら自警団で金を出してもらえば良かったな。
「340」
「おいおいそんなに粘るなよ。痛い目には遭いたく無いだろ?」
胡散臭い男が手を上げると、大柄な人間が1歩前に出る。私は両手を振りながら、
「分かった。……今あるのが370円だ。それで売ってくれ。」
「まぁ、シケちゃいるが仕方ないだろう。それで売ってやるよ」
絶対に他の人間にはもっと安く流しているだろう。しかし、これ以上粘ると金より価値があるものが持っていかれる。そう割り切って拳銃を受け取った。
「弾は5発。撃ち方はその後ろのを引いて、あとは引き金をポンだ。くれぐれもここでは撃つなよ?」
「分かってる。それでいい飯でも食ってくれ。」
「ああ、いいモン食わしてもらうよ。」
まったく、最後まで胡散臭い。私は足早に市場を去った。クソっ。金が余ったら花街に寄るつもりだったってのに。
それから、夜の見回りには必ずこいつを忍ばせた。今日の相方は爺さんが刺された畑の人だ。
「すみません。あの時、盗人を取り逃してしまって。」
「いやいや、爺さんが無事で良かったよ。あそこで死なれちゃ、もっと空気は悪くなっていたさ。」
そんな慰めの言葉を貰いながら見回りをする。でも、雪の降る夜の寒さが自分の不甲斐なさを責め立てるようだった。
ガサガサ。
林の中から音が鳴る。私達はお互いに目線で合図をする。隣が林に明かりを向ける。私も忍ばせた拳銃を構える。
「待ってくれ。わしらに抵抗する意思はない。」
林の中から出てきたのは藁蓑の2人組。片方は無精髭を生やした男、もう1人はおそらくその娘だろう。
「何をしに来た。その顔、村のものじゃないだろう。」
隣の人が明かりを突きつけながら問いただす。
「2つ横の村の者だ。家を売り払ってなお食べ物に困っているんだ。こんな出会いだが、わしらに恵んでくれんか。」
心底困ったような声色で話し始める。
「あんたら、見つからんかったら盗むつもりやったろ。そんなやつらに出す飯は残っとらん。こっちだって家族を食わせるのに必死だ。悪いことは言わん。帰れ。」
そう拒否されると、男は藁蓑の中に手を入れた。私はその動作を見てすぐに引き金を引く。
ドン。ドン。
「……すみません。あなたの旦那さんを守れなかった。しかも、また1人取り逃がしてしまった。」
「……いや、あんたは悪くない。こいつだって武器持ってるあんたを庇ったんやろ。そのお陰で1人は生き残ったんやから。」
そう言いながら、嫁さんは唇を噛み締めて、朝日に照らされても尚、冷えきっている旦那に抱きついた。
「ついに死人か。しかし、儂の先に死におって……。坊主、お前も疲れたろ。後のことは儂らでやってやる。お前は家で休んでろ。」
「……分かった。ありがとう。爺さん。」
残った弾丸は3発。今夜は「飯」にありつける。
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今日は珍しくちょっと長めです。ところで私って結構戦争系の文章書くの好きですよね。あんまり人が死ぬ描写好きじゃないんですけど、難儀なことについつい殺してしまうんですよね。