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ミッション 1

「光の魔力?」

「光の乙女だ。」

「おぉ、女神よ。」

そんな言葉が神父さんたちの間から、徐々に教会全体に広がって行く。

今日は冬至。その年に無事10歳を迎える事の出来た子供達に、洗礼を施す日だ。ただでさえ死亡率の高いこの世界で、10歳以下の子供の死亡率は更に高い。だから、10歳までは子供は女神さまからの預かり物で、10歳の洗礼を受けて、初めて、人の仲間入りをする、と考えられている。幼くして亡くなった子供は女神さまの元に帰っただけ、と信じて、喪失の悲しみを誤魔化すんだ。


洗礼式では子供一人一人が名前を呼ばれて、ステンドグラスの下、女神像の前に立つ。そこで、神父様からおでこに聖水で祝福の印を描いてもらう。おしまい。

普通は何も起こらない。

ところが、今、女神像の前でオロオロとしている幼馴染の少女は、額に描かれた聖水の文字が、輝いたのだ。

そんな彼女をぼーっと見ていた私は、いきなり、頭の中に流れ込んできた映像がもたらす爆発しそうな痛さに叫び出したいのをぐっとこらえている。


キュルキュルキュルと音を立てて早送りになる映像。目の前の少女が成長し、恋をし、愛する人と結婚するハッピーエンドのラブストーリー。そこまでの行程にはいくつかの道筋があって、恋のお相手が王子様だったり、宰相の息子だったり、騎士団長の息子だったり、若き魔導師長だったり、隣国の皇子だったり。どれも山あり谷ありの冒険を越えて愛をはぐくむ物語だったけど、その全てに登場する、主人公の少女を助けるお助けキャラが、今、まさに、彼女を抱き締めているシスターだった。

慈愛の籠った瞳で優しく主人公のピンクブロンドのふわふわ髪を撫でて、「あなたはこれまで通り家族と共に市井で暮らす道と、教会に入り女神さまに使えるシスターとなる道とがあります。どちらを選んでも、困難が待ち受けているでしょう。けれど、女神さまはいつもあなたの傍で、見守っていますよ。」って、チュートリアル画面で流れるセリフを言うはず。


って、何、あの顔!

あれのどこが慈愛の籠った瞳なのよ!


にまにまと抑えきれない緩んだ口元。ギラギラと執着する目つき。少女を撫でる手さえ、捕らえた獲物を二度と離すものかと絡みついた蛇のよう。

『えへへ、逃がさへんでー。』と言う吹き出しが見えそうな肉食女子の表情をしていた。そして、何と「今日からあなたは立派な光の乙女になるべく、この教会で暮らすのです!私が一から十まで、乙女の何たるかをお教えしますぅ。」と宣言した。

『ちょっと待ったぁー。』

私は思わず、心の中で叫んだけど、周りでもそう叫んでいる神父さんたちがいたから、きっと声に出していても気付かれなかったと思う。シスターががっつりと捕獲した少女を救い出そうと、必死にシスターを説得している。

流石に主人公の女の子は助けを求めるように教会の中を見回したけど、今、ここって、同年代の子供しかいないんだよね。親たちは洗礼が終わるのを教会の外で待っている。


そして、ばっちり、私と目が合った。


一瞬、気が付かないふりをしてしまおうか、と思った。

だって、どう考えたって、面倒くさい。


キュルキュル回る映像は終わっていたけれど、私にはここが、大人気乙女ゲーム『光の乙女は愛を紡ぐ』の世界だと気が付いてしまった。

彼女、主人公の少女、デフォルト名はルミナ。ラテン語で光を意味するピンクブロンドのふわふわした巻き毛とエメラルドグリーンの瞳。ピンクの可愛らしい唇に、白磁の肌。とても王都の下町のパン屋の娘には思えない容姿をしている。

