ミッション 14
あの、王宮でルミナに会った日から、既に1年が経とうとしていた。
ルミナと血の繋がりが無いことから、市井に留め置かれたルミナ父は何度も不可解な事故に巻き込まれ、今は、店を畳んで、うちの宿屋で一緒に暮らしている。ルミナ父の美味しいパンが宿代だ、と私の両親は、この同居を歓迎しているが、ルミナ父は申し訳なく思っている様子だ。それと言うのも、ルミナ父を狙うのが、ルミナを意のままに操りたい貴族や教会、果ては隣国の関係者と複数いるからだ。
乙女ゲームでルミナ父が早々に殺されてしまうのも納得の襲撃者軍団だ。
ルミナ父や彼を匿っている私達家族が無事なのは、偏に、リリアンお嬢様とアラン様のおかげだ。
お二人は、私達を守るために、陰ながら騎士さまと魔道士さまをつけてくれている。
この一年、色々な事が起こった。
けれど、フライス王太子の婚約者の変更は、市井に暮らす平民の暮らしには大きな変化を与える事は無い。
私はいつもの様に宿屋を手伝っている。
ルミナがいなくなって作れなくなってしまった浄化の力を込めた活性炭だったけど、炭の消臭・吸湿効果は浄化の力の付与が無くても、十分有効だともうみんな知っている。だから、炭関連の商売は、チャルカ母に丸投げした。チャルカ父が鍛冶屋で、何を作るにせよ、大量の炭が必要だった。だから、最初、チャルカ父の伝手で炭焼きのおじさんを紹介してもらったんだ。もう、私が間に入る必要はないから、チャルカ父母に任せてしまう。
色々作っていたハーブ関係のアイテムもリリアンお嬢様の領地で、ハーブ栽培を始めたから、全部お任せする事にした。ハーブって、知らなきゃ雑草?って思うぐらい、繁殖力の強い物が多いから、沢山作れるし、逆にたくさん作らないと元手はとれないと思う。色々アイデアはあるから、リリアンお嬢様との文通は楽しい。
浄化石は、最初からアラン様たち魔導師様と開発した魔道具だけど、ルミナの光の魔力があってこそ、のアイテムだから、もう二度と作れない筈だった。
だけど、お助けキャラ肉食シスターが修行と称してルミナに浄化石を作らせようとしている事を知ったアラン様は、浄化石の権利を教会に売りつけた。売り上げの何割かをアラン様に支払う、と言う形での売却だから、教会が頑張って売れば、利益の一部がアラン様の手元に入る事になった。ルミナの大変さは変わらないけれど、その利益で、アラン様は魔導師の学校を作った。
アラン様は歴代最年少の魔導師長として、新しい魔法の開発に携わる傍ら、国中を飛び回り、魔力持ちの平民の発掘を積極的に進めている。
魔力持ちは貴族に多いけど、平民に皆無、と言う訳では無い。
ルミナ母のように、貴族出身者が何らかの理由で市井に下る事はまれでも、低位貴族が、裕福な平民と婚姻を結ぶ事は、それなりに起こっている。ただ、低位貴族は元々の保有魔力量が少ないため、平民との間に出来た子供に魔力持ちが生まれる確率は、とても低い。
けれど、とても低い≠ゼロ、なのだ。
そう言う市井生まれの魔力持ちは、貴族のように魔導師にはなれない。けれど、きちんと、力の何たるかを学べば、彼らは魔力を有効に使うことが出来る筈。そう考えたアラン様は、魔力持ちの平民たちの為の学校を作った。
保有魔力の少ない(事が多い)平民の魔力持ちたちでも、きちんと教育を受ける事で、簡単な魔法を使うことが出来るようになった。彼らは、魔道士と名乗り、王都だけじゃなく、各地の施療院や騎士団施設などで、普通の平民より、少し良い待遇で働いている。
平民の魔導師=魔道士さん達の中には、手先の器用な人もいて、様々な工作をしてくれて助かっている。
濾過装置や集塵機、保冷庫など、衛生管理に必要なアイテムを、彼ら彼女らと一緒に開発した。お助け肉食シスターや私と同じく、前世の、と言うか日本の記憶を持っている人がいるのかもね。私の曖昧な記憶頼りの”こんなのあったら便利”、を形にしてくれる。知識チートできる人はバンバンやっちゃって欲しい。医療や薬の知識がある人、ホントにどこかに転生していないかなあ。
アラン様は魔導師長になってから、魔導師さま達の意識改革も進めている。だけど、王宮勤めでプライドの高い貴族出身者ばかりだから、道のりは長いみたい。
チャルカは、もう、この街にはいない。
ルミナが王宮に連れ去られてから、どうにか取り戻せないものかと、色々駆け回っていたけれど、彼女が消えて半年ぐらいたったある日、突然いなくなった。
「大切なものを取り返すために強くなる。」
そう言って家を出て行ったんだって。
大切なもの、がルミナを意味する事はチャルカの両親も分かっていた。
だから、余計にお父さんは怒っていて、お母さんは心配している。
だって、今やルミナは、フライス王太子の婚約者で、国中から尊敬される光の乙女だから。
下町のしがない鍛冶屋の息子の嫁に、来てくれるはずがないって。
チャルカは、
多分、暗殺者ギルドに加わっている、と思う。
どうしてわかるかって?
