34.街
「ここは……都市ルシュランだっけ?」
「そうよぉ〜」
ワープ先は空中だ。魔女の力で浮いている。ヴィンスが杖を横にして後ろに浮かせてくれたので、遠慮なく座った。
「じゃ、私はもう行くわねぇ〜。ごゆっくりぃ〜」
気が抜けるような声でそう言うと、パッと魔女が消滅する。それももう見慣れた光景だ。
「森が近い都市だけあって、ただ歩いているだけの人は少ないわね……」
「そうだな」
黄色いゼッケンのようなものを着ている人がチラホラいる。おそらく「見守り警戒中」のような文字が書かれているのだろう。どこの国でも、一般の人が見守りを行ったり魔物探しをしている時は、そういった種類のものを目立つように身に着けていた。
魔法は意思の力が重要だ。魔物が魔獣になるゾクッとする感覚がしたら、連携し合いながら対象を探してすぐに浄化するぞという意識を持っているという意思表示だ。心が緩んでいると……咄嗟の時に、固まってしまう。警戒しているという意識が重要だ。
「どこからか音楽が聞こえるわね」
「そうだな……あちらに保育園が見える。今は運動会の時期だからな。あそこからだ、行くか」
ふわふわーっと空中を移動する。
地面の魔物を警戒する人が多いので、王宮からも遠いことだし、上を見る人はいない。まったく気付かれない。
「保育園ね……そういえばアリスが保育士さんをしていた時期もあったらしいわね。魔導保育士さんだったかしら」
「今はそんな呼称ではないがな」
似たような資格は今は「魔法指導員」だ。魔法インストラクター資格として、検定が行われている。指導対象は幼児、就学児、一般と分かれ、それぞれに実技試験もあるそうだ。
保育園を上から見ると、校舎から遊具へと高い位置に旗つきのカラフルな紐が結ばれていたり、園庭に白い線が引いてあったりと、あまりにも前の世界と似ていて笑ってしまう。チョコンと園児たちが椅子に座り、先生たちが見守っている。
園庭を守るように外側には人が配置されている。やはり屋外だけあって警戒しているようだ。
音楽は、出番の子どもたちのためのようだ。大きな円の布を皆で輪になって持っている。揺らしながら歩き……タイミングを見計らって、まるで大きな帽子のように全員が中に入り込んだ。もうそのカラフルな布しか見えない。
「可愛いものね……」
「そうだな」
「でも、私は幼稚園が嫌いだったわ。あ……この世界は保育園だけだったわね。似たような施設よ。強制的に皆と同じことをさせられて、一人でいるだけで皆と遊ぼうと先生に誘われる。参加したくないのに、しないだけで悪いことをしているような気にさせられる」
「ああ。不器用そうだからな、お前は」
一人、小さな子が親のところへと行きたいとごねているようだ。保護者席を指さしている。先生が出番の子たちを指さして、こっちを見ようと促している。
今なら先生の気持ちも分かるわね……全員がしたいことをしていたら、運動会が成り立たないし目も行き届かない。日頃の保育もきっとそうだ。決まったカリキュラムのためにも、好き勝手なことをされては困るはず。
「もし……」
小さな声でヴィンスが何かを言いかけた。
「え?」
「いや……なんでもない」
「なによ、それ」
隣で杖に座るヴィンスがなぜか苦しそうな顔をしている。どうしてそうなったのよ。意味が分からない。
「そんな顔をされて納得するわけがないでしょう」
「気にするな」
「気にするわよ」
先ほどの大きい子たち(年長さんかもしれない)の出し物が終わり、駄々をこねていた子を含む小さい子たちが前に出てきた。先生たちが鉄棒や平均台などを中央へと持っていき、新たな曲が始まる。
「……教えてくれないと泣くとか、また言ってみようかしら」
「お前はまったく……」
「冗談よ」
ヴィンスも不器用そうだ。幼い頃を思い出してしまったのかもしれない。何を言いそうになったのかは分からないけど……。
「言わなくてもいいわよ。過去にどんな悪ふざけをする子どもだったとしても、幻滅したとかは思わないわよ」
「……盛大に誤解されている気がするな」
「誤解をとくつもりはないんでしょ。別に言わなくてもいいわ」
「………………」
さっきの子は、この出し物が好きだったらしい。頑張って鉄棒で足抜きまわりをしている。ヴィンスは黙ってしまったものの、口を開いたり閉じたり開いたり……。
「言わなくてもいいと言ったでしょう」
「いや……う……、その……お前に子供ができたとして……」
子供!?
「園よりも家庭教師の方がいいかと聞こうとして……やめたんだ……。貴族や騎士や富裕層の子供が通う少人数制の学び舎もあり、同じ年齢層との交流も必要だとされているから、そちらにも参加しながらにはなるが……」
「ずいぶんと先の未来ね」
「ああ……すまない。忘れてくれ」
こんな顔をしているということは、私との子でも想像したのかしら。私に好きな人ができたら諦めると言ったのに、なんて反省してる?
