ミッション 28
「予想外の情報と情報量だった。」
青色吐息の初代龍皇帝女性Ver.を前に、私はふふん、と胸を反らした。
「まだまだ、これからですよ!」
「だから、ちょっと待ってって。」
そう言うと、初代様は、テーブルの上に、私の記憶の中から取り出した月餅とウーロン茶を並べた。
「味もちゃんと再現出来てると思うけど、どうかしら?」
取り敢えず、一息つかせてほしい、と用意されたお菓子は、この周囲の家具に触発されて思い出した胡桃入りの月餅と最高級の凍頂烏龍茶だった。とは言え、あまり、味がわかる方では無かったので、「美味しい」としか、言えないけど。
「確かに、自信満々なだけの事はあるわ。これでまだ、一部、なの?」
「そうですね、なんか、一つ思い出すと次々、出て来るみたいで、私もこんなに記憶が残っていたとはびっくりです。」
すっかり打ち解けて、お茶していると、目の前にアラン様とチャルカが現れた。アラン様の右腕は。
ちゃんとくっついている!
「アラン様!良かった!」
思わず、椅子を蹴倒して飛びつく。
「ケイティ!無事か?俺の事は、覚えているか?」
こくこく、と頷く。
そっと右腕に触れて、その熱を確かめる。
「大丈夫だ、ちゃんと動く、元通りだ。」
「良かった・・・。良かった、です。
あ、チャルカも無事?」
幼馴染は遠い目をして頷いた。「俺は、何もする事が無かった。」
その割には、顔色が悪い。アラン様を見上げると、あの場所は気持ち良い場所では無いからな、と苦虫を嚙み潰したような表情で答えた。
「無事に腕を拾えたようで何よりだ。」
男性Ver.に戻った初代龍皇帝は、私の記憶酔いをした事など、そぶりも見せずに、傲慢にアラン様を見下ろす。
「目的を達したなら、すぐ戻るが良い。ここの龍気に染まると後が、面倒ぞ。
娘、現世に未練なくば、ここに留まらぬか?其方の代償は、我の千年の退屈を満たして余りあるものだった。もっと、見てみたい。」
「あ、お断りします。未練アリアリですし、私はモブ平民なので。」
言ってることが矛盾してるよ。私は面倒な事になっても良いのかぁ?初代様のお願いをぶった切った後で、ちょっと反省。断られた初代様が見るからにしょげていたから。ある筈のない犬耳と犬尻尾がしゅん、と垂れている。この一瞬で作り出すとは、才能の無駄遣い以外の何物でも無いと思う。
「我と共にここにあれば、娘にも神格が宿るぞ。」
「いえ、そう言うのいらないんで。私は平凡に生きて平凡に死ぬのが、望みですから。」
既に転生なんてしちゃって、2回分の人生を抱えてるし。これ以上はキャパオーバー。
そんな心の声を正確に拾ってしまった初代様は寂し気に、一度は納得しかけ、けれども、やはり、諦めきれずに、また、提案する。
「そうか。そう、じゃの。
じゃが・・・。
そうじゃ!ならば、また、娘、其方に会う事は可能か?まだまだ、其方の記憶には続きがあるのじゃろう?」
「私の前世の記憶はルミナの記憶を返して頂ける対価として差し上げるので、今ここで、全部、持ってってもらっても構いませんけど?」
今度こそ、がっくりと初代様は床に膝をついた。
「其方の記憶だけでなく、其方と其方の記憶について話をする事が、我はとても楽しかったのだ。だから、また、それらを、我と共有してはくれぬか?」
確かに、初代様と前世の日本の話をするのは、とても楽しかった。初代様は、どんな些細な話も注意深く聞いてくれたし、タイミングよく挟まれる相槌で、私の記憶もサクサク掘り起こされたのは事実だ。
ルミナのように、記憶を巻物にして渡してしまっては、もう、さっきまでのように、楽しい会話は出来ないのだろう。
だからと言って、ホイホイ遊びに来るには、この場所は遠すぎるし、私たちの立場は違い過ぎる。
前世日本の記憶は、私にとって無用の長物だ。前世は良かった、って羨んだ所で、戻れる訳もなく、自分は既に宿屋の娘・ケイトとして短くない時間を生きてきた。前世の記憶があるせいで、助かった事もあるけど、これからは、そんな事などすっかり忘れて、本当のモブとして生きていく。
