31.魔獣
「そういえばクリスは、クリスマスに何を頼んだの? 覚えている中で一番昔に」
昨日は他のクラスメイトの話ばかり結局聞いてしまった。
「うーん。今年は何をくれるのかしらと楽しみにはしていたけれど、頼んではいなかったかもしれないわ。両親や兄からも複数もらえていたから」
金持ちっぽいわ……。
「欲しいものは日頃から兄に話してもいたから、完全に把握されていたわ。映像が飛び出す絵本とか……頼むというより聖アリスちゃんは全てを知っているという確信ね」
「……それ、正体を知った時にショックなんじゃないの」
「さすがに理屈で考えておかしいと思って、家族が揃っている時に聞いてみたのよ。おかしいと思うって。そうしたら拍手をしてもらって、盛大にお祝いもしてもらえたわ。これからクリスは夢を与える側になるんだって。夢を守る側に立つんだって。大人への階段を一つ上れたね、おめでとうって。ふふっ」
「素敵ね……」
羨ましいと思う。そんな温かい家庭で育ったからこそ、こんなにもクリスは……。
「セイカ」
ヴィンスとアドルフ様が戻ってきた。
「ヴィンス」
私には確固たる基盤がない。きっとヴィンスを失ったら何もかもどうでもよくなってしまう。全てを壊したくなってしまう。私は彼に理想の父親像まで押し付けているのだと思う。
――何があっても裏切らない絶対の愛情が欲しいって。
「ね、さっきクラスメイトにお願いしてしまったの。あなたを誘惑する女性がいたら世界が危ないわよって。それを広めてと。駄目だったかしら」
「――そ、そうか。別に構わない」
「迷惑?」
「まったく。好きなようにしろ」
少し嬉しそうな顔を見て安堵する。私を好きだと言うくらいだし、執着されるのも嫌ではないのかしら。そういえば女性に言い寄られるのは好かないと最初から言っていたっけ。私以外の女性を跳ね除けられるのは、彼にとっても悪いことではないわよね……きっと。
「ヴィンスが浮かれているな……」
「思っても言うな、兄上」
「お二人の幸せを祈っていますわ」
「だから、黙っておけと言っている」
やっぱり仲いいわよね……。
そう思ったところで、強くゾクッとする感覚がした。二度目だから分かる。これは魔物が魔獣になる感覚だ。瞬時にクリスが廊下の窓から飛びだした。追ってアドルフ様もだ。
手を前に結ぶと、ヴィンスが私と彼の周囲に光の障壁を張った。その中で祈る。
「人の身より生み出されし黒い獣さん。神の光に導かれ次の生を見つけなさい」
ベビーワームが生まれる感覚はすぐ側にいないと分からない。軽い悪寒程度だ。魔獣は違う。金縛りが起こる直前のような寒気と空気の強張りが風のように身に襲いかかる。その方向もなんとなく感じ取れたので、そちらへ向けて祈りを捧げた。
「セイカ……」
私の身体から光が消える。
……そういえば私、浄化をまだできないことにしていたっけ。でも、廊下には私たち以外に誰もいないし実際に浄化できたのかも分からない。わずかに感じた充足感と安心感が、できたという証かもしれないけれど。
「セイカちゃん!」
クリスが戻ってきた。
アドルフ様はまだみたいね。
「大丈夫だったの?」
「ええ。見廻りの騎士様が駆けつけて障壁を張ってくださった瞬間に居合わせたわ。私が目視した直後に浄化されて――」
そう言ってヴィンスをちらりと見た。
「私が浄化したことにしてくださっているわ。一応光もまとっていたから」
「ああ」
……なるほど。
祝福の祈りは光が相手へと向かうけれど、浄化は自分と対象が光るだけだ。確かに誰が浄化したのかは分かりにくい。
「……セイカちゃんかしら」
「おそらくな」
二人が私を見る。
ヴィンスが障壁で私たちを囲ったのは、私から光が放たれているのを誤魔化すためだったのかもしれない。
「一応祈ったけれど……私なのかは分からないわね。ふわっと安心感みたいなのは湧いてきたけれど」
「それなら、やっぱりセイカちゃんね」
「私、浄化しない方がいいのかしら」
「いや、黙っておくのも限界がある。あえて言うこともないと思うが、気にすることはない」
「そうだね」
今の言葉はたった今ここへ戻ろうとしているアドルフ様だ。窓から入ろうとする所作すら優雅ね。
「目の前の脅威を払わずにいることで、誰かが怪我をする可能性もある。気にしなくていいよ。君が日々成長することは誰もが確信している。浄化できるようになったのかと思われるだけだ」
確かに、そのまま見過ごすということは怪我をするかもしれない誰かを見捨てるということだ。本当は可能な範囲の浄化を定期的にしたいところだけど……さすがにそれは問題が多すぎるということだった。
それに、アリスの日記で知ったけれど、魔物や魔獣の体の一部も魔道具に利用されているらしいのよね。子供の魔法封じ用の爪化粧にも。頭にあたる部分だけは浄化をするまで何をしても元に戻ってしまうけれど、切断して残された部分は獣の体の一部として残される。その爪や体液が利用される、と。
人の負の感情が何かの役に立つのも、この世界独特よね。
「……そう、分かったわ。存在を感じとれた魔物や魔獣は、鬱陶しいし浄化することにするわ」
「はは、そうだな。よろしく頼むよ」
そうして、私たちは次のダンス会場へと向かった。




