ミッション 26
結論から言うと、私とアラン様、チャルカは小人さんの案内で”龍脈”を移動している。
アラン様が呼び出した小人さんは、初代龍皇帝の第61番目の分身で、本龍曰く、帝国の南の玄関口を任されるにふさわしい実力龍、らしい。例え、人型が幼児体型だったとしても、一龍前の立派な龍、らしい。微妙に”龍”を強調するあたりが怪しい、とは思うが、”龍脈”と言う、膨大な魔力の流れの中、自己を保つのは、半端な魔導師でも不可能、とアラン様のお墨付きが出ていれば、私にも、疑う余地はない。
「主様から、お前はいつでも歓迎すると聞いてるけど、お供はなー、どうしようかなー」
アラン様が捧げた鱗は、初代龍皇帝から直接もらった鱗らしく、祠に奉納された山のような鱗もどきとは、扱いが違う、らしい。それでも、その鱗で乗れる?のは一人で、残り二人は追加料金が生じる、と小人さんは言う。
私もチャルカも商売人だから、まけろ、とか、ツケで、とか、正規の料金に対して失礼な事は、どうしても言えない。料金設定にはそれなりの理由があるのだ。
だけど、ホントに正規料金かなあ?最初に吹っ掛けておいて、値引き交渉が当たり前、の世界だったりしないかなぁ。
じーっと小人さんを見る。じー。じーー。じーーー。
目が泳いだ。
よし、ぼったくりだ。
「仕方ないですね、アラン様だけに行っていただくのは、非常に申し訳ないのですが、料金不足と言うのなら、諦めるしかありません。私とチャルカはここでお待ちしておりますので、くれぐれも、初代龍皇帝陛下に、よろしく、お伝えください。」
「あー、でもでも、お客さんなんて、何百年振りだから、ここは、特別料金、一人分で三人運んであげるよ!」
慌てて値下げする小人さんに、アラン様は何が起こっているのか理解できず、チャルカは変わり身の早さに呆れていた。
私たちが乗っているのは、龍脈そのものだ。
龍脈とは、簡単に言うと魔力の流れで、蛇を巨大にしたような前世の東洋の龍。それによく似た姿をしていて、この世界の至る所を流れている。今、私達は、そのうちの一つに乗って、モンハンナ帝国を移動している。よく見ると、周囲の空にも、半透明な龍が悠々と泳いでいる。時には地面に潜って行く龍もいれば、沼から飛び出してくる龍もいる。
「凄いな。」
チャルカが素直に感動している。私もさっきから、驚きっぱなしで、口をポカンと開けたままだ。
唯一、アラン様だけが、平気な顔をして、小人さんと話をしている。
どうやら行先は帝都では無いらしい。ずっと、畑や牧場が広がる長閑な景色だから不思議に思ってたんだ。
「これから行くところは、主様が住んでらっしゃる所だよ。帝都は、ヒトが多すぎて、うるさいんだって。」
「初代龍皇帝は、帝都の龍廟に住んでるのじゃないの?」
「だから、さっき、僕が言った事、聞いてた?帝都はうるさいんだって!誰が好き好んでそんな所に住むのさ。住むならやっぱり、自然の中でしょ。」
小人さんは割増料金がもらえなかったからか、私には厳しい。滅茶苦茶馬鹿にした声で言われて、少しへこんだ。
「だって、アラン様は龍廟で会ったって。」
ちょっと涙目になってアラン様を見上げてしまった。
スン、と表情を無くしたアラン様が、頷く。
「それはねー、ご子孫が封印を解いたからだよ。帝都の龍廟は結び目だからね。あそこでなにか起こったら、龍脈を通じて、主様は気が付くの。」
えっへん、とお腹を突き出して自慢する小人さんが可愛い。
そうこうするうちに、目の前に雪を頂いた美しい山が近づいて、アラン様が、息を呑んだ。
「到着ー。蓬莱山だよー。」
私達を乗せた龍脈は、そのままの勢いで蓬莱山の中腹にぶつかった。