でも、前世の私を知ってくれてる人がいるのって、なんか、自分がちゃんと生きていた証みたいだから。だから、前世の記憶が初代様の手元に残るのは嬉しい。
「そうは言っても、記憶とは、その者を形作る土台のような物。光の乙女が記憶を失って、魔法をつかえなくなったのが、その証拠。其方も前世の記憶を失って、これまでと同じようには暮らせないぞ。」
「仕方ないです。それでも、無くしたからって、別人になる訳じゃ無いでしょ。これまでの私の根元は変わらないと思うんです。性格とか考え方の基本とか。」
そう言った私を見る初代様の目が、やっと諦めへと色を変えた。
「頑固だな。我がここまで言っておるのに。」
「いえいえ、初代様こそ、上げるって言ってるんだから素直に受け取って下さい。」
「押し売り!?」
「もう!それでいいですよ。」
こんな会話も楽しいけれど、ルミナに記憶を少しでも早く届けたい。
「それで?どうやって記憶を取り出すんですか?痛いのは勘弁して欲しいですけど。」
溜息を一つついて、初代様は、懐から真っ白な巻物を取り出し、私に差し出した。
「そちらの端を持て。」
まるで綱引きをするように一巻の巻物の両端を私と初代龍皇帝は掴んだ。
その瞬間、凄い勢いで体の中から、何かが抜けていった。
「えっ、えっ!?」
訳も分からないうちに、巻物が私の方から徐々に黒く染まって行く。初代様の手元にまで、その色が迫ると、初代様はその巻き物をポーンと上に投げ上げた。ミニ龍が、何処からともなく現れて、巻物を二本の角でキャッチし、飛び去って行く。二巻、三巻、と巻物は増え、とうとう、四巻目の途中で黒の浸食は止まった。
「記憶は写された。」
初代様のその宣言が終わるや否や、アラン様が、私を抱き留める。知らず、力が抜けていたみたいで、立っていられなかった。
「ケイティ、気分はどうだ?」
強張った表情。物凄く心配させたみたいで、申し訳ない。
「アラン様の右腕がちゃんと支えて下さってるので、大丈夫ですよ。」
「お前なあ、全然変わってないみたいに見えるぞ。」
横からチャルカも顔を出すが、通常運転の私をみて、呆れ顔になった。
「あれ?そう言えば・・・。」
前ほどじゃ無いけど、何となく前世日本人だった頃の記憶がまだ残っている。例えるなら、歌詞は覚えていないのに、サビの部分はハミング出来る歌、みたいな。
私の前世異世界記憶の四巻目は、初代様の手元に残っている。それを紐解いて、一度、中身を確認した初代様から、物凄い怒気が吹きあがった。それは、一瞬の出来事で、直ぐに収まったけれど、アラン様もチャルカも真っ青な顔で、戦闘態勢をとる機会すらなかった。この空間自体が、瞬時に沸騰した、と言う感じで、実際、シノワズリの家具は元より、東屋や池は蒸発し、ここは真っ白な霧の中だった。
私たちが生きているのは、辛うじて初代龍皇帝本人が守ってくれたからだ。
私の記憶の、一体何が、彼をそんなに怒らせたのだろう。
「早よ、帰るが良い。」
縦の虹彩に、力の名残が煌めく。
初代龍皇帝は、ふっと息をつくと、巻物を頭に乗せた三匹のミニ龍を引き連れて、霧の中に消えていった。
暫くして、霧が晴れた時、私達は、最初の祠の前に立っていた。
朝日が昇ろうとしていた。
私の手の中には、ピンクブロンドの表紙の巻物がしっかり握られている。
それだけが、夢じゃない、と強く主張する。
「よし、帰ろうぜ。これで、ルミナが元に戻るんだろう。」
吹っ切るように、チャルカが手を叩いた。
目的は全て果たしたはずなのに、何かモヤモヤとしたものを感じながら、私は、アラン様に促されて祠を離れた。そこに腹掛けをした可愛らしい小人さんを探したけれど、もう、私には見つける事が出来なかった。
「バイバイ、小人さん。・・・初代様、ありがとうございます。」
ちゃんとお礼が言えなかった事を思い出す。
私は深々と祠に向かって頭を下げて、アラン様とチャルカと歩き出した。