ミッション 6
それにしても、また、あの肉食シスターか!
もうこれ、攻略キャラじゃなく、お助けキャラからぶっ潰すべきじゃね。
すーはー、すーはー。
折角、数年ぶりにリリアンお嬢様に会えたのに、目の前にアラン様もいるのに、なんで楽しくない話をしなくちゃいけないのかな。
私は真剣に深呼吸をして気持ちを落ち着ける。そんな私の様子を、心配そうに見つめるリリアンお嬢様、天使!
「わかりました。リリアンお嬢様、ありがとうございます。」
頭を下げる私に、チャルカは不満げだ。
「でも、ケイティ」
「ルミナも良いかな?」
「うん。私は、フィッシャー伯爵家から、家まで送ってくれる間に、アラン様からお話を聞いたから。」
「すまない、ルミナ嬢。ケイティもありがとう。」
貴族であるアラン様が平民の私たちに謝罪をする。
これは異例な事だ。ましてや、公爵令嬢のリリアンお嬢様が平民の為にわざわざ、フィッシャー伯爵家にルミナの解放を交渉してくれたなど、それこそ破格の計らいだ。チャルカには、その身分差が今一つ理解できていないようね。だから暗殺者なんかになっちゃうのかな。
ただ、これだけは確認しておかなくちゃいけない。
「王家預かり、とは、どう言う意味ですか?ルミナはお城に監禁されるのですか?」
ぷはっ、とそれまで、ニコニコとリリアンお嬢様だけを見つめていたフライス・パール・リンクス王太子が吹き出した。
「監禁、って、それ、君、面白い事、言うね。」
笑い事じゃないよ、ヤンデレ王太子!あんたのバッドエンドでは、あんたはルミナを監禁するんだよ!
ジト目になる私。笑い過ぎて涙目になる王太子。
監禁、の言葉にルミナとチャルカは青ざめ、リリアンお嬢様は、私の手をそっと取った。
「心配しなくても大丈夫よ、ケイティ。そんな事、わたくしが許すはずが無いでしょう。」
にっこり笑った笑顔のまま、リリアンお嬢様は隣のフライス王太子を振り返る。「ねぇ、殿下。」
王太子の笑いがピタリと止まった。
「勿論だよ、愛しいリリアン。」
「王室預かり、と言うのは、光の乙女ルミナ嬢の教育を王家が請け負うと言う意味だ。」
そして、説明する。
「具体的には、ルミナ嬢の魔力教師を王家が選定して派遣する。ここで、大切なのは複数、派遣する、と言う意味だ。専用の教師を付けてしまえば、どこかに取り込まれてしまう事もあり得るからね。そこのアラン・フィッシャーもその一人だよ。後、護衛を兼ねてもう一人、一緒に授業を受けてもらう者も付ける。」
そう言うと、フライス王太子は、入口を振り返った。
「護衛対象をいつまで放っておくんだい?シャンブレー・オックスフォード。」
さっきから、こちらを睨みつけている騎士見習いの少年が、ぐっと両こぶしを握り締めて、一歩前に出て来た。
「やはり、僕、いえ、私は反対です、殿下。光の乙女は、しっかりとした貴族家で保護すべきです。」
「「は?」」
私とチャルカの声が揃った。チャルカ、殺気。殺気出てるよー。こんな所で、暗殺者に目覚めないでー。
って言うか、シャンブレー・オックスフォードって、あれよね。
騎士団長の息子で攻略対象。シャン、お前もか!
