幕間 3 初代龍皇帝の理不尽な怒り
神とは、理不尽な程の上位存在で、人間は、たかがこれしき、と思う事であっても、神の逆鱗にふれれば、理不尽な目に合う。古より、神が気に入った人間を勝手に攫って行く事は多々あるし、気に入らないから、と町や村を一夜にして消し去る事も歴史には散見する。
だから、人間は神を敬い、その理不尽な怒りに触れる事の無いよう、祈り、供物をささげてきた。
けれど、神とて忙しい。常にこの世界の隅々を見張っている訳では無く、気に入った世界には自分の使徒を派遣して済ませて、何か困った時だけ、注目する、そんな具合に、この世界は管理されている。
ロンシェは、千年前にそうやってこの世界に派遣された。
その任務もそろそろ交替の時期が来ていた。
赴任した当初は、赴任特典を利用して、自分の国を作ったりして結構楽しんだが、それも300年もすれば飽きる。初代龍皇帝ロンシェはようやく退位し、伝説となった。その後、退屈しのぎに、分身を作って世界を旅してみたり(本体は強力過ぎてこの場を動けない)、その先々でちょっとした遊技場を作ったり(今ではダンジョンと呼ばれている)、ヒトをまねて物語なんぞも書いてみたり(今回の騒動の原因の一つ)したが、漸く、この退屈で下等な世界での仕事も終わろうとしていた。
ロンシェは、神から預かったこの世界を自らが壊す事は出来ない。だが、彼が作った帝国なら、彼の自由にして良かった。この世界を去るに当たり、自分の痕跡をきれいさっぱり消してしまおう、そう、思っていた。
そんな時、帝都の龍廟に懐かしい闇魔法の気配を感じた。
何事かと、覗いてみれば、彼の書いたあまりにも荒唐無稽な物語を、預言書と信じ、手に入れようと血眼になる女。神の使徒が書いたために強制力を持ってしまったそれを使って、自分がこの世界のヒロインになるの、と声高に叫ぶ女がいた。
試しに何を代償に差し出すのかを問えば、女はロンシェの血脈を継ぐ光の乙女と闇魔導師の命を差し出した。
あまりにも自分勝手なその姿に、この下等な世界の醜さを見せつけられ、この世界は神の作った世界の中でも底辺なのだと実感した。退屈しのぎに作った国を滅ぼしてこの世界を去る事になんの痛みも感じない事にむしろ、感謝すらして、女の欲したくだらない本を渡す。
代償に差し出された自分の遠い子孫はどうか、と試練を与えて見れば、そんなすさんだ気持ちを癒し、また会っても良い、と思う程に、気に入った。
だから、鱗を渡し、安全な所まで送り届けた。
そして、次に会った時に、子孫は、最高の玩具と共に現れた。
無礼で、礼儀がなって無くて、それでも、わきまえていた。
娘の記憶は驚きと楽しさに満ちていた。中には辛い、悲しい記憶も当然あったが、そこに負の感情は、薄い。カラリとした悲しみに、逆にこの娘の感情の乏しさを疑った程だ。
そうして、”攻略本”を欲した女も、同じ世界の住人だった事を知った。
似たような転生をしながら、どうしてこうも異なるのか。
ヒトとは理解できない摩訶不思議生物だと思いながら、このまま放置すれば、女に操られた子孫が娘を殺す未来が残ったままである。
自分の玩具が他者に好き勝手されるのは気に食わない。あの玩具は自分だけの玩具だ。ロンシェが手放したのは、あの女に壊されるためじゃない。
だから、ロンシェは、少し、計画を前倒しにする事にした。元々、あの帝国は潰すつもりだったのだから。
「「我の玩具に触れる罪。身をもって知るが良い。」」
二形の初代龍皇帝は、霧の中、怒りを抑えて、計画を練る。
それが、将来、玩具を壊されるだろうと言う、まだ起きてすらいない、つまらない理由による怒りであっても、それがこの世界の神の使徒の怒りであるならば、この世界の住人は甘んじて受けねばならない。
娘たちがリンクス王国に無事帰りつき、光の乙女の記憶を戻す事にも成功したことを確認して、ロンシェは、行動に移した。
モンハンナ帝国帝都を襲った落雷で、帝城の一画だけが跡形もなく崩れ落ちた。
その甚大な建物被害にも拘わらず、死者は一人も出なかった。
但し、
龍巫女と現皇帝を含め、彼女と深くかかわった男たちの姿のみが掻き消えていた。
