41.浄化
眩いばかりの光が消えると、地面に降り立つ。ヴィンスが後ろから私を支えて、地面まで降ろしてくれたようだ。
そこには黒い島と夜の闇と星空が広がっているだけのはずなのに――。
「すごい……」
地面が青白く発光している。まるで夜の煌めきを閉じ込めた泉のようだ。それなのに硬い。魔獣は浄化すると魔石を残す。魔王を浄化すると、この島全てがそうなるのだろうか。
切り立った黒い岩も全てがその青い光に染まり……中央には一際大きな一本の木が生えている。神話に出てくる世界樹のようだ。根元からは橙色の明るい光が見え隠れしている。
「綺麗ね……ヴィンス……」
「あ……あ……」
声がおかしい。
振り返ると、支えてくれていた手は簡単に外れ、そのまま地面へと倒れこんだ。
「ち、ちょっと待って。ヴィンス、大丈夫なの」
「悪……い。瘴気にあてられた……」
「はぁ!?」
辛そうに細くなる目に、パニックになる。
「ヴィンス!? 死なないわよね、ねぇ!」
「…………」
静寂だけが支配するこの場所は、人間味がない。美しくても冷たい石しか存在しないここでは助けが呼べない。心臓が止まりそうだ。呼吸が浅くなる。ヴィンスがここでいなくなるなら、私だってここで――。
全身が震え始める。
――って、魔女がいるじゃない!
「ちょっと魔女、来なさいよ! ヴィンスは死
なないわよね。死んだらタダじゃおかないわよ!」
「大丈夫よぉ〜。聖女ちゃんではない人間には、光で守られていても少しキツかったかもしれないわねぇ〜」
あっけなく魔女が現れた。
「なによその、特別待遇みたいな体質!」
「聖女ちゃんだから、仕方ないわねぇ〜」
「後遺症とか出ないわよね。勝手に人を聖女にしておいて――、あ、あんた人の体の時間を巻き戻せるんだったわよね。アリスが元の世界で死にかけていたのをあんたが許可してレイモンド様が巻き戻して召喚したんでしょ。あんたなら簡単にできるのよね。どうにかしなさいよ!」
「そんなに焦らなくても、寝れば回復するわよぉ〜」
「……寝れ、ば……」
なんだ……。
ほっとして全身の力が抜ける。
「そういうことは早く言いなさいよ、魔女……」
「聞かれなかったものぉ〜」
アリスとはあんなに仲よさそうだったけど、ムカつくのよね、私は。
「少し、ここで眠っていったらぁ?」
「硬いけど、ここ」
綺麗だけど硬すぎる。
「特別サービスよぉ〜おやすみぃ〜。帰る時にはまた呼んでぇ? 飛んで帰ってもいいわよぉ〜」
突然二人サイズのハンモックが現れた。と言うか、気付いたら二人で横になっている。しかもご丁寧に毛布付きだ。そして、あっという間に魔女は消えた。
「はぁ……神の気まぐれね。ありがたく、ここでしばらく休もうかしら」
返事はない。
くかーとヴィンスは寝てしまっている。
「まったく。頑張ったのは私なのに」
そう言ってくすくすと笑う。何を口に出したって誰にも聞かれない。ぼんやりと、ハンモックヨガなんて店もあったっけなんて思い出しながら夜空を見上げる。
「ああ……でも、合図くらいは出しておいた方がいいかもしれないわね。世界は救われたわよって」
はっきり言葉にして伝えてしまうと、人々は今か今かと私たちを待つでしょうし……声を世界に届けることはしたくない。寝ている子供を起こしてしまっている可能性も高いしね。子守唄ならいいかもしれないけど……。
夜空を見上げ続ける。
世界樹……のような木の光に照らされて白さも見せる雲の合間で星たちが輝いている。月は海の近くだ。月の光が白く輝く道を水面につくりだしている。
「アリス……世界は守ったわよ……」
声に出して私の親友に報告をする。
毎年クリスマスに世界中へ祈りを捧げていたアリスが、一度だけクリスマスではないのに世界に祝福を届けた。
――それは、命が終わる時。臨終の時だ。
そんな年齢の時に日記は書けない。歳をとるにつれて手が震えるようになり、たどたどしい文字になり、最後はこんな言葉で結ばれていた。
『もう書けない。でも祈ることはできる。レイモンドとセイカがくれた新しい世界でのこの命、最後まで大事にしたい。魔女さんも、私に幸せな人生をありがとう。私はこの世界が大好き。私の周りにある全てに感謝し、全てを愛しています(代筆)』
使用人に書いてもらったのだろう。私に渡す予定ではなかった日記。当初は、残すのは恥ずかしいから死んだら魔女の家に置いておいてと学生時代にお願いしていたらしい。だから、最後は魔女向けの内容だ。
全てを愛したアリスの祈り……今度は私が受け継ぐわ。
小さな声で呟くように言う。
「終わったわよ」
この世界で勝手に課せられた私の役目は終わった。
「負の心はなくならない。いつかまた魔王が現れるし、魔物も魔獣も生まれ続ける。でも……魔物が魔獣になってしまう世界ではなくなったわ。千年はね」
幻惑の海に面した森から生まれてしまう魔獣は、内部に入りこむ前にこれからも各国が浄化するのだろう。アリスの血を引くクリスの実家の人たちも頑張り続けるのでしょうね。
手の平を上にあげ、星空に向けて大きく広げた。
「仇をとったなんて言わないわ。全て人間から生み出されしもの。癒えない悲しみだってある。でも――今だけは全ての人に安寧を。この世界に祝福を」
私からまた光が放たれる。世界中へ向けて。なぜか島中からキラキラと光が漏れ、精霊が姿を現してあの独特の甲高い音を発した。
……やっぱり光の精霊だけは姿を見せないのね。
あまりの幻想的な光景に歌を口ずさむ。ヴィンスの弾いてくれた『星屑のロンド』だ。歌詞はない。だからラララーと適当だ。この景色にはあの曲がぴったりだと思ったから。
「……綺麗な歌声だな」
「待って、起きていたのなら言いなさいよ。って、私が起こしたのね。ごめんなさい」
「いや。この光景を見ないで寝ていたとあっては一生後悔する」
「そうね、綺麗だものね」
「ああ。この世界に二人しかいない気分になるな……」
「ええ、もう少し楽しみましょう。寝ていていいわよ」
「ああ。子守り唄をもう少し頼む」
「……恥ずかしいんだけど」
「綺麗な声だ。私は好きだよ」
声楽もかなりサボっていたし、オペラのような職業って感じの声は出ないけど……。好きだって言ってくれるなら、いいか。
だんだんと気が抜けていく。蓄積された疲労感がどっと体を襲う。
彼の作った曲が私の声となって静寂を満たす。精霊が楽しそうに舞い――、今まで生きてきて一番満ち足りたような気分で目を閉じた。