それもそのはず、彼女は隣国の公爵の隠し子、正真正銘のお貴族様、なのだ。

この世界には魔法はあるけれど、それは貴族の血筋にのみ現れる。所謂、血統遺伝という設定だ。しかも劣性。だから、貴い血x貴い血のハイブリッドで無ければ、魔力は薄まって行くので、貴族は貴族以外と婚姻する事は滅多にない。たまに平民に魔力持ちが生まれる事があるけど、それは本当に奇跡に近く、先祖に貴族がいた先祖返りでは無いか、と言われている。


『光の乙女は愛を紡ぐ』の設定集によると、ルミナの母親は亡国の貴族。だから、ルミナが魔力を持つのもお相手によってはおかしくはない。ただし、ルミナ母は国が滅びた時には、生まれたばかりの赤ん坊だったから、自分の血統に魔力が宿っている事は知らなかった。更に忍ぶ恋のお相手が貴族とは欠片も思わなかったから、今日、この洗礼でルミナが光の魔力持ちと判明してびっくり!の展開となるのだ。因みに、お忍びでアバンチュールを楽しんだ隣国の公爵は、今の段階ではルミナを認知していない。認知するのは乙女ゲームが始まり、隣国の皇子ルートに入った後のことである。鬼畜か!


うーん、そう考えると、結構、主人公の設定には思うところがあるよね。けれど、この場合、一番かわいそうなのはルミナ父、パン屋のお父さんなのだ。ルミナ母を大切にして連れ子であるルミナにも愛情を注いで育てたルミナ父は、ルミナがどのルートを選んでも死んでしまう運命だ。だってそうならないと、ルミナの本当の父親=隣国の公爵が名乗り出ないんだよー。ルミナに公爵令嬢の身分を与えるためだけに殺される、って、やっぱり鬼畜だ。


そんなルミナ父は、私の家にとって重要な人物でもある。

私の家は下町で宿屋をやっている。ルミナ父はその我が家に毎日焼きたてのパンを届けてくれるのだ。我が家はルミナ父のパンで成り立っていると言っても過言では無い程、お世話になっている。なにせ、王都で宿屋をするなんて、競争が激しいのだ。泊まってもらうには、ウリ、が必要。我が家にとってはそれがルミナ父のパン、なのだ。


と、そんなどうでも良いことを長々と思い浮かべ、現実逃避をしていたが、そんな訳で流石にここでルミナを見捨てては、明日からの我が宿屋の経営に多大なるダメージが、と思い至った私は、思いっきり子供っぽい声を上げた。

「ルミナ、すごーい!じゃあ、次、私!私もルミナみたいなキラキラでるかなあ。」

そう言って、女神像の前にかけて行った。

そうそう、皆、光の乙女誕生に興奮してるけど、今、この教会には、洗礼を待つ子供たちがまだまだ、列をなして待ってるんだよー。ちゃんと、神父さんの仕事してよね。


そして、私はルミナに手を伸ばす。

「でも、ちょっと怖いから、ルミナ、一緒にいてくれる?」

勿論、優しい光の乙女ルミナは、私のお願いをきいてくれた。ルミナから引き剥がされて怒ったシスターが、躓いたふりをして、私に洗礼の聖水を頭からかけた時にはさすがにびっくりしてたけど。お陰で二人でさっさと帰ってくることが出来た。

ルミナは教会ルートを選ばなかった。


『光の乙女は愛を紡ぐ』は主人公が既に教会のシスターとして活躍している初期設定と光の乙女候補として学園に特待生入学する初期設定のどちらかを選んでから開始となる。それは、攻略キャラと難易度が微妙に異なり、同じ相手でもシチュエーションの異なる恋愛を二度楽しめる、を謳っていた。

教会ルートでは、魔物討伐に出かけるRPGやアドベンチャー要素が強く、バッドエンドでは世界が滅亡してしまう。

学園ルートでは、いちゃらぶにメインをおいた分、そこまで、恐ろしい事は起きないけど、バッドエンドでは、流行病であわや、王国壊滅。


うん、選ぶなら、学園ルート一択だよ。


しかし、例え、聖水でも、真冬の水浴びはさ、風邪をひくよね。


寝込んだ私に、ルミナ父は、お見舞いにと新作の美味しいパンを届けてくれた。



# ミッション1

初期設定のルートを選ぼう


クリア



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