「私とヴィンスとの子なら、気難しいタイプかもしれないわね」
「……どちらに似てもそうなるだろうな」
「友達もできないかも」
「そうかもな……」
私と似ている子。ひねくれていて寂しがり屋で、それなのに寂しいと言えなくて……甘えるのも下手で、愛されているのか試すことばかりする鬱陶しい子。
「私に子供を愛せるのかしら」
「……怖いなら、無理して産む必要はない」
ヴィンスがチラリと指輪を見た。婚約指輪。もしかしたら「そう言ってくれる男を好きになれ」なんて言いそうになって、やめたんじゃないでしょうね。
「不安定な私に子供を愛せるかは自信がないけど……」
「ああ」
「パパとしてのあなたは、見てみたいわね」
「……想像ができないな」
一人で子供を愛せる自信はない。でもヴィンスが一緒なら……一緒に寄り添ってくれるなら……。
「やはり、まだ不安定か」
「え?」
「そうだろうな。この世界に来て間もない。当然だ」
あれ。そういえば私、最近いなくなりたいとか思っていないわね。突然聖女だとか意味の分からない存在にさせられて、人の生命まで背負っているはずなのに。やっぱりヴィンスがいるからよね……我ながら単純すぎる。
さっきの小さい子が、すべきことを終えて我慢できずに観客席まで走っていってしまった。彼のご両親らしき人が抱きしめて、よしよしと頭をなでている。表情まではよく見えないけど……きっと笑っているんだと思う。
私はまだ子供気分で、あんなふうに無条件で愛されたいと思ってしまう。それと同時に、そんなふうに誰かを愛せたらとも……。
――ゾクッとした。どこか近くで魔物が魔獣になったはず。
確認もせず、即座に祈る。
どうかこの当たり前の日常が続きますようにと。当たり前の日々を望む誰かが生んでしまった哀れな魔獣が、また人の身に戻れますようにと。
充足感が湧き上がると同時に私の身体から光が消える。きっと浄化された。
「すまない……守らせてしまって」
「いいわよ。今は言うほど不安定ではないもの」
保育園の子たちがザワザワしている。先生たちや保護者さんは魔獣が来るかもと不自然な動きをしているし、泣いている子もいる。街の人たちも警戒態勢に入ってウロウロしている。
……浄化をしたら、この国ではどうしているのかしら。笛を一般人も持ち歩いて、浄化された場合や見つけた場合の合図を決めている都市もあった。
「仕方ないわね。大して時間も経っていないけれど、祈るわ」
「悪いな……」
ヴィンスは私が聖女らしいことをするほど、謝ってしまうわね。
ヴィンスの杖の上に立ち、祈りを神へと捧げる。
――この国の民に、明るい未来を見せてあげて。魔獣に怯える心に今だけでも安寧を。
私から神の祝福が人々へと落ちていく。誰もがこちらを見上げる。
「虹色の髪……黒の服……まさか……」
「聖女様!」
「聖女様ですか!?」
深い青の星空が描かれたスカートを黒のシフォンレースが覆う今日の服は、光を覆う闇をイメージしている。毎回どこの国に行っても最後にはこうやって祈っていて……ヴィンスの目論見通り、聖女様の闇系スタイルや闇コーデとして流行り始めている。聖女は闇を愛して光に昇華するとかなんとか、もっともらしいコンセプトと一緒にだ。そのあたりはヴィンスの取り計らいもあったようだけど、もう流行は一人歩きしている。
「ええ、さっきの魔獣は浄化したわ。でも……皆様にもご協力いただくわね」
精霊の力を借りて聞こえるようにそう言うと、クラスメイトから預かった魔道具でもあるネックレスを包むように持った。
――人々の願いをここに。
月と天使のチャームに乗っかっている人工的につくられた魔石の中で星屑のような光がキラキラと発光し……あらかじめ、この国の市庁舎や教会に設置してもらった似たような魔道具から光が飛んできて私へと吸い込まれる。
――さぁ、天に還りなさい。この世界に住まう人々の祈りを浴びて。全ての魔物さん、魔獣さん、もう一度光の中に戻りなさい。
身体の隅々に、澄みきった空気が行き渡るようだ。
クラスメイトが試行錯誤してつくった試作品は上手くいったらしい。浄化を願う祈りの思いを市庁舎や教会に設置してもらった魔道具へと地域に住む人々に込めてもらい、私の願いに呼応するように、まるで飛び石さながら各地の同じ魔道具から魔道具へと私の元まで辿り着く。その全てを解放することで浄化の効果が高まるという……私には仕組みがサッパリ分からない代物だ。あらかじめ、魔道具の設置をこの国にも頼んでおいた。
今までよりも浄化範囲は広がったはずよね……そんな感覚がある。私のいる国だけで浄化をするのは問題だけれど各国でなら問題はないだろうと判断されたので、こうして予行練習をしている。
疲労感が私を襲う。浄化は範囲が広がるほど体への負担が大きく、一日に複数回しようとしても目眩が酷く意識を失いそうになり上手くいかない。
人々の歓声にかき消されそうな小さな声で、ヴィンスが呟いた。
「まさに聖女……だな」




