ミッション 19
アラン様が騎士達とルミナの仲を改善しようと苦労しているうちに、帝国の使者がやって来て、アラン様とルミナ、そして、シスター・アミは、帝都に出頭要請が来た。
一旦、距離を置くのも良いかもしれない、とアラン様は、悪意ある噂に流されず、ルミナを尊重する数名の騎士を護衛に、帝都に向かった。帝都にはルミナの実父がいる。彼女を引き取ると強硬手段に出られる事も考えられた。ルミナをみすみす他国に渡す訳にはいかない。何より、私にルミナを無事に連れ帰る、と約束したからな、とアラン様は苦笑いをこぼす。
「無事では・・・無かったな。」
「そんな事ありません!」
私はヒステリーを起こした子供のように頭を左右に振った。
「アラン様は、ちゃんと、ルミナを連れ帰って来てくれた。自分だって、大怪我したのに。ルミナだってきっと」
「ケイティ。」
でも、私の言葉はそこでアラン様本人によって止められた。
「ルミナが失ったのは”記憶”だ。それは、彼女を形作る上でかけがえのない大切な物だ。
それを失ったルミナは、
光魔法を、浄化の力を
使えない。」
「「それは・・・。」」
絶句したのはリリアンお嬢様。でも、私は、それを聞いて喜んだ。
「それって、もう、ルミナは教会や王家に利用されない。昔のように、ここで両親と一緒に暮らせるって事ですよね!」
まだ、王宮に留め置かれているルミナ母も帰ってくることが出来る。ルミナが帰ってきたら、きっとチャルカも戻って来る。
皆、あの頃のように!
アラン様もリリアンお嬢様も何も言わない。
「ルミナもルミナ母に会えば、ルミナ父の言ってた事を信じるよ。だって、ルミナはルミナ母にそっくりだもの。視覚や嗅覚の刺激で思い出すって事も小説ではよくある事だし。三人で昔みたいに、また、パン屋さんをやったら、ルミナ父のパンに囲まれたら、思い出すかもしれない。味覚も記憶に繋がってるって言うし、」
「ケイティ。」
リリアンお嬢様の私を抱き締めていた腕の力が強くなる。
「それは、もう、試みたのでしょう?」
そう、ルミナ父はルミナが記憶をなくしていると聞いて、一番に彼女の大好きだったパンを焼いたのだ。幼い彼女が「美味しくなあれ」と毎日魔法をかけていた、あの懐かしいパンを。
「でも、でも。あの時にはルミナ母はいなかったんです。三人そろえば、きっと。」
「そうだな、少しでも彼女の記憶を取り戻す手伝いになるなら、何でもやってみよう。私も協力は惜しまない。」
認めたくない私の発した言葉を、アラン様は肯定してくれた。それが、余計に、自分の言っている事が、単なる我儘、と私の心を冷えさせる。
「すみません。
アラン様もお疲れですよね。今日はこれでおしまいにしませんか?
そうだ、リリアンお嬢様、新しくブレンドしたハーブティーがあるんです。新商品にどうでしょう。アラン様もお召し上がりになりませんか?冬に向けて、体を温める効果のあるハーブを探しているんです。」
返事を待たずに、私は部屋を飛び出した。
流行病の終わりが見え、魔物も討伐された。
なら、乙女ゲームのシナリオは終わった筈。
ハッピーエンドでは無かったかもしれないけど、ヒロインとしてのルミナの役割は終わったはず。
なら、もう、一人の女の子として、幸せを探したっていいよね。
攻略対象者と結ばれる必要もない。
ルミナが記憶を失っているなら、また、一から新しく作って行けばいい。
その手伝いなら、モブ平民の私にだって出来る。ルミナの両親だけじゃない、私も力になれる。
そう、思った。
帝都に召喚されてからの事を、アラン様はかい摘んで説明した。
休みませんか?と言ったのに、凄みのある笑顔で問題ない、と言われた私は引き下がるしかない。
手を変え品を変え、ルミナを帝国に取り込もうと誘いを入れてくる。それらを躱すことに忙殺されていたアラン様は、シスター・アミが暗躍している事に気が付いていなかった。この段階で、騎士さま達にルミナの黒い噂を流していたのがシスター・アミだと、気が付いていなかったのも、彼女を自由にさせてしまっていた一因だ。何かと自分に絡んでくるシスター・アミが鬱陶しかった事もあり、彼女の不在を深く追求しなかった。教会関係の仕事、と言われれば、内容まで問い詰める事もしなかった。
そして、帰国の条件として、”龍廟の鍵”探しが、シスター・アミ経由で命じられた。
勝手に留め置いて、帰国の条件に探し物を見つけてこい、とは、何を言っているのか、と思う。
だけど、国力が違い過ぎて、リンクス王国ではモンハンナ帝国とは戦いにならない。
今回の、病の魔物”虎狼狸”が、両国の国境・西方山脈に住み着いていた事も問題になる。もし、仮に、虎狼狸の巣が、リンクス王国側にあれば、それはそちらの責任だ、とモンハンナ帝国が主張するのは目に見えている。有責側が討伐被害を補填するのは、この世界では当たり前。
そこで出された条件が、虎狼狸の巣はモンハンナ帝国側にあったことを正式に認める代わりに、”龍廟の鍵”を見つけろ、と言う事だった。
「帝国には、女神様を崇める教会とは別に、皇帝は天からこの地を支配すべく遣わされた龍の子孫である、と言う建国神話がある。そして、皇城の奥には龍を祀った廟があり、その中に初代龍皇帝の龍体が今も朽ちることなく祀られている、と言う。
皇帝が帝位を継ぐとき、その初代龍皇帝に継承の報告を行うのが、長年のモンハンナ帝国の伝統だったが、先々代の皇位継承時の騒乱によって、その廟の鍵が失われてしまった。
つまり、先々代から三代に渡り、現皇帝は初代龍皇帝の承認を得ないまま、帝国を治めている事になり、一部の反皇帝勢力から、事あるごとに侮りを受けていた。
勿論、表立って反抗する事は無いが、現皇帝が鬱陶しく感じている事は間違いなく、その廟に皇帝を参拝させることが出来れば、ルミナ達に帰国を許し、二度と関わらない、と言うのだ。」
「信用できるのですか?」
「結果がこれだ。」
そう言って、アラン様は自分の二の腕から先の失われた右腕を上げてみせた。
「龍廟の鍵は見つかり、長年、封じられていた廟は開いた。その時を待っていたのだろうな、シスターが裏切った。ルミナに流れるの皇帝の血脈をもって、龍の鐘を鳴らし、モンハンナ帝国に正当な皇帝の誕生を知らしめた。
だが、初代龍皇帝の承認を受けた正当な皇帝は、
ルミナ、だ。」




