ミッション 9
ギャバジンのせいで、井戸の浄化を止める事にルミナが罪悪感を持ってしまった。
なんで、王都中をルミナ一人が浄化して回らないといけないのか、私には全然、わかんないけど、やれるのにやらない、って言うのが、ルミナを押しつぶそうとしているのは、わかる。そんな人、世の中には掃いて捨てるほどいるのにね。でも、そんなルミナだからこそ、女神さまの光の乙女に選ばれたのだろうけど。
肉食シスターもうちの宿屋は出禁にした。だって、もう、ルミナは彼女に教わる事なんて何もないもの。アラン様やリリアンお嬢様の手配してくれる教師で、十分。
ギャバジンが来た後、アラン様に相談して、井戸の浄化は止める代わりに、浄化のアイテムを作る事にした。元ネタは前世の活性炭ね。
この国では、魔法は貴族の専売特許だから、私達一般庶民は、火起こしを使って、竈に火を入れ煮炊きしている。燃料は薪だ。だから、炭もある。
そこで、炭にルミナの光魔法をかけて、井戸に沈める事にした。使用量にもよるけど、大体、夏場は毎月、冬場は2か月に1回、の交換で、井戸水は清浄に保たれる筈。
だけど、本当は、一番大切な事は、井戸の傍に汚水や汚物を捨てない事だ。井戸水は地下水だ。井戸の傍に汚物があれば、汚れが溶けた雨水がすぐそばの地下水となって、井戸水に混じる。非衛生的な事、この上ない。
ルミナが訪れて直接浄化した井戸なら、その辺の事を徹底出来る。ルミナが、皆の見ている前で綺麗にしてくれるのだから。光の乙女がわざわざ来て、綺麗にしてくれた場所で、排泄しようなんて言う人間、いたら、近所の人たちが許さないでしょ。
だけど、この炭は、地味だし、いくら光の乙女お手製と名打った所で、有難みも信憑性にも欠ける。何より、教会の協力も断った私達には、あの肉食シスターからの報復が待っていた。
”光の乙女ルミナを騙る偽物が、井戸に毒を撒いている、らしい”
そんな悪質な噂が、私たちの行く先々で待っていた。この”らしい”が、ね、抗議しようにも、「私たちも、困っておりますのぉ。一体、誰が流した噂なのでしょうかぁ。」と如何にも、自分たちも聞いただけ、と言う立場を取られて、躱されている。
流石に、石を投げられ、怪我をした私を見たルミナは、もう、井戸を浄化したいとは言わなくなった。代わりに魔導師様達と相談して、水晶に光の魔力を込めた浄化石を作った。流石に炭よりはかなり強力で、井戸の大きさにもよるけど、1個で三か月位、井戸水が浄化される性能。だから、ちゃんとお金も取った。殆ど材料費だけだけど。魔導師様主体で、下町の各地区の代表に井戸に使う事を約束させて、最初の1個は無料で配った。
丁度、水の痛みやすい暑い時期に始めたから、浄化された水の美味しさは、誰もが理解した。だから、2個目以降は、文句なく買ってもらえた。
どこかの地区で、井戸に使わず、懐に入れた代表さんがいたみたいだけど、隣の井戸水と味を比べればわかる事なのにね。すぐにばれて、代表さんは住んでいる所を追い出されたみたい。勿論、そんな事、ルミナの耳には入れてない。あの子は人の善性を信じているからね。
お役目を果たせなかった炭も、勿論、無駄にはしない。ちゃんと役立てているよ。
あちこちに配るつもりで作ったからね。結構、沢山あったの。折角、ルミナの光魔法がかかっているんだから、捨てられないでしょ。前世で、消臭や除湿剤に使っていた事を思い出して、宿の台所、粉物の倉庫に置いたり、予備のリネン類を仕舞っているクローゼットに入れている。
で、ルミナの護衛に付いてくれていた騎士様が、雨の日の翌日の鎧の湿気と匂いに悩んでいたから、炭を分けてあげたら、これが、大好評。
噂が噂を生んで、騎士団に納品する話まで出たんだ。
取り敢えず、リリアンお嬢様に相談して、ニッチング公爵家ご用達の商会に丸投げする事にした。
昔、リリアンお嬢様と私を繋いでくれたあそこの商会ね。恩返しが出来て良かった、と思う。
そして、ルミナの作った浄化石は井戸だけじゃなく、今では、色々な所に使われている。救護院もその一つ。
一人一人の病人をルミナが癒す、なんて出来る筈ない。だけど、彼女の作る浄化石なら、お医者様が診る前に、患部を清浄に出来るし、血液や吐しゃ物、その他の汚物も浄化して、救護院全体をクリーンに保つこともできるからね。