ぎゅっと抱き込まれる。けれど、衝突の衝撃は来なかった。
恐る恐る目を開けると、そこは、極彩色の世界だった。
空は無い。見上げても何もない空間に、幾本もの色鮮やかな布が垂れ下がっている。
床はあるものの、壁は無く、見渡す限り果てが無かった。所々に置かれた衝立が、辛うじて、空間を仕切っている。床は色タイルで何やら物語の一場面らしきものが描かれている。少し遠くに磨き抜かれた黒光りする木の床。かと思えば、毛の長い絨毯が敷かれた所もある。
「じゃあねー。」
小人さんはそう言うと、また、龍脈に乗って壁を突き破って出て行ってしまった。
「自由過ぎる。」
チャルカ。自由で片付けられる話じゃないと思う。
「おやおや、誰かと思えば、我が三女の第47代目子孫くんじゃないか。決心はついたのかい?」
七色の垂れ幕の向こうから、のんびりと現れたのは、私の倍は背の高い、超ド派手な衣装を纏った30代ほどにしか見えない超絶美形な青年だった。
超大作ハリウッド映画のような中華風衣装は、黄色を基調とした龍袍に青・緑・赤・白・黒など様々な糸で豪奢な文様が刺繍されている。腰に佩いた直刀は、透かし彫りの輝く黄金の鞘に包まれていた。彼が歩くたびに、チリンチリンと軽やかな鈴の音が鳴り、それは、左足首のアンクレットの飾りの一つだった。足元まで届く艶やかな黒髪には、真珠と珊瑚が散りばめられていて、袖口から覗く全ての指に指輪がはめられていた。
とにかく、全身が重たそうだ。
そして、派手だ。
よくあんなに色々身に付けて歩けるなあ。
そう感心して、見ていると、ここの主人と思われるド派手超絶美形は、その彫刻よりも美しい額に、くっきりと青筋を立てて、私を指差した。
「なによぉ、好き勝手なこと言って、この、阿婆擦れが!文句があるなら受けて立つわよ!」
「はいぃー?」
いきなりオネエ口調になった。しかも、罵倒!言いがかり!
って、私、今、口に出してた?
慌てて、チャルカを見たけど、チャルカもいきなり、怒り出した初代龍皇帝を警戒している。
初代龍皇帝って、傍若無人な男、って、アラン様が、おっしゃってた。確かに傍若無人だけど、これ微妙に違うんじゃない?誰よ、これ?
「我は、ロンシェ。この地に降りた最初の龍ぞ。」
キリリと柳眉を逆立てて、ド派手な巨人が言う。
『えーん、やっぱり心を読まれてる?』
「ふん。」
「初代龍皇帝は、雌雄同体だと言われている。」
アラン様の言葉は、オネエ言葉の説明にはなっても、私の助けには全くならなかった。
『やらかした?印象最悪?これじゃあ、前世の知識もみんな知られてて意味ない?』
「前世の知識とは何ぞや?」
「きゃー助けてー、アラン様!」
いきなり飛び掛かって来た初代龍皇帝に、私は思わず叫んで、アラン様に飛びついた。
「初代龍皇帝陛下、私たちには時間が無い。話を進めて良いだろうか?」
私をくっつけたまま、アラン様は、冷ややかに目の前の巨人に話しかけた。
「私は、この国に関わるつもりは一切ない。右腕も返してもらいに来た。そして。」
そう言ってアラン様は私を見下ろす。
「そして、ルミナの記憶も返して下さい。代わりに、私の前世の記憶をさしあげます。」
切り札がある、とは伝えていた。それが、私の前世の記憶。
ちょっと、フライングで初代龍皇帝には、バレちゃったみたいだけど、それでも、これ以上、知られると情報の価値が落ちるよね。
私は、頭の中で、大好きだったアニソンを歌って誤魔化そうとしたけど、アニソンってそれ自体が、この世界には無い物だったから、初代の興味は更に盛り上がっていたらしいのは、後から教えてもらった衝撃の事実。