ミッション 18
アラン様から、ゆっくりお話を聞けるようになったのは、2日が経ってからだった。
アラン様もルミナも二人とも体力の限界だったようで、軽く汚れを落とした段階で、意識を失う様に眠ってしまった。少しのスープを口にしただけだったが、目覚めては、少量の食事を摂って、又、眠り。と、寝て起きてを繰り返しながら、少しずつ、起きている時間が伸びていった。
その短い覚醒時間に、私は、アラン様にリリアンお嬢様にはお二人の帰国をお知らせしても良いものかを、尋ね、アラン様は、長い時間考えて、頷いた。
「但し、ここにニッチング公爵令嬢が来てから、私達の事を話すように。それまでは、別の用事で来てもらう様に偽装するならば、だ。」
ごくり、と思わず、息を呑む。リリアンお嬢様すら警戒しなければならないの?
一体、何があったんですか、アラン様。
そして、今日。
「ニッチング公爵令嬢、ケイティ。これから話す事は、紛れもない真実だ。」
深いため息を一つはいて、客室のベッドに身を起こしたアラン様は、あの日、旅立ってからの事を話始めた。
病を引き起こす原因となった魔物・虎狼狸が潜むと言う、リンクス王国東の西方山脈に向かったアラン様は、そこで、虎狼狸の情報を探しつつ、山脈内の魔力だまりを散らしては、発生した魔物を狩っていたフライス王太子一行と合流した。
帝国とリンクス王国とで、定期的に行っていた魔物狩りと魔力だまりの解消が、流行病のせいで、ここ数年は十分に出来ていなかった。だから、魔力だまりが澱み、その澱みに当てられた魔物が大量に発生していたんだって。
ここまでの話で、リリアンお嬢様の眉間に皺が寄っている。
「これは、魔物討伐隊の問題ではなく、国同士の国境の安全管理の問題ですわ。」
隣合うリンクス王国とモンハンナ帝国の国境は、西方山脈、と定められている。けれど、西方山脈のこちら側と向こう側、というあいまいな国境に、ここ数年、トラブルが絶えなかったのも事実らしい。
そんな国同士の難しい話は当然、私達平民には知らされないけど、王太子妃として教育を受けていたリリアンお嬢様は、当然、知っていた。
どうやら、フライス王太子が早々に討伐隊から抜けて帰城したのは、そんな微妙な土地に、長々と王太子が滞在する事の危険を避けたのだろう、と言うのが、リリアンお嬢様の見解だった。
アラン様の話は続く。
虎狼狸と思わしき魔物には遭遇しないまま、狩っても狩っても、減る事がない魔物に、討伐隊も疲弊する。長期に渡る遠征にフライス王太子には親衛隊と共に帰国命令が下り、魔物討伐隊はおよそ半数の100名となった。
ちょっと、帰り過ぎじゃない?
残されたアラン様達の負担が大きいんじゃないの?
私の憤りは顔に出ていたのだろう。アラン様は、ちょっと笑って、「精鋭部隊を選抜したんだ。」と言った。
「討伐に参加した騎士達は、特に、光の乙女と共に戦えることを誇りに、自薦してきた者たちばかりだったから、彼らの光の乙女への忠誠心は高かった。それが、かえってよくなかったのかもしれない。勝手に期待して、勝手に失望して、期待が大きかった分、失望も大きく、それが蔑みへと変わった。」
ようやく遭遇した虎狼狸との戦いで、ルミナは全く動けなかった。
突然現れた馬小屋程の大きさの魔物は、愚鈍そうな丸いフォルムからは、想像がつかない速さで、ルミナに飛び掛かった。ルミナの盾となった騎士達が吹き飛ばされ、真っ赤な血しぶきが飛ぶ。
目の前に命の危険が迫った時、ルミナは震えるばかりで全く何も出来なかった。
「はぁ!?そんなの当たり前じゃない!」
皆、ルミナに何を期待していたんだろう。
一瞬で、魔物を浄化してしまう事?