そんな救護院の一つに、今、私は、浄化石を届けに来ている。
私とルミナは13歳になった。
もし、ルミナが学園ルートを選んでいたら、去年、学園に入学して、今、この場にはいなかったはず。
だけど、ルミナは今でも、我が家の近所でパン屋の看板娘をしながら、時々、光の乙女のボランティア活動をしている。それを認めて、支えてくれたのは、乙女ゲームでのルミナのライバル、悪役令嬢のリリアンお嬢様だ。
私達は時々、救護院の視察に訪れるリリアンお嬢様と訪問日を合わせて、交流している。リリアンお嬢様と王太子殿下との仲は順調だ。時々、救護院の視察にもご一緒されている。因みに、ギャバジンとシャンブレーは王太子殿下の側近ではあるけれど、視察に同行はしない。ルミナが救護院に来ることも知らされていないらしい。アラン様は、今年、最年少の魔導師長に選ばれた。乙女ゲームより二年も早い。流石!ルミナの浄化石のおかげ、ってアラン様は言われたけど、そんな訳無いよね。
で、主人公のルミナは、と言うと、チャルカと良い感じではあるけど、まだ、幼馴染の域を出てない感じ。まあ、まだ13歳だしね。
「ケイティ!」
救護院の裏庭で、洗濯物を干していたら、リリアンお嬢様が、院長室から、私に手を振ってくれた。視察は一段落ついたみたい。
相変わらず、綺麗だなあ。金髪が眩しい。
乙女ゲームのスチルと違って、ドリルヘアじゃ無いし、ボンキュッボンのけしからんボディではあるけど、露出も控えめで、悪役令嬢の欠片も残ってない。
「リリアンお嬢様、ご無沙汰しております。」
今日は、隣にフライス王太子がいるからね、ちょっと余所行きの挨拶。
「ケイティも元気そうね。会いたかったわ。ルミナさん、ごきげんよう。」
ルミナはお助けキャラ仕込みの、綺麗なカーテシーを見せる。
あの肉食シスターは、余計な事もするけど、ルミナが貴族社会に入っても後ろ指差される事の無い様に、教育はしっかり、してくれていた。その点はホントにお助けキャラなんだけどね。
その肉食シスターは、今、王都にはいない。ギャバジンとひと悶着起こし、井戸の浄化を止めた後ぐらいに、隣国との国境近くの教区に移動になった。
ルミナを教会に取り込むのに、失敗した責任を取り、自ら、辺鄙な田舎に移動を願い出た、とは、いつも彼女を宿屋に送り届けていた王宮騎士さまたちから聞いた話だ。だけど、私には信じられない。あの、あの肉食シスターだよ。全ての攻略キャラに絡み、ルミナをダシに自分を売り込んでいた、あの!お助けキャラとは名ばかりのシスター。
それに、彼女が移動した教区。
「あの方角って・・・。まさか、ね。」
「どうか致しまして、ケイティ?」
小首を傾げて私の顔を除くリリアンお嬢様が、可愛い。
いつもの公爵令嬢然としたキリリとした表情も、勿論、眼福だけれど、今みたいに、ちょっと油断した感じもいい。隣のフライス王太子の顔も緩んでるね。
「あああぁ、すみません。ちょっと、」
慌てて、言い訳しようとした時、ぶわりと、生暖かい風が吹いた。
その風の中に、微かに焦げ付いたような、煙の臭いが混じっているような気がした。
『大丈夫、まだ、二年ある。』
乙女ゲーム本編が始まるまで、まだまだ、出来る事はある。思わず、こぶしを握り締める。
「ケイティ?」
驚くリリアンお嬢様に笑いかける。
綺麗で優しいリリアンお嬢様。大好き。あなたを悪役令嬢なんかにさせません。
「お腹が空きました。ルミナのお父さんが作った新作パンを持ってきたんです。リリアンお嬢様も一緒に食べませんか?」
リリアンお嬢様がフライス王太子と顔を見合わせて笑う。
「ケイティっていつもいきなりね。でも、ありがとう、頂くわ。」
粗末な木の椅子に座って、救護院の子供たちと一緒に平民の食べ物を分け合って食べるフライス王太子なんて、出会った当初なら、想像も出来なかった。そんなキラキラ王子様が、今は、何の抵抗も無く、同じピッチャーからハーブ水を自ら注いで飲んでいる。
上手く、フラグを回避出来てるといいな。
ミッション 9
学園ルートを回避しよう




