ミッション 8
ギャバジン・ツィル:宰相の息子、参謀役の眼鏡キャラ 侯爵令息 ルミナ(と私)の一つ上 11歳。
何故、いきなり、彼が、うちの宿屋の裏口に立っているのか。誰か、説明して欲しい。
宰相の息子、れっきとしたお貴族様を、下町の宿屋の裏口に立たせたままにするわけにはいかず、何はともあれ、中に招き入れ、我が家で一番広い食堂に通す。つい習慣で、入り口でのうがい・手洗いを勧めてしまった。
昼の忙しい時間は終わったと言え、後片づけや、買い出し、夕食の仕込みもある。宿屋の午後はそれなりに忙しい。にも拘らず、興味深げに窓辺に置かれたハーブの鉢植えや、吊るされたポプリを見て回り、私と言う貴重な労働力に、色々と質問してくる美形眼鏡キャラ。その横には、にこにこと胡散臭い笑顔を張り付けたお助けキャラ、肉食シスターがいた。
『こいつー。』
何度煮え湯を飲まされれば良いのか。必ず、攻略キャラに絡むのはお助けキャラの宿命なのか。
まあ、そうか。そうだよね。って、よく考えたら、乙女ゲームのお助けキャラって、なんでそんなことまであんた知ってるの、ってレベルだよね。怖いわ。ストーカー?そうか、ストーカー!!だから、誰ルートでも現れて、攻略キャラの好みや習慣をさりげなく主人公に教えてくれるんだ。現実にそんな存在がいると、こんなに怖いんだね。ブルブル。
現実逃避中。
実は、ギャバジンが我が家を訪れたのは今日が初めてでは無い。昨日も、チェックアウト客でバタバタする朝の一番忙しい時間帯に、馬車を宿の正面につけ、下町の狭い道を塞ぐと言う暴挙をやってのけた。しかも、あろうことか、あの脳筋(未来の)筋肉マッチョ、シャンブレー・オックスフォード騎士団長次男と一緒に現れたのだ。私の中であの脳筋(未来の)筋肉マッチョは、出禁だから、当然、宿に入れる気は無い。て、言うか、どの面下げて、”汚い、尊い身分の方が足を踏み入れて良い場所ではない”下町に、また、やって来たのだろう。
とにかく、人の都合も考えずにやって来るなボケ!あと、そんなでかい馬車で来たら、道が塞がるだろうがウツケ!宿の正面に停めんなやアホ!を上品に上~品に伝えて、昨日はお帰り願った。まあ、日常生活に支障をきたして、殺気立ってきた下町の人たちの圧も半端なかったからね。
因みに、”シャンブレーは出禁”は、きっちり伝えました。
私はね、これでもう来ないと思ったんだ。お貴族様が平民のしかも女の子に言われて、引き返した。そりゃもう、プライドが傷ついたに違いない、って。
だけど、ギャバジン・ツィルは、今日、再び現れた。
今度は、時間を見計らって、貴族のお忍びに相応しい地味な馬車に乗って、それを裏口に止めて、と、昨日私が言ったことをきちんと守って。そして、シャンブレーは連れていなかった。
招き入れないといけないでしょ、そりゃ。
「私も、教会でお待ちいただくことをお勧めしたのですけれど、」
と肉食シスターが言う。「ツィル公子が是非にとおっしゃるので、お連れしましたわぁ。」
どうやら、ギャバジンは面識のないルミナに会うのに、教会を頼ったらしい。昨日、持参したリリアンお嬢様(とフライス王太子)の紹介状だけじゃ不十分と思ったみたい。本当は、護衛を兼ねたシャンブレーが間に立つ筈だったんだけど、明らかに人選ミスだよね。フライス王太子にしたら、シャンブレーに挽回のチャンスを上げたかったみたい。リリアンお嬢様のお手紙に書いてあったわ。まあ、現状からのルート復活は難しいと思うけどね。
で、二日続けて、ギャバジンが下町に降りて来た理由、それは、光の乙女ルミナの浄化能力の検証だった。少し前から、下町の衛生環境の改善は噂になっていたらしく、その原因がルミナと彼女の光魔法にある事をどこからか聞きつけたギャバジンは、早速会いに来た、と言う訳、らしい。
うーん、そんな話、乙女ゲームにあったっけ?
基本貴族である攻略キャラたちは、平民の暮らしには興味が無かった筈。学園編で起こる、疫病についても、何万人死んだ、って言う、数字としてしか、記されてなかったと思う。ルミナが浄化に走り回るのも、学園のある貴族街で、助けられた貴族たちが、それまで平民と侮っていたルミナに対する見方を一変させ、感謝の気持ちと敬愛で攻略キャラとの愛を応援する、って流れだった。
「このうがい、手洗いの徹底、と言うのはどの程度、効果があるのですか?」
眼鏡キャラの性格の一つに真面目で融通の利かない、と言うのがあり、ギャバジンも当然、それを継いでいる。
「どの程度・・・。」
「そうです。例えば、うがい・手洗いをしなかった場合に比べ、風邪をひかなくなった人間の割合が、どの位、減少したか、ですね。」
「まあ、ギャバジン様、平民の子供にそのような難しい事を問われても、お答えできませんわぁ。」
肉食シスターがオホホと笑いながら、私に代わって答える風を装って、私をディスる。
おーい、名前呼びかい。ギャバジンのこめかみがぴくってしたよ。
そりゃあね、学の無い平民のただの宿屋の娘が、そんな統計なんて取ってる訳は無いんだけどさ。言い方ってもんがあるでしょ。言い方ってもんが。
「すみません。これは、この春から始めた事で、比較とかは、まだ。ただ、それだけじゃなく、道や井戸周辺の清掃や、生水は飲まないとか、その他にも色々やってるので、」
「ああ、総合的に判断しろ、と、そう言う事ですか。なるほど。」
って、なるほどじゃねぇー。
何、ギャバジンって人の言う事聞かない系?