「冗談じゃない。ルミナは私と同じ、16歳なんだよ。騎士様みたいに、戦いに慣れている訳じゃ無い。咄嗟に反応なんて出来る訳が無い!」
あまりの理不尽さに涙が出来て来た。
勝手に光の乙女と持ち上げて、望みもしない王宮暮らしを強要して、その浄化の力を使って魔物を倒せと、辛い旅に連れ出して、連れ出した本人(王太子)は、さっさと安全な王都に帰って。
なんで、そんな目にあってるルミナが、更に、蔑まれなきゃならないの!?
「どうして、そんな事に?光の乙女ルミナ様をお守りする事は、騎士達にとって王命の筈。」
リリアンお嬢様が、悔し涙を流す私を抱き締めながら、信じられない、とアラン様を睨みつける。
それは、アラン様にとっては、全くの理不尽な非難の視線だっただろうに、アラン様は怒る事なく、受け止めて、淡々と事実を語る。
「これまでの魔物討伐は、斥候の騎士達が、魔物の動向をきちんと把握した上で、わなを仕掛けたり、おびき出したりと、戦う場所を自分たちで決めていた。当然、準備万端で臨んだそれに苦戦する事は無かった。偶発的に魔物と遭遇する事はあっても、虎狼狸のような未知の魔物で無ければ、騎士達が後れを取る事は無い。ルミナは後方で、支援魔法や防御魔法を唱えるだけでよく、前線で魔物と直接対峙した事は無かった。」
けれど、虎狼狸戦は違った。
自分を庇って大怪我をした騎士。辺りを覆う魔物の放つ瘴気。それに惹かれて集まって来る魔物の咆哮。
そこは紛れもない戦場で、ルミナにとっては初めての未知の恐ろしい場所だった。
幾人かの犠牲を払い、寄って来た魔物たちと虎狼狸を討伐した後、アラン様達は既に、引き返すよりは、このままモンハンナ帝国側の街に降りる方が、早く、安全、な場所に来ていた。
雪がちらつき始めていた。流石に峻険な西方山脈山中で越冬は出来ない。
アラン様はモンハンナ帝国入りを決意する。
けれど、突然国境の山脈を越えて100名近くの軍隊が姿を見せれば、一つ間違えば、戦争になる。
モンハンナ帝国帝都に使者を送り、分散して麓の村で傷を癒しながら、その返事を待っている間に、ルミナと騎士達の亀裂は拡がっていった。
光の乙女の務めが果たせないのは、ルミナが怠けて、治癒魔法の修行をさぼっていたからだ。
そう、騎士達の多くが信じ、ルミナを蔑ずんだ。
「何を!」
そのあんまりな言い分に、私は絶句した。リリアンお嬢様も怒りで血の気が引いている。
さっき、ルミナが支援魔法や防御魔法を使ったと聞いて、私は内心びっくりしていた。
私が知るルミナが使える光魔法は、浄化の魔法だけだった。
例えるなら、火魔法を使う魔術師は、普通、水魔法を使えない。同じように、光魔法を使うルミナがそれ以外の魔法を使うなんて、本来、あり得ない。
大体、魔物討伐の旅に出るのは、ルミナが10歳の洗礼式で光魔法に目覚めた後、神殿入りする神殿ルートでのメインイベントだ。そのシナリオでは、ルミナは15歳で既に、一人前のシスターとして活躍している。その時の彼女が、治癒魔法だけでなく、状態異常からの回復魔法も使えたのは、彼女の5年間の絶え間ない努力と女神さまの加護があったからなのに。
「元々、光魔法自体があまり知られていない属性の魔法だ。”光”と言う名のイメージから、治癒や回復など、癒しの魔法を想像したのかもしれない。魔術師ではない騎士たちは、魔法の系統の違いを理解していないのかと、私が説明しても、彼らの反応は鈍かった。」
その時の事を思い出したのか、アラン様の瞳がギラリと強い光を帯びた。
「騎士達にそんな誤った解釈を与えたのは、シスター・アミだった。」
食いしばった歯の間から、言葉が押し出される。「俺は、ずっと、気付かなかった。」
「あの女は、俺たちをずっと騙していた。」