ミッション 24
リリアンお嬢様の暴露に、フライス王太子もギャバジン・ツィルも絶句した。
「何を言って?」
きっぱりと言い切ったリリアンお嬢様を信じられないように二人は凝視した。
ルミナの存在を王太子たちに明かすかどうかは、最後まで悩んだ事だった。結果的に、フライス王太子に会って決めようとなったけれど、その決断を、私達はリリアンお嬢様にお任せした。結局、モブ平民の私に、ルミナとルミナの家族を守る力は無いし、アラン様も、右腕を取り返しに行く以上、ルミナの傍にいる事は叶わないから。
「貴方は、たった一人で、その片腕で、記憶を失った光の乙女を守って、この国に帰って来たのか。」
フライス王太子はそれがどれだけ大変な事かを想像して、絶句する。実際、西方山脈から王都までの旅を経験した事のある王太子だからこそ、それが、簡単な事ではない、と知っている。
今日になるまで、二人の存在は、完全に秘されていた。それは、身分を明かして、保護を求める事もせず、周囲に知られないように密かに旅してきたからなのだろう。
一方、ギャバジン・ツィルが驚いたのは、別の事だった。
「光の乙女が生きているのですか?ここにいらっしゃる?ああ、女神よ。感謝いたします。それで?お会い出来ますか?」
立ち上がって詰め寄らん勢いで、ギャバジンはリリアンお嬢様に問いかける。
そう言えば、彼は虎狼狸討伐では居残り組だった。一緒に行けない事をずっと気に病んでいたみたい。
「それは、出来ません。」
きっぱりとリリアンお嬢様は断った。
「ツィル公子、お忘れですか?ルミナは記憶をなくしています。今、会ったところで、貴方を覚えてはいないのです。会って何をしようと言うのです?彼女の負担になるのが明らかですのに、許可など出せる訳がありませんわ。」
「そんな!私と話をすれば何か思い出すこともあるかもしれないでは無いですか?」
「ハッ、彼女の父親ですら出来ない事を?」
何処からその自信が来るのか?思わず、声に出してしまった私を、ギャバジンは鋭く睨みつけた。
「何も出来ない平民は黙っていろ!私なら、魔導師も医師も最高の環境で治療が可能だ!」
「その程度の事ならば、わたくしも可能ですわ。」
パチンと閉じたリリアンお嬢様の扇が一瞬、真っ赤な炎に包まれた。
「あら、わたくしとした事が、失礼いたしました。」
けれど、何事もなかったかのように、再び広げた扇は、青白い炎を纏っている。
リリアンお嬢様は、火の魔法使いである。
その青白い炎がお嬢様の静かな怒りを象徴していた。
「暫く不在にしている間に、私以上の魔導師が出てきたとは不勉強にして知りませんでした。」
にっこりと微笑むアラン様も怖い。
「あ、」
ストン、と食堂の固い椅子にギャバジンは気を飲まれたように腰を落とした。
ふーっと長い息を吐いたリリアンお嬢様の視線は、ギャバジンを通り過ぎ、フライス王太子に固定された。
「ルミナの記憶は、モンハンナ帝国の初代龍皇帝が持っておりますわ。」
「私の右腕のありかもわかっています。
それを取り戻すために、私の魔導師長の解任と追放をお願いしたいのです。」
「何をするつもりなのだ?」
注意深く、フライス王太子がアラン様に問う。
けれど、私達は答えない。
モンハンナ帝国がアラン様とルミナの所在を知らない、と表明した書簡を受けて、リンクス王家は、光の乙女の死亡と、フィッシャー魔導師長の生死不明を国民に発表した。
光の乙女を守れなかった罰として、フィッシャー魔導師長は魔導師長の任を解かれ、貴族籍を剥奪、国外追放となった。これによってフィッシャー伯爵家の罪は不問とされた。
婚約者を失ったフライス王太子は、前婚約者のリリアン・ニッチング公爵令嬢と再び婚約を結び、結婚式は予定通り、この冬に執り行う事とする。
突然の発表に国民は混乱した。
色々な噂が飛び交ったよ。
その混乱の最中、私とアラン様は、ニッチング公爵領から、交易船に乗ってモンハンナ帝国に入った。リリアンお嬢様と共同開発したハーブ製品の売り込み目的に、堂々と。
勿論、アラン様は、変装はしているけれど、あの溢れ出る高貴さと美貌は隠し切れない。
そして、この旅には、チャルカも同行している。
何と、チャルカは暗殺者ギルドでは無く、冒険者ギルドに所属していた。
えっ、と思うよね。何で、って思うでしょ。
だって、お助けキャラ肉食シスターが、チャルカに勧めたのは、間違いなく、暗殺者ギルドだったんだよ。
「そんな、ルミナに顔向けできないようなギルドに所属する訳が無い。」
呆れたようにチャルカに言われて、私が間違っていた?って首を傾げた。
でもねー、だってねー、乙女ゲームでは、そんな顔向けできない事やってたんだよー。
何はともあれ、再会した時には、グーパンしておきました。
チャルカ父母の心配を思い知れ!