「ふむふむ。意識改革が必要、と。それに、このハーブも興味深いですね。薬は高いですから。病気になってからの対策ではなく、かからないようにする予防の為の薬、いや、薬、とまでは呼べないか。うん、その名称を工夫する事で、医師の既得権益を侵すことなく、広める事も可能か、」
とうとう独り言を言い始めた・・・。
その横顔をうっとりと眺める肉食シスターが怖い。私だけじゃなく、ルミナもチャルカもドン引いている。確かに、ギャバジンは知的美人だけど。なんか、難しい事言ってるけど。まだ11歳だよ。あ、いや、この年齢特有の危ない美少年の魅力が、って。私!しっかり!
「光の乙女ルミナ、貴方の井戸の浄化の頻度は?」
「えっ、えっとぉ。」
ルミナは私をみるが、当然、割り込むお助けキャラ。
「教会の巡回に同行して頂いているので、週1回、1~2地区と言った所でしょうか。」
「それでは、一度浄化した井戸を次に訪れるのは?」
「数か月後ですね。」
「素晴らしい!そんなに浄化の効果が持続するとは。」
「いえ、あの、その、」
必死で否定するルミナだったが、当然、聞いちゃいない。ギャバジンの中で、ドンドン、ルミナが凄い子になって行く。
「そうなのですよ、ギャバジン様。ルミナ様は、お勉強の理解も早くて、教え甲斐があります。マナーの方も順調で、もう、何処へ出しても恥ずかしくない、ご令嬢ですよ。」
そして、それを助長する肉食シスター。
もう、ルミナは涙目だ。
「では、実際に浄化するところを見せてもらえるか?」
「勿論でございます。それでは、商業地区の方に参りましょう。あちらは、まだ、光の乙女の御業を目にする機会が無く、信仰が薄いのです。」
ちょっと待てー。何勝手に決めてるんだ肉食シスター!
「ルミナは見世物じゃない。」
思わず、声に出していた。
「は?」
心底理解できない、と言う表情をされた。「人々を救う力があるのに、それを使わない、と言うのですか?そんな正義に反する事が許されるとでも?持つ者は持たざる者に、施しを与える。それこそ、ノブリス・オブリージュ。それに、何故、赤の他人の、平民の子供に過ぎない君が、光の乙女の行動を制限するのです?」
ギャバジンの理想論が火を噴いた。
悪い人じゃ無いんだ。だけど、人は理想、机上の空論だけでは、生きていけない。
平民のルミナに、何故ノブリス・オブリージュを求める?たまたま、洗礼式の祝福で光の魔力が鑑定されただけの、何処にでもいる(ホントはめっちゃ高貴な血の持ち主だけど)普通のパン屋の娘だよ。
国民に対する施策とか、いつも考えてる訳無いじゃん。
ギャバジンの言葉に、ルミナが俯いてしまう。自分が悪い事をしているように思ってるに違いない。チャルカが心配そうにその背中を支えている。
「理解して頂けたのなら、良かった。さあ、では、参りましょう。」
ウキウキと席を立ったギャバジンがルミナに手を差し出した。ルミナが青ざめた顔でおずおずと伸ばしかけた手を、私は横から奪い取った。
「ルミナが嫌なら、行く必要は無いよ。」「でも。」
「元はと言えば、私が、ルミナに井戸の浄化を頼んだんだから。それが教会まで出て来て、こんな大事になって。ちょっとルミナの練習になって、私たちの暮らしが安全になれば良い、って思っただけなのに。ごめんね。」
「ケイティ・・・。」
私はルミナを抱き締めると、お助けキャラ肉食シスターをじっと見た。
「もう、教会の巡回にもルミナは同行しません。彼女の能力を都合よく利用しないで下さい。」
口元にはうす笑いを浮かべながら、肉食シスターの目は笑っていない。
「あらあら、怖いわぁ。私たちは光の乙女の素晴らしいお力を少しでも多くの人々に知ってもらいたい、それだけなのよぉ。」
私はぐっと下腹に力を入れてギャバジンに向き直る。そうは言っても高位貴族公子の顔をまともに見る訳にもいかず、見えているのは、上等な革靴の先だけだ。
「ツィル公子も、お引き取り下さい。平民の幼い子供に王都の浄化をさせる、と言うのが、この国の施策ですか?先程おっしゃられたノブリス・オブリージュなどの貴族の誇りに頼るのではなく、公共事業としての公衆衛生策を考えるのが、宰相閣下を始めとする上層部の方々の役割では無いのですか?」
言った、言ってやった。どうや、この前世の記憶から引っ張り出した公衆衛生学の概念は!
相変わらず、顔は上げられないし、胸はドキドキ、声はガクガク、今にも倒れそうだけど。
あ、チャルカが私も支えてくれてる。
さっきまで冷たかったルミナの手が暖かい。
何やら、人の声が幾つもしているけど、もう、私の耳には何も聞こえていなかった。
しばらくたって、ようやく私はギャバジンも肉食シスターも、帰ったのに気が付いた。
今日の夕食の支度は手伝わなくて良い、と両親が言ってくれた。もう、色々限界だ。後の事は明日、考えよう。私は早々に部屋に引っ込んで、布団を被った。アラン様、会いたいよぉ。
ミッション 8
ギャバジン・ツィルルートを回避しよう
クリア?