ミッション 7
結局、ルミナの魔法の教師は、アラン様を中心とした魔導師たちが行う事になった。魔導師は基本、実力主義だから、ルミナが平民であっても(本当は滅びた国の王族の血筋で隣国の認知されていない公爵令嬢だけど)、貴重な光の魔力持ちと言う事で、大切にしてくれている。
半分、ペットかモルモット扱い、とルミナは笑うけど、それでも、楽しそうに勉強している。
場所は、実は、私の家、宿屋の一室だったりする。
ルミナが一番安心できる場所、と言う事で選ばれた。お陰で、今、うちの宿屋には平民出身の騎士様方が、何人もお泊りだ。
ありがとう、ルミナ。常に満室とか、宿屋開業以来の偉業だよ。
そして、アラン様。
さすがにアラン様が下町の宿屋にお泊りになる事はないけど、それでも、月に1度はお顔を拝見する事が出来る。
それに、リリアンお嬢様との別れがあってから、アラン様は私の事を随分気にして下さっているみたいで、お見えになった時には、必ず声をかけてくれて、お土産に、平民には絶対に手に入らない高級菓子をくれる。
そこには、リリアンお嬢様のメッセージカードが入っていて。初めて頂いた時には思わず、泣いてしまって、アラン様を困らせた。
公爵令嬢のリリアンお嬢様が、モブ平民の私に必要以上に関わるのはお互いの為にならない。それでも、こうやって気を遣って頂ける。
私はルミナに何度も何度も繰り返して、リリアンお嬢様の素晴らしさ、優しさを伝えたし、こういった気遣いを実際に知ったルミナが、もし、仮にフライス王太子ルートに入ったとしても、リリアンお嬢様がルミナに嫌がらせをするような人じゃない、と分かってもらえると思う。
ただ、この宿屋での勉強会で困った事が一つある。
あの迷惑お助けキャラ、肉食シスターもルミナの教師の一人なのだ。
魔導師は貴族だけど、女性は少ない。必然的に、貴族女性のマナーを教える人間が不足する。何と、あの肉食シスターは子爵家の出身だった。没落した子爵家出身で魔力量が少なく、結婚相手としても望まれなかったから、教会に入った、と言う過去があるらしい。知らなかったー。当たり前だけど、ゲームではお助けキャラの過去話なんて語られないからね。
肉食シスターはどんな伝手を使っているのかアラン様が教師でやって来る時を狙って現れる。
そして、アラン様に絡む。幸いアラン様は、適切な距離を置いたお付き合いをしているみたいだけれど、それで、アラン様が来なくなったら、どうしてくれるの!
でも、うちは場所を貸しているだけだから、肉食シスターに来るな、とは言えない。あれで、ルミナへの指導はきちんとしているようだから、文句も言えない。
それに、アラン様は私の推しだけれど、私はアラン様にとっては、辛うじて名前を知っているだけのただのモブ。ルミナの教育に口を挟む権利は、私には当然ない。
その点、チャルカは立派だ。
ルミナの護衛役の騎士様達に、武器や防具の手入れと交換で、彼女が宿で授業を受けている間に、交替で剣を教えてもらっている。
「お疲れ様です、お茶が入りました。」
頃合いを見計らって、声をかける。
チャルカは慣れたもので、手を洗って、うがいをしてから入って来る。最初は戸惑っていた騎士様達も、今ではすっかり、うがい・手洗いに慣れて率先してやってくれる。今日、彼らに出したのはカモミールのお茶。疲労回復効果がある。
「ここの宿は綺麗だな。この間泊まった宿は、同じくらいの値段だったが、あのベッドに寝るぐらいなら、野営の方がマシだと思ってしまった。」
「それに、良い匂いがする。」
「えへへ。ありがとうございます。お部屋にはラベンダーとローズマリー入りのポプリを置いてます。食堂にはレモングラスとペパーミントの鉢植えです。どちらも虫よけ効果があるんですよ。」
「おっ、それは、ケイティちゃんに悪い虫がつかないように、って事かい?」
そんな風に楽しく雑談をしていると、授業を終えたルミナ達も合流する。
魔導師さまはお貴族様だから、おもてなし用に高い紅茶を淹れる。今日のこれは、アラン様から頂いた物だ。変な物を入れていない証明に、アラン様か他の魔導師さまから渡されたお茶の葉を使う。お湯だけ先に毒見をしてから、目の前で淹れる。じっと見られるので滅茶苦茶緊張するけど、前世を思い出して淹れているので、その辺の平民の子供が淹れるのよりは、美味しくはいっているはず。
