ミッション 20
「「ルミナがモンハンナ帝国の皇帝?」」
驚く私達にアラン様が解説する。
「ルミナは実父の公爵家からモンハンナ帝国皇帝の血を継いでいる。龍廟の鍵を起動するには膨大な魔力が必要で、初代龍皇帝に会うには、皇帝の血脈が必要だった。つまり、皇帝として正式に認められるには二段階の証明が必要だったわけだ。
あの後、帝国で何が起きたのかは私は知らない。
私とルミナは、初代龍皇帝を名乗る男の協力を得、帝国を脱出し、リンクス王国に戻って来た。ただ、それは無償では無く、代償にルミナは記憶を差し出した。」
アラン様の長い語りはそう告げて終わった。
私もリリアンお嬢様も何も言えない。
やっと戻って来たルミナが本当はモンハンナ帝国の正当な皇帝で?それを白紙に戻す為に、ルミナは記憶を差し出した?って言うか、初代龍皇帝って生きてるの?今、何歳?
「記憶が戻ったら、ルミナは皇帝をやらなきゃならないんですか?」
「わからない。」
そうアラン様は言った。「ただ、初代龍皇帝が、次代皇帝に龍廟を詣でるように命じたのは、自分の跡を継ぐ人物に会ってみたかったから、と言う単純な好奇心からだったらしい。長い間、龍廟を守り、歴代の皇帝の代替わりに、その時々の世界のありようを聞いて無聊を慰めていた。それが、皇位争いによって継承の儀式が途絶えた。三代100年の空白を埋めるための知識をルミナの記憶に求めた。
俺の記憶をやると言ったのだが、見るなら若い女の方が良い、と断られてしまった。知識の受け渡しだけなら、記憶を読む、だけで、譲渡する必要は無いのだが、ルミナは、皇帝位の継承も白紙に戻すために、光の魔力を手放したかったのかもしれないな。継承の儀式など、単なる形式だが、それでも、現皇帝にとっては、他国民に鍵探しを依頼する程、切羽詰まった状況ではあったのだろう。」
「少々、お待ちください。」
じっと考え込んでいたリリアンお嬢様が、慎重に口を開く。
「先程、フィッシャー魔導師長様がおっしゃっておられた龍の鐘、と言うのは、わたくしが領地を発つ直前に入手した報告にあった100年ぶりの初代龍皇帝の祝福、と同じ物、なのでしょうか?
でしたら、日数が合いませんわ。初代龍皇帝の祝福が聞こえたのは、つい 先日の事。モンハンナ帝国の帝都から、西方山脈を越えて、更にこの王都まで。馬を走らせたとしても20日以上はかかりましょう。」
「今日は何日だ?」
リリアンお嬢様のその話に、アラン様も驚いて尋ねた。私が告げた日付に愕然としている。
「私たちが、龍廟の鍵探しに赴いてから、10日しか経っていない?」
2日前には宿屋に着いていたから、実質8日だ。
国境を越えるまでは、初代龍皇帝が送ってくれたと言う。8日といえば、国境の村から王都までの徒歩の距離だ。
「初代龍皇帝とは、何者なのでしょう?」
モンハンナ帝国の初代龍皇帝と言えば、千年近く前の伝説だ。人間ならば、当然、生きている筈は無いのだが、本当に龍なのだろうか?
「それで、裏切ったシスターが、今どうしてるのかは分からないんですか?」
でも、私にとって、重要なのは、龍よりも肉食シスターのその後だ。
「わからない。だが、彼女は私とルミナを処分してでもあの国でやりたい事があったようだ。龍廟の封印を解いた事で、発言力が増したのは間違いないだろう。」
「コウリャクボン、セイヒロイン、ある18、ゲーム、100%ハーレムエンド、ヒカオツ、オタスケキャラ、アクヤクレイジョウ、リュウミコ」
突然、アラン様が並べた単語に、私はぎょっとした。
「単語としては理解出来る物もあったが、文章になると全く意味不明だった。それを浮かれた様にシスターが話すので、私は最初、気がふれたか、何かに操られているのか、と思った程だ。」
攻略本?正ヒロイン?R18ゲーム?光乙?
待って待って待って。
R18乙女ゲームなの?