「でも、ルミナに付いていなくていいの?」
私のグーパンなんか、全然効いてないし、逆に私の手が痛くなったけど、私が落ち着くまで殴らせてくれたチャルカに聞いた。
「散々、待ったからさ。もうしばらく、待たせても大丈夫、だろ?」
大丈夫かどうかはわからないけど、今のルミナの傍にいても、チャルカは辛いかもしれない。だったら、私と一緒に、彼女の記憶を奪い返しに行く方が、建設的だ。
そう言った時のアラン様の微妙な視線は置いておいて、交易船は何事もなく、モンハンナ帝国の港に着いた。
冒険者ギルドからは、護衛としてチャルカの他にも何人か派遣されている。チャルカは戦闘職と言うよりも、鍛冶屋として重宝されていた。その辺りも、乙女ゲームとはだいぶ違っているのだけれど、自分の本分をちゃんと理解してるって、凄いな、と思った。
これなら、家に帰っても、ちゃんと鍛冶屋を継げるよね。暗殺者になったチャルカとルミナが結ばれたとして、ゲームでは、それでENDだけれど、現実では、その後の生活をどうするのか、って事になるもん。
船を降りて、帝都に向かう。馬車の手配や、食料の手配、そう言う事は全て冒険者がやってくれた。私はともかく、アラン様が表立って動くと目立つので、二人で大人しく馬車の中で待っている。
「あのチャルカと言う青年は」
ちらりと馬車の外に目をやってアラン様は言う。
「ルミナがフライス王太子の婚約者に選ばれた後、私に会いに来たんだ。」
「チャルカは、この婚約がルミナの幸せに繋がるのか?と聞いてきた。」
「私は、わからない、と答えた。」
「あの時点では、ルミナの婚約は最良の方法に思えたのは事実だ。だが、それが、彼女の幸せかと聞かれれば、わからない、と答えざるを得なかった。」
アラン様は私に、と言うより、自分に話しかけている。
「幸せは人ぞれぞれだ。そんな当たり前の事も、上位貴族に染まっていた俺には、わからないことだった。だが、ケイティと出会って、ルミナの教育係をやって、平民とその生活を知って、貴族の身分と権力、財力、魔力。そんなものだけで幸不幸が決まるのではない、と知った。」
「平民の少女が王太子の婚約者になる、そんなのは物語の中にしか存在しない妄想の産物に過ぎない筈だった。物語の中では、幸せになったその少女は、現実でも幸せか?」
「俺には、ニッチング公爵令嬢を溺愛していたフライス王太子の新しい婚約者になる事が、ルミナの幸せにはなりえない、そう思っていた。」
「まさか、三年後には解消する約束になっていたとは知らなかったがね。」
苦い笑いが、口元に浮かぶ。
「けれど、あの青年は、その婚約が逃れられない物であるのなら、ルミナの幸せの為に、周りを変えようとした。」
「凄いな。・・・・そして、羨ましい。」