いつだったか、豪奢な馬車に乗ったお助けキャラ、肉食シスターがうちの宿屋に現れ、嫌味たっぷりに、今のルミナが如何に大切に扱われ、何不自由ない贅沢な暮らしをしているかを報告に来た。その時、ついでのように付け加えて言ったから。
ルミナの事を心配するチャルカに、暗殺者ギルドの存在を囁いたって。
『ちょっと年が上がったけど、隠しキャラのスペックならいい所まで行くでしょ。』
って、日本語で呟いているのを、ちゃんと聞いたわ。
チャルカの馬鹿。
チャルカが暗殺者になって助けに行った所で、ルミナが喜ぶわけ無いのに。
折角、隠しキャラ・チャルカルートを回避したと思っていたのに!
勿論、肉食シスターは塩を撒いて宿から叩き出してやった。
って言うか、あんた出禁にしたよね。何当たり前の顔して、ここにきてるのよ!
教会公認の聖女?
それが何?
あんたが、この地域に立ち入り禁止になったのは、それこそ、教会と王国が共同して認めた事だよ。
肉食シスターはギャンギャン喚いて、帰って行った。
でも、どこからも何のお咎めは無かった。
年が代わって、私たちは15歳になった。乙女ゲーム開始の年だ。
12歳の学園入学には間に合わなかったルミナだったけど、去年、特例処置で編入を許された。その直後から、フライス王太子にシャンブレー・オックスフォード、ギャバジン・ツィルら攻略対象者たちが、彼女を守るように傍に張り付くようになる。婚約解消されたリリアンお嬢様は、直ぐに飛び級で卒業資格を得て、学園に通わなくなったにもかかわらず、ルミナを虐める悪役令嬢と呼ばれた。当然、その一連の動きの中心はお助けキャラ・肉食シスターだ。お助けキャラ肉食シスター・シスターアミは、アラン様たちからルミナの魔法の指導担当を引き継いだ(強奪した?)。彼女は、ルミナの学園編入を強力に後押しして、なんと自分も学園にも出没するようになった。
・・・うん、気持ちはわからなくもない。聖地巡礼って奴だね。私も、ルミナの入学シーンとか、生で見れたなら見たかったよ。でも、これから起こる流行病を回避する。それが、今生での私の生きる意味だからね。つまらない憧れで、失敗。そんな事は出来ない。
乙女ゲーム開始の年になったせいか、この年、じわじわと拡がりをみせていた病気が、世界各地で爆発的に拡大した。
呼吸が次第に苦しくなり、最期には、上手く息を吸えなくなり、ヒューヒューとした空気が漏れる様な音と共に、命も零れ落ちる。その死を呼ぶ笛の音のような呼吸音から、魔笛病、と名付けられた流行病のせいで、この年、いくつもの村や町が地図上から消えた。
この国リンクス王国での患者数は、近隣諸国と比べると随分少ない。他国のようにパンデミックが起こらなかったからだ。
理由は明白。
光の乙女ルミナが、いるからだ。
そう、教会は布教した。
教会を通して売られる、光の魔力の籠った聖水や浄化石が、流行病を遠ざける、と貴族達がこぞって買い求めた。高価なそれらの品に手が届かない庶民は足繫く教会を訪れ、女神に祈り、加護を願った。
神父様やシスターたちは、平民の願いに答え、女神の護符を売り出す。
これを身に付けておけば、病気にかからない、と言う代物だ。
眉唾と思うでしょ。でも、この魔法のある乙女ゲームの世界では、本当に信仰心の高い聖職者が願いを込めて描いた護符には効果があるんだよ。
乙女ゲームあるあるの好感度アップ用のクッキーとかのアイテムと同じ類。
ただし、聖職者が全員信仰心が高いかは、別。
リンクス王国で流行病患者が少ない本当の理由は、病原菌の持ち込みを制限したから。国王陛下の在位20年記念式典は、他国の貴顕を招かずに乙女ゲームのそれに比べ、かなり規模を縮小して行われた。数日に渡って繰り広げられるはずの王都のお祭りも、1日だけで、パレードは無く、王宮前広場での式典のみになっていた。
貴族の中には、不満を訴える人達も多かった、とアラン様から聞いた。市井でも、この記念式典を稼ぎ時と期待していた人は多かったから、それはよくわかる。うちの宿屋も、キャンセルが相次いで、お父さんが頭を抱えていた。
だけど、その判断が正しかった事は、すぐに証明された。
近隣諸国での流行病の恐ろしい噂。増え続ける患者に、なす術もない各国の現状。
自分たちにも、いつ襲い掛かるか知れない不安。そんな恐怖が、国中に蔓延り、人々を教会に走らせた。
国外との移動は制限され、経済もそれにつれて活気を失いつつある。
そんな中、ルミナの存在は、言葉そのまま国民たちに”光”を与えていた。
光の乙女がいるなら、今は辛くても、未来はきっと明るい。
王家の初動の正しさが流行病の国内への持ち込みを大幅に制限した。光の乙女の力が、持ち込まれた病気を抑えている。その光の乙女と王太子が協力して、流行病対策に取り組んでいる。
それは、希望、だった。
そして、今。王都に壊滅的な被害をもたらすはずの流行病が、予断は許さない中、一応の制御下にある現状で、
お助けキャラ肉食シスターが、魔物討伐の旅を国王に進言している。
そう、アラン様、が、言った。
ミッション14
流行病のパンデミックを阻止しよう