何でみんなして、乙女ゲーム開始前に、主人公の前に現れるのよ。伏線?伏線なの?だとしたら、伏線絡まりすぎでしょ。
いやいや、それよりも、この声。聞き覚えある。
私は思わず、アラン様をガン見した。
「ええ、この間の誘拐事件の時に、協力してくれました。シャンブレー公子は、オックスフォード騎士団長殿のご次男で、現在、フィッシャー伯爵家で騎士見習いの研修中です。」
「なんでも、騎士団長曰く、自分の所、オックスフォード伯爵家の騎士達は忖度するから、シャンブレーは少々天狗になってしまった。そこで、学園の長期休暇中にフィッシャー伯爵家を始め、いくつかの貴族家の家臣団を回り、武者修行して来い、と叩き出された訳だ。」
アラン様の説明の後、フライス王太子が追加説明をしてくれる。
「まあ、これでも、マシになった方だね。去年までは、自分の実力と父親の実力を掛け違えていたから、目も当てられなかった。」
カーッと真っ赤になるシャンブレー・オックスフォードに、私は冷たい目を向けた。
シャンブレー・オックスフォード、フライス王太子と同じ13歳
騎士団長の息子で、乙女ゲームの脳筋担当。フライス王太子の護衛として常に共に行動していた。
力こそ正義って感じで、その恵まれた体格を生かして、幅広のグレートソードを片手でぶん回すのが、カッコイイ!
うん、屋外ならね。
実際問題。王太子の警護してて、180㎝の自分の身長よりちょっと短い程度のグレートソードを室内で使えるかい?あれは、あくまでビジュアル的なもの。
そして、今、私の目の端でぶーたれてるガキンチョが、180越えのマッチョ系攻略対象になるとは、ちょっと想像外。
因みに暗殺者になったチャルカの得意武器はククリナイフね。
アラン様は魔法で戦う人だけれど、普通にサーベルを使います。
フライス王太子もね、知らんけど。
チャルカ:(隠しキャラ)暗殺者
アラン・フィッシャー:魔導師長
フライス・パール・リンクス:王太子
シャンブレー・オックスフォード:騎士団長次男
皆さーん、ここに攻略対象(本編開始前)が勢ぞろいしてますよー。
あと足りないのは、宰相の息子ギャバジン・ツィル。参謀役の眼鏡キャラ。定番!
なんか、見回せば、近くにいそうで怖い。
それは、ともかく。
シャンブレーに対する私の第一印象は最悪なんだけど。
「え?この人も一緒に魔法の授業を受けるのですか?」
平民を虫けらのように見下したシャンブレーに、滅多に人の好悪を顔に出さないルミナが、眉を寄せて口ごもる。
だよねー。
「あら?オックスフォード公子様は、わたくしの大切なお友達のケイティに何かなさったのかしら?」
リリアンお嬢様!私を大切なお友達って!
たった一日、僅かな時間、一緒にいただけのモブ平民に。
私は泣きそうになった。何でこんな素敵な少女が、悪役令嬢なんて言われて、悲惨な目に合うんだろう。それもこれも、この目の前のろくでなしな男ども(アラン様除く(私見))のせい。許すまじ。
「ニッチング公女、平民を友達などと、公爵令嬢の貴女のお言葉とは思えません。そもそも、僕、私は、このような汚い所に王太子殿下をお連れするなど、聞いておりません。下町など、殿下のような尊い身分の方が足を踏み入れて良い場所ではありません。護衛の身にもなって下さい。」
「シャンブレー公子。」
「リリアンお嬢様。本日は、わざわざ、このような汚い所までおいで頂き、ありがとうございました。昔の、子供の頃の約束を覚えていて下さり、ルミナを助けて下さった事、卑賤の取るに足りない平民の願いを聞いていただいた事、感謝に耐えません。ですが、護衛の騎士様のおっしゃる通りです。尊い御身に万が一の事が起こっては、国家の一大事。どうか、これにて、私の事はお忘れください。」
リリアンお嬢様がシャンブレーを咎めようとしてくれているのが、わかったから、私は必要以上にへりくだって頭を下げた。
リリアンお嬢様が、私を庇ってシャンブレーと険悪になったら嫌だった。ひょっとして、それをきっかけに今良好なフライス王太子との関係が崩れてしまうかもしれない。
リリアンお嬢様には幸せになって欲しい。
それに、これ以上、攻略対象に関わるのは、勘弁して欲しい。
平穏な日常生活の為になら、こんな平民の頭、いくらでも下げるよ。
「ケイティ・・・。」
ずっと頭を上げない私に、フライス王太子に促されて、リリアンお嬢様が立ち上がる気配がした。
ばたん、とドアが閉まって、馬車の音が遠くに聞こえなくなってしまっても、私は頭を下げ続けた。
ミッション 6
シャンブレールートを回避しよう
コンプリート