44.クリスマス
全てが終わり、しばらくヴィンスも私も忙しかった。ヴィンスは積もっていた公務がたくさんあるようだったし、私も勉強漬けだ。合間にダンスも習っている。夜に少し会うくらいだったけれど、クリスマスの今日は私のために時間をとってくれた。
「もうすぐね」
「そ、そうだな……」
私はもう虹色のエクステをつけるのをやめている。今日はお忍びで街の中をヴィンスと一緒に歩いた。イルミネーションが綺麗で気分は高揚したけれど、人の多さに少し疲れた。私を模した人形もたくさん飾られていたし、なぜか銅像にもなっていたので辟易した。教会のクリスマスミサにひっそりと参加したり、あちこちぶらぶらしつつ高そうなレストランで食事をして、結局ヴィンスの部屋に戻ってきた。
これから花火が見られるらしい。恒例のようだ。バルコニーで座りながら、始まるのを待つ。
やっぱり二人きりが一番落ち着くわね……。
目の前には金に縁取られた紫のグラス。桃色と薄い青と黄色の花が盛り上がるように装飾されている。
「……気分が悪くなったらすぐに言え」
どうしてヴィンスがこんなに心配そうなのかといえば、花火が始まったらこのグラスの中にあるワイン――つまりお酒を初めて飲もうとしているからだ。もっと前に試しておくべきだったのでしょうけど、せっかくならクリスマスがいいなと思ってしまったのだから仕方がない。
――バン。
花火が打ち上げられた。次々と静寂を壊して綺麗な花が夜空へと咲き、散っていく。強すぎる光に星たちは見えなくなり、ただひたすら鮮やかな色が夜空を彩り続ける。
「では、乾杯しましょう」
「ああ。乾杯だな」
グラスを上にあげて、ワインに口をつける。エルマーノワールという名前の赤ワインだ。アリスが甘くて口当たりがいいと日記に書いていたリスティンノワールというワインの姉ワインとも言われている。生産された土地の所有者が、エルマーとリスティンという名の姉妹だからだ。
「これがお酒……モワッとくるわね」
不思議な感覚。もう少し飲んでみよう。
「いきなりガブガブ飲むな」
「いいじゃない。あなたしかいないのだから」
「頼むからいきなり倒れてくれるなよ……どうして今日、このタイミングに飲もうと思ったんだ……」
「心配性ね。控えめにしておくわよ」
確かに、たくさん飲むと危なそうな予感はあるわ。
「しかし、飲んだことがないのが意外だな。お前のことだから、少しくらいいいかと手を出しているかと思った」
「見た目が若すぎて買えないもの。親からはまだ早いと言われて、飲ませてはもらえなかったわ。目を盗んで飲もうとするほどの魅力は感じなかったし」
「そうか」
親は……完全に私に無関心だったわけではない。なんでも買ってくれたものの、お釣りは必ず返してレシートも渡さなければならなかった。私のことをどう思っていたのか、もう聞く機会はない。私はいなかったことになり、これまでの生い立ちを知るのは魔女だけだ。
魔女だけが知っている。それは気持ち悪いことでもあるけれど、なぜか少しだけ安心もする。……それすら気持ち悪いけど。
「大丈夫か」
「ええ。美味しいわ、ジュースみたいね」
「今日はそこまででやめておけ」
「まったく、保護者ね」
「……く」
花火の発泡音にかき消されそうな小さな声でヴィンスが言う。
「……一緒にはしゃいで度を越すまで飲める男がよければ他へ行け」
「拗ねないでよ」
「拗ねてなど……はぁ……」
拗ねた自覚があったのか、完全に否定はせずため息をつく。何度か思ったけれど、やっぱりこの人と私、似ているかもしれないわね。
「あなたこそ、もう世界は救われてしまったもの。他の女の子の方がいいのではないの? ただの何もできない頭の悪い女が残っただけよ」
「自覚がないのは恐ろしいな。お前は魔性の女だ。男を狂わせる。本当は他の男の目に触れないように閉じ込めておきたいんだ」
「狂う男なんていないわよ。セイカ・オルザベルが元聖女だってこと、知らない人は身近にはもういないでしょう。あなたと婚約関係だということは周知されているわよ」
一般人に向けては、私が強い影響力を持つことを望んではいないと。聖女としての活動はせずに、一人の少女として命ある限り皆と共に生きていきたいといった声明? は出させてもらった。
そのうちヴィンスの結婚相手として表に出るとは思うけどね……。
「それでも力になりたいと思う男はいるはずだ。クラスメイトとも仲よくなってきたんだろう? お前との仲を探ってくる奴も私のところには来ている。今ならまだ……他の国で他の男と違う名前で生活することも……できなくは……」
「しつこいわね。指輪、外れないでしょう。私はあなたがいいのよ。それよりも、なに? 仲を探られているわけ?」
「……そうだな……」
そんな苦しそうな顔しないでよね。単に聖女と上手くいってるか親切心で聞いているだけでしょう。
でも、他の男に奪われるかもしれないと思ってもらった方が私のことを好きでいてくれるのかしら……なんて性格が悪すぎるわよね。
「ふふっ」
「どうした」
「いいえ。いもしない誰かに嫉妬しているの?」
「ああ、そうだ。自分を制御できない。ずっとお前に狂わされている」
私だってこれでもかなり抑えているのに。
立ち上がり、座る彼を後ろから抱きしめてキスをする。私と同じ甘い香りがした。
「ずっと狂わせてあげたいわね」
「私だけじゃないだろう。お前が狂わせたいのはこの世界全てだ」
「少し違うわ。酔わせてあげたいのよ、あなたにね。そんなあなたを私が独り占めするの。最高でしょう?」
「私はお前とは違う」
「違わないわよ。証明してあげるわ」
話している間も花火は視界を色で埋め尽くし、そして――終わる。楽しい時間にも必ず終わりが来る。
私はサイドテーブルに置いておいた虹色のエクステをつけて、もう一度聖女になる。
「行くわよ」
「ああ。聖女のお望みのままにな」
その言葉を合図に魔女と扉が現れる。全て頼んでおいた通りだ。自動で開いた扉の切り取られた四角い景色は、墓地のあるあの広場の真上だ。グランドピアノも空中に出現する。
いきなりのワープではなく扉を用意してと頼んだのは、私。その方が気分が盛り上がる。
「悪いわね、魔女。私を召喚したからには利用してあげるわ」
「ふふっ。それも楽しいからいいわよぉ。今だけだものぉ。行ってらっしゃ〜い」
今だけ。
永遠を生きる魔女にとってはわずかな時間に過ぎない今を、我儘に精一杯生きてやるわ。
私の王子様の腕へ手を添える。透き通るバックベールが特徴の星空のような藍色と黒のドレスで、宙へと足を踏み出した。