どこかに避難しているのでは、と、人々は待ったが、帝国中枢部の要人たちが現れる気配は一向にない。
いつまでも国の運営を放置する訳にはいかないと、幼い皇子を中心に、モンハンナ帝国は再び歩み始める。
けれど、その統治は帝国の端から、ポロポロと零れるように力を失っていった。
その不可思議すぎる落雷に、神の怒りを重ねて、現皇帝の正当性を疑い、我こそは!と声を上げる欲深い者が、正義と言う名の反乱を起こす。
「ちょっと!ここ、何処よ!」
女の金切り声が荒野に響いた。
かつて、アラン・フィッシャーが見た未来。
龍巫女アミが権力を己が私欲に使い、気に入らぬ者達を粛清していったその荒野に、彼女と彼女の取り巻き達は、放り込まれていた。
「女。」
天から静かに、けれど、恐ろしい程の存在の圧力を持って声が降る。
「ここは、お前の、望んだ世界。お前が、”ひろいん”として作り出そうとした未来。」
「何いってるのよ、こんなもの、あたしが望む訳無いじゃない。」
「龍巫女!」「アミ様!」
お助けキャラ肉食シスター改め、モンハンナ帝国の龍巫女アミ、異世界の記憶をもつもう一人の人間の元に、彼女の攻略キャラたちが集まって来る。
「皆!」
アミの顔が輝いた。
「皆、お願い。あいつを倒して、この世界から脱出しましょう!」
「わかった。」「任せておけ。」「お前は下がっていろ。」「俺たちが必ずお前を元の世界に戻す。」
攻略キャラたちは、頼もしい言葉を残して、空に浮かぶ奇妙なものに向かって攻撃を仕掛けた。
それにひとまず安心し、アミは、何故かそこにポツンと置かれた玉座と見まごう椅子に座る。
こんなシナリオ知らない。攻略本に載ってる?直ぐ、調べなきゃ。
「やれ、嘆かわしい。千年に渡り我が恩恵を受けて起きながら、我を忘れるとは。」
空に浮かぶものは、ため息交じりにそう言うと、情け容赦なく、辺り一面を火の海に変えた。
彼女の攻略キャラたちの断末魔の叫びが聞こえる。
青ざめる彼女の目の前に、四角い画面が現れた。
retry? ☜
「は?」
アミは目を凝らす。
「お前の言う”乙女ゲーム”の世界には、このような”うぃんどう”がでて、続けるかどうかを選択できるのだろう?」
空に浮かぶ何かが、そう尋ねる。
retry? ☜
「って、続ける選択肢しか無いじゃん!何これ、バグ?」
「バグ?・・・ふむふむ、バグとは、ゲームで本来あり得ない不具合、とな。
いや、これは”バグ”では無い。本来の、正しい、この世界における、天罰、だ。」
「天罰?」
「そう。」
空に浮かぶものは、その高度を下げて地上に降り立つ。それまでの間に、姿が代わって行き、地面に降り立った時には、その姿は豪奢な袍を纏った、帝城に飾られた何枚もの肖像画に描かれた歴代皇帝によく似ていた。
「龍皇帝?」
「改めて見ると醜いな。」「なっ!」
見下される冷たい瞳に、怒りよりも恐怖が湧く。それでも、アミはこの世界は自分の世界だと信じて抵抗する。
「あたしを元の世界に帰して。こんなシナリオ、攻略本のどこにも載ってないよ。どういう事?バグはさっさと処理してよ。」
「それは”攻略本”などと言うものでは無い。」
ロンシェははアミが抱える本を指差す。「それは、我が戯れに書いた三文小説だ。馬鹿な女がバカな夢を見て自れを慰める為のエロ本だ。」
「もうすでに十分堪能しただろう?だから、」
そう言ってロンシェは、アミの方に手を伸ばす。
「嫌よ、渡さないわ。これはあたしの物なんだから。皆、何してるの、こいつは敵よ、やっつけて!」
アミの叫びにいつの間にか復活していた攻略キャラたちはロンシェに殺到する。どう見ても彼らの祀って来た初代龍皇帝であるにも関わらず、彼らの攻撃に戸惑いは無かった。
「ならば、永遠に続けるが良い。」
ロンシェは、アミの目の前のウィンドウに示された”retry?”の表示を押す。
画面が切り替わるように、空に再び龍の姿が現れ、その口が大きく開き、そしてそこから火の玉が現れ、次第にその大きさを増していく。
「どうしてよ、あたしは、龍巫女アミ!この世界の、」
火の玉が世界を焼いた。
ロンシェの興味は既にここには無かった。