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ミッション 16 

結局、アラン様は魔物・虎狼狸について、何一つ新しい情報はつかめないまま、討伐部隊に合流する事になった。

王都を出発する当日、うちの宿屋に寄って下さった。

「ルミナの事は、心配いらない。必ず、無事に連れて帰って来ると約束する。」

私の頭をポンと軽く叩いて、口元を緩める。


初めてアラン様に会った日。

ルミナと二人攫われて、いらない私は縛られたまま、馬車から放り投げられた。

空高く放り投げられ、地面に叩きつけられると思ったその時、体がふわりと浮いた。

アラン様の風魔法で助けられた私に、アラン様はさっきと同じセリフを言った。

「心配いらない。君の友達は、必ず無事に連れて帰ると約束する。」

そして、アラン様は約束を守って、ちゃんとルミナを連れて帰って来てくれた。

「はい。知ってます。アラン様は絶対に約束を守ってくれるって。

美味しいご飯を用意して待ってます。

だから、」

私は、教会ルートの結末を知っているけど、乙女ゲームのシナリオから外れてしまっている今、魔物討伐に向かったルミナやフライス王太子、アラン様たち攻略対象がどうなってしまうのか、本当の所、自信は無い。

悔しいけど、あのお助けキャラ・肉食シスターがルミナの傍にいるなら、そしてあのお助けキャラ・肉食シスターがアラン様推しだから。きっと、きっと、大丈夫。


私の頭に置かれていたアラン様の手が、戸惑ったように頬に触れた。

「困ったな、泣いている女の子の扱いは、わからないぞ。」

正面にアラン様の麗しいお顔があった。けど、どうしてか、そのお顔がぼやけてよく見えない。

           

私は馬鹿だ。

学園ルートの流行病回避しか考えていなかった。

まさか、学園ルートと教会ルートのメインイベントが両方とも起こるなんて、考えてもみなかった。

これも、シナリオの強制力、なのかな。

きちんと学園ルートを攻略しなかったから、教会ルートのメインイベントが発生したのかな。


「大丈夫だ、ケイティ。私はこれでも魔導師長だ。魔物の一匹や二匹に後れを取りはしない。虎狼狸とやらも、病の魔物とは言え、光の魔力をもつルミナもいる。無用に怖れることはない。」

幼い子供をあやすような柔らかな声で、私を元気づけようとしてくれる。優しい。好き。

ってそうじゃなーい。

「・・・うん。」

辛うじてそう言えた。

ホッとしたようなアラン様の笑顔がプライスレス。

「気を付けて。無事に帰ってきてください。」

「勿論だ。」


虎狼狸が流行病を発生させる大本の魔物と言うのなら、それに対し、抗菌作用のあるハーブティーなんかじゃ気休め程度にもならない。けど、討伐の過程で体調を崩すイベントや薬草採取を受注するイベントがあった。だから、思い出せたお役立ちアイテムをいくつか渡す。

それらを鞄に詰めて、アラン様は魔物討伐に加わるべく、夏の終わりに王都を旅立って行った。



それからも、私の生活はいつもと変わらず、朝起きて、宿泊客の食事の準備や部屋の掃除など宿屋の仕事を手伝い。午後は、近所の人達と井戸や用水路の見回りや、施療院の手伝い。夕方から夜は、宿屋に付随した食堂が混雑するから、弟のキートの子守をしながら、洗い物を手伝う。その後、キートを寝かしつけて、自分が眠るまでが、私一人の時間だ。

子供部屋の窓から外を見る。

まだまだ、階下の食堂は賑やかで、こればっかりは、流行病の蔓延の余波で外出規制が続いていようと、衰える事は無かった。


ゲーム画面の中の王都は、灯りがまばらで、陰鬱な気が支配していた。

今、私の目に映る、いくつもの生活の灯り、一つ一つが奇跡。

部屋の中に視線を戻すと、すやすやと眠っているキートの寝顔が安らかで嬉しい。

ヒューヒューと細い息を吐いて、瘦せこけた頬と落ちくぼんだ目の土気色の肌の子供は、そこにはいない。ふくふくとしたピンク色のほっぺですやすやと安らかな寝息を立てて眠る子供。


リンクス王国は守られた。パンデミックは起きなかった。

私達はそう遠くない未来、流行病に勝つ。

だから、きっと。


厳しい夏の終わりに、大きな風がリンクス王国の穀倉地帯を襲った。リリアンお嬢様が領主代理を務めるニッチング公爵領もその風の通り道にあった。が、それを予想していたかのように、今年は、早めに刈り入れをするように、領主代理が通達を出していた。その言葉に従った村は、いつも通り、いやむしろ、効率的に作業を行った為、暴風の被害を逃れた。一方、経験の乏しい若い娘の言う事、と領主代理の言葉を聞き流した村では、壊滅的被害を受け、来年植える種さえ確保できなかった。


リリアンお嬢様に自然災害の可能性を示唆したのは、私だけれど、きちんと取り組んで対策したのは、リリアンお嬢様で。領地に赴任してから進めた政策で、ニッチング公爵領は、王国有数の豊かな領になっている。この冬に餓死者を出さないよう、王国全体を巻き込んで、食料の分配が差配された。


その年の終わりに、フライス王太子とシャンブレー・オックスフォード率いる親衛隊が王都に戻って来た。

一国の王太子が、長々と王都を空けておくわけには流石にいかない。更に、討伐部隊は隣国を越えたその先に向かっている。フライス王太子の安全面から、これ以上の遠出は許されなかった。


寒さが厳しくなってくると、王都の宿屋には、宿泊客が減ってくる。毎年の事ではあるが、冬期間の移動は色々不自由な事が多く、商人の流入がめっきり減るのだ。それでも、光の乙女を育んだ(と宣伝している)教会を訪れる熱心な信者がいるお陰で、お客さんが一人もいない日は無い。


この日もそんな信者の一人がルミナの情報を持ってきた。

「聖女様と光の乙女の一行は、とうとう、魔物の長を討伐したそうだ。」

「魔物の長?」

「おうおう、その話、俺にも聞かせてくれよ。」

俺も俺も、と、信者を囲み、既にもうアルコールで気分よく出来上がっていた近所のおじさんたちが、声を上げる。


西方山脈が雪で閉鎖される前に、とルミナ達は虎狼狸の巣のあると思しき、山の奥に分け入り、その巣を発見。多くの犠牲を払いながら、討伐に成功した、と言う。

全く、詳しい状況が分からない。

それでも、病の魔物が倒された、浄化された、と聞いた人々の顔は明るくなる。

「これで、来年は安心だな。」

などと言いながら、次々とエールを頼んでくれる。

売り上げが上がるのはありがたいけど、ちょっと楽観視、しすぎじゃないのかな。

でも、魔物討伐が終わったのなら、アラン様は、ルミナは帰って来るんだ。


けれど、年が明けて、春になっても、夏になっても、二人は帰って来なかった。

魔物討伐に出ていた騎士団は、とっくに王都に凱旋していたのに。

光りの乙女は帝国に寝返ったとか、聖女様は監禁されているらしいとか、色んな噂が流れている。けれど、本当の所は、何が起こっているのか、下町の平民にそんな情報は回ってこない。

私は無事を祈るしかなかった。


私は16歳になっていた。


帝国との戦争の噂もささやかれ始めた。




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