”光乙”って、”光の乙女は愛を紡ぐ”、略して”光乙”の”光乙”、だよね。いや、あれ、これ?ってR18じゃないよ。全年齢対象の健全な乙女ゲームだよ。
何だろう、続編、とかかな。
取り敢えず、モンハンナ帝国にお助けキャラ肉食シスターの用事があるなら、この国は安心なんだろうか?
でも、あの肉食シスターが、隣の帝国で好き勝手やる為に、ルミナやアラン様を利用したのは許せない。
モブ平民の私に出来る事って何もないかもしれないけど、それでも、この理不尽を許しちゃいけないと思う。同じ転生者として。
同じ転生者?
「アラン様、ルミナは皇帝にならずに帝国を脱出する方法と引き換えに、記憶を差し出したんでしたよね。その記憶を返してもらう訳にはいかないのでしょうか?」
「それは、ルミナにモンハンナ帝国の女帝になれ、と言う事かい?」
「いいえ、勿論、違います。ルミナの記憶に代わるものを差し出すんです。」
「「記憶の代わり?」」
アラン様もリリアンお嬢様も首を傾げる。
「そうです。結局、初代龍皇帝って、退屈してるんですよね。なら、とても興味を引く物を差し出して、ルミナの記憶を返してもらうんです。」
「初代龍皇帝は、随分と傲岸不遜な男だった。奴を納得させられるような物、など・・・。」
「ありますよ。大丈夫です。任せて下さい。」
そう断言する私を、アラン様とリリアンお嬢様は懐疑的に見つめる。けれど、否定も肯定もしなかった。それは、モブ平民の私に出来る事など無い、と知りながら、それでもルミナの為に何かをやりたい私の気持ちを汲んでくれての事なのかも知れない。
でもね、あるんだよ、とっておきの切り札。
異世界の記憶。
ここではない、別の世界の記憶。
例え、前世の便利グッズを私が一生懸命に説明したとしても、現物を見た事も聞いた事もない、この世界の人々には、何を馬鹿な、と信じてもらえないだろう。
だけど、初代龍皇帝は、記憶を読む事が出来るのだ。
車に、飛行機に、ロケット。
電話に、パソコンに、スマホ。
テレビに、冷蔵庫に、電子レンジ。
その作り方や仕組みなんて知らなくても、当たり前に使っていた前世グッズの数々。
それらを使って快適に過ごしていた私の記憶。それは、最強のカードだ。
これって、疑う余地無いよね。
それに、何と言っても初代龍皇帝は、龍廟に封じられていて、この世界に現れる事はまずない。
つまり、どんなに知識チートをひけらかしても、それが世に出る事は無いし、その知識の元が、私、と、知られる事は無い。この世界の発展の歴史がかき乱されることも無い。
そして
前世の記憶を失う事は、私にとってデメリットにはならない。
「ケイティの気持ちもわかるけれど、交渉のカードは何枚もある方が有利よ。わたくしも、モンハンナ帝国の現状確認と並行して、初代龍皇帝が歓心を持ちそうな情報を集めるわ。」
「ありがとうございます、リリアンお嬢様。」
「良いのよ、ケイティ。これは高位貴族としてのわたくしの務めです。ですが、ルミナの処遇は王家と教会と話し合う必要があります。保護したのは我が公爵家と強く主張しますし、シスター・アミのしでかしから教会を抑える事は可能でしょう。ですが、王家は・・・未知数です。」
リリアンお嬢様の目に、ちょっとだけ、苦しさの影が差した。
ほんの数年前まで、王家はリリアンお嬢様の家族になるはずだった。
「こう申しては不敬に当たりますが、国王陛下はかなりの策士です。宰相閣下は”腹黒”とよくぼやいてらっしゃいましたわ。」
ルミナをモンハンナ帝国に渡さない為に、その場で、王太子との婚約を決めた件一つをとっても、本来は十分な根回しが必要なことだ。リリアンお嬢様との婚約解消も、すんなり通ってしまった辺り、どんな駆け引きが行われたのかと思っていたが、実はすごく有能な王様なんだ。
「記憶を失ったルミナは光の魔力を使えません。」
アラン様が言う。
「王家にとって、光の乙女の役割を果たせなくなった彼女が、どのぐらいの価値を持つのか。それが、わかりません。ですので、ルミナについては、まだ伏せておいていただきたいのです。」
流行病の蔓延を防いだ浄化石や聖水を作り出した功績、光の乙女として病の魔物を討伐した功績。それらに対して、リンクス王家は、ルミナにどう報いるのだろう。