「うん、美味しい。」
茶葉を持参された人が、一番に味をみて、それから、他の人にもお出しする。
アラン様の笑顔に癒される。
「楽しそうだったね、一体、何の話をしていたんだい?」
アラン様の問いかけに、騎士様が答える。
「はっ、この宿が清潔だと話しておりました。」
「それに、良い香りがします。ここに泊まると、ぐっすり眠れます。」
「確かに、いつも隅々まで掃除が行き届いていて、気持ちが良いね。」
思わぬ誉め言葉に、私は「ありがとうございます!」とびゅんと頭を下げた。あまりにも勢いよく頭を下げたせいでクラクラしたほどだ。
「ケイティが毎朝、掃除をしてるんです。宿の中だけじゃなくて、外の道や、井戸の周りまで、きれいにしているんですよ。」
自分の事の様に自慢げに話すルミナに私は慌てる。
「それは、私だけじゃないし。今なら、この辺の人達全員がしてることだよ。それもこれも、ルミナのおかげだし。」
「そうですよ、光の乙女。」
ここでお助けキャラ肉食シスターが口を挟んだ。
今日も今日とて、図々しくもアラン様の隣に座り、困ったように眉を寄せて私のいれた紅茶を飲んでいる。
『嫌なら飲まんといて。』
一体、どこの方言かと思うセリフを内心で吐く。またまた、何を言い出すのか、と、私は元より、ルミナもチャルカも、そして、アラン様まで身構えた。
「今、下町では光の乙女ルミナ様が、街を浄化して回っているのです。」
うおぉーい。なんてことを言い出すんだ、この女は!
「街を浄化?」
ほら、肉食シスターに注目が集まった。
あれ、絶対、わざと。
「そんな、私、街を浄化なんて・・・。」
否定するルミナを、如何にも、ええ、わかってますよ、と言う薄っぺらい笑顔で牽制して、肉食シスターは、アラン様に向き直った。
「光の魔力持ちのルミナ様は魔力を使う練習として、この街を美化されているのですわ。それを我ら教会の者もお手伝いしているのです。そのルミナ様の尊い行いに感動して、街の者達も清掃など美化活動に参加しているのです。」
「それは、素晴らしい。流石、光の乙女ですね。」
「教会の方々もご苦労様です。」
口々に騎士様たちに褒めそやされて、肉食シスターは、これも女神様の教えです、なんて、控えめな発言をして顔を伏せているけど、ばっちり見えてるからね、その、抑えきれない緩み切った口元。小さく、「ぐふっ」って漏れた笑い声も、ちゃんと聞こえてるから。
言ってることは間違いじゃない。
確かに、光の魔力をちゃんと使う為に、ルミナは浄化の魔法を習得して、その練習を兼ねて、自分たちの住む下町を綺麗にすべく、あちこちに行ってる。今では、街の人たちも率先して、清掃活動に励んでくれている。
確かに、その時には教会の人の助けも借りてる。
でも、肉食シスターの話を聞くと、自分がそれを提案したみたいに聞こえるのは、どうしてだろう。
私が、と言うつもりは無いけれど。結局は、ルミナの光の乙女の魅力が街の皆を動かしたんだけど。
それでも、お助けキャラや教会が、その功績を横取りしたような印象が抜けない。
いやいや、結果が同じなら良いじゃないか。
そう、言い聞かせている私を、ルミナが心配そうに見ていた。だから、私はにっこり笑う。
ルミナが下町にいてくれる事。それが覆らないなら、全然、構わない。
教会に囲われて、すぐそこにいるのがわかっているのに、建物から出る事が許されない、何てことも無く。
貴族の養女になって、同じ王都にいるのに、天と地ほど身分の違いが出来て、会う事すら叶わない、何てことも無く。
ルミナが、ここにいて、下町にいて、その光の魔力を惜しげもなく、使ってくれる。
そんな状況があと3年とちょっと変わらなければ。
それは、私の勝ち。
だから、誰のおかげかなんて、どうでも良い。
アラン様も何かに気が付いたようにじっと見ていたらしい事を、この時の、私は知らない。
そして、数日後。
「光の乙女のなされた下町の浄化について、教えてもらいたい。」
そう言って、リリアンお嬢様(とフライス王太子)の紹介状を持って、やって来たギャバジン・ツィル:宰相の息子、参謀役の眼鏡キャラを見て、私はこれで攻略キャラ勢ぞろいかぁ、と思わず、現実逃避をしてしまったのだった。
ミッション7
ギャバジンルートを攻略しますか?
はい
いいえ ☜