ミッション 27
「まあ、ゆっくり茶でも飲みながら話をしようじゃないか。」
蓬莱山の中腹、そこに初代龍皇帝のお気に入りの空間がある。
天も境界も無い、只の広い空間に、突如として現れた池とその中に建てられた東屋に、私達は立っていた。中華風家具の数々、所謂、シノワズリ、と呼ばれる、少し昔の中国格子模様が使われた家具で飾られたそこに、初代龍皇帝は座り、コバルトブルーで繊細な意匠の施された磁器に満たされたかぐわしいお茶が私達を待っていた。
ひょっとして歓迎されている?
オネエ言葉の初代様には滅茶苦茶、威嚇されたから、この掌返しにはつい、警戒してしまうけれど、よく考えなくても、相手は人外なのだから、モブ平民の私が、どう抵抗したところで、何も出来る事はないのだ。
「だから、それが、イライラするのよ!」
初代龍皇帝女性Ver.の手元に水たばこのキセルが現れた。
「ここは我の作った世界だから、我が許可しない者は立ち入れないの。だから、ここに其方がいる段階で、我が其方の滞在を許しているのだから、いちいち、怯えないでくれる?そういう態度されるとイラつくのよ。あと、この部屋の趣味は我じゃなくて、あいつ、の、だから!」
「ごめんなさい。」
そのまま、キセルで座席を指定され、私はぺこりと頭を下げると、椅子に腰を下ろした。
もう、色々な事が起こり過ぎて、パンクしそうだよ。もう、好きにして。
アラン様が、初代龍皇帝の正面に座り、チャルカは着座を断った。自分は護衛だから、と。初代龍皇帝の作った空間で、人外に攻撃されたら、自分が太刀打ちできない事は明らかだけど、それでも、護衛としての仕事を果たすべきと思うから。そう、堂々と主張するチャルカに、私はハラハラしたけど、初代様はお気に召したみたい。
「その意気や良し!」と男性Ver.に戻って、膝を打って喜んでいる。
「ほれほれ、前世の記憶とやらを見せて見よ。気に入ったなら、光の乙女の記憶は返してやろう。」
顔をくっつけるほどに、私の方に身を乗り出して、初代様は先を急かす。
「その前に。」
アラン様が風魔法で椅子ごと私を自分の方に引き寄せて助けてくれなければ、頭からパクリと食べられるかと思ったわ。
「俺の右腕を返してもらいます。」
「なんじゃ、けち臭いのぅ。お主が、好きで捨てて言ったのだろうが。まだ、あの辺りに落ちているだろうから、勝手に拾って来ればよい。娘の方は、その間、我に前世の記憶とやらを見せてもらおう。」
ぐ、とアラン様が返事に詰まっている。
二人の間でだけ、話が通じている様で、私とチャルカにはさっぱりわからない会話が続く。
「あの場所は、まだ存在している、と。」
「そうじゃ。あの女が好き勝手している間は、あの未来線は消えぬよ。」
「それを貴方は許すのか?」
「許すも許さないも、現世に我が関わる事はない。何とかするのは、お主たち現世の者だ。」
「しかし!」
「そうは言っても、あの女が龍廟に入った時に放置していた責任は我にある。だから、お主に一度だけ、力を貸すと約し、鱗を渡したのだ。責任は果たしただろう?後はそちらで何とかせよ。」
つーん、と横を向く初代様に、流石のアラン様も口を噤んだ。
私にしたら、モンハンナ帝国が肉食シスターのせいでどうなろうと知ったこっちゃないし、アラン様が気にかける必要はこれっぽちも無い、と思うので、この話はこれでお終い。
アラン様の右腕が”落ちてる”って事の方が気になる。
「其方・・・。」
心を読まれたのか初代様が呆れて私を見た。
「ほれ、さっさと拾ってこい。さもなくば、娘の気が散って、”前世の記憶”どころでは無いわ。」
ほれほれ、と言って、初代様は、目の前に、綺麗なピンクブロンドの表紙の巻物を取り出した。
「これが光の乙女の記憶じゃ。其方の”前世の記憶”とやらが、これに匹敵するならば、返してやろう。お主たちは、」
そこで言葉を止めて初代様はにやりと笑った。
「親切な我が送ってやろう。」
突然、床が消え、アラン様とチャルカはその穴に飲まれていく。
「アラン様!」
アラン様が風魔法を使ったのか、その落下速度は一瞬緩くなったけど、そこは人外。龍の力でもってアラン様の魔法は打ち消され、二人はあっという間に見えなくなった。
「さて、邪魔者は消えた。其方の記憶とやら、ゆっくり味合わせてもらおう。」
爬虫類の縦に長い虹彩が、ギラリと光る。
実は、私も穴の上に浮いている状態で、もうパニックの極みだったけれど、その、明らかにヒトでは無い様子に、逆に少し気持ちが落ちついた。一周回って、やけになった、とも言う。
「いいでしょう。さあ、十分に驚いてください。そして、満足したら、その対価にルミナの記憶を返して下さいね。あと、アラン様とチャルカもちゃんと、返して下さい。」
「ほぅ、大した自信だ。この状況で我に交渉するとはな。良いだろう。我を満足させることが出来れば、其方の言う事を一つ聞いてやろう。鱗を与えるより、名誉なことぞ。」
鼻で笑われた様で、カチンとくる。
「その言葉、忘れないで下さいね。私の前世の記憶は特別製ですよ。何せ、異世界の記憶ですから!」
「!?」
私は、思いっきり、前世の日本での記憶を吐き出した。それこそ、次から次へと、息つく間もなく。
同世代の前世の友人ですら、いきなり話の飛ぶ私との会話に疲れる、と言わしめた実力(?)の持ち主だ。さっき、頭の中で歌っていたアニソンから始まり、その声優さんの演じていたキャラから、べつのアニメに跳び、その時間帯に流れていたCMや、CMで流れていたコスメ商品。そう言えば、あの夏の日焼けは酷かった、から、花火に移行し、小学校時代の夏休みの宿題や、塾。塾帰りに見つけた捨て猫をどうしても諦めきれなかった事、そこから、田舎のおばあちゃんの家に移って、雪だるまづくりや、帰省ラッシュに巻き込まれて迷子になりかけた経験。迷子と言えば、デパートでも間違って、違う人の服を引っ張ったっけ。お年玉で買ったド派手なショルダーバッグに、初めて行ったコンサート。運転免許教習の悲しい思い出、ストレスでお腹を痛めた受験。弟のバイク事故。
「待て待て待て、待って、ちょっと待って!」
悲鳴と共に、ポン、と私の体は、ふわりと良い香りに包まれた。
「ごめん、ちょっと待って、ごめん、ホント、待って。流石に、吐きそう。」
初代龍皇帝女性Ver.が、私に縋りついていた。
「勝った!」
思わずガッツポーズが出た。