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03 ル・ヴォー子爵令嬢ブリアナ・ゴドフロワ

 ル・ヴォー子爵令嬢ブリアナ・ゴドフロワ。

 どこにでもいる下位貴族の令嬢だ。


 彼女は、娘に興味を示さない父親と、穏やかで研究者気質だが気弱な母親のもとに生まれた。基本的に母親は父親の言いなりだったが、(ブリアナ)に対しては愛情深く接していたように思う。

 父親の関心が自分に向かなかった理由は、幼いブリアナにもわかっていた。


 彼は、徹底した貴族主義だった。


 本気で、貴族の――つまり、世間的に見て、特権階級にいる人間にしか権利を与えるべきでないと考えていたのだ。ところが、妻として宛がわれたブリアナの母親は商家の娘だった。

 そこには、ル・ヴォー子爵家が経済難に陥っていたという事情があるのだが、そこは棚上げすることにしたらしい。なんとも現金なものである。


 とにかく、彼は貴族主義を貫いていたので、()()()()()()ブリアナの母親を生家もろとも見下していた。

 幼いころから優秀だったブリアナは、傲慢な父親を浅はかな人間だと評していたのだが、それを口にしたことはない。ただ言えるのは、ブリアナの母親自身が貴族令嬢でなかったとしても、そのさらに母親は伯爵家の人間だったということである。

 しっかり貴族の血を継いでいるというのに、生家がそうでないというだけで、貴族主義に反すると考える愚かな父親だった。


 そんなある日、ブリアナに魔力が顕現する。


 驚いて母親に報告すると、母親は驚いたような、しかしどこか困ったような表情を浮かべて「誰にも知られないように」と言い聞かせた。

 実は、ブリアナの母親も魔力保持者だったのだ。だが、それを誰にも――夫にすら打ち明けてはいなかった。

 魔力が顕現するのは、どういうわけか、貴族の血を継ぐ者だけ。それも、その中でもほんの一握りの人間にしか現れない力なのだという。その希少さゆえに、魔力保持者は国で丁重に扱われることになっている。


 ただ、自ら申告しなかったからといって、これといった罰則もない。魔力保持者は確かに貴重であるし、それは人知の及ばぬ力であることに違いないが、一般的に、その力を隠し通すのはそもそも不可能だとされているからだ。

 結局は国の知るところになる――というのが、識者たちの見解だった。


 魔力の顕現は突発的なことであり、意思によってコントロールできるものではない。それに加えて、魔術についての専門的な知識を保有した魔術師のもと訓練しない限り、感情の波に直結して、魔力暴走を起こす者も多かった。

 とはいえ、魔力暴走は通常体の内に向かうものなので、他者を不用意に傷付ける心配もなく。


 魔力の強さには個人差があるものの、魔術で人を傷付けたり、国家転覆を企んだりするほどになるには、やはり魔術師のもと、学ぶ必要がある。


 また、魔力に遺伝性はない。

 どのような機序になっているかはいまだ解明されていないが、親子共に魔力保持者という例は滅多にないと言っていいだろう。


 たとえそんなケースがあったとしても、親が子に魔力の使い方を教えられるかといえば、そういうことはほとんどなかった。


 ところが、ブリアナは、幸か不幸か条件のすべてをクリアしてしまったのである。


 魔術が顕現した際は周囲に人がおらず、好奇心旺盛で研究者気質な母親が、幼いブリアナに自分の持っていた知識を叩き込んだのだ。

 それでも、普通の子どもならどこかしらで()()を出したのだろうが、ブリアナは母親から優れた頭脳を受け継いでいた。


 みるみるうちに魔力に関する知識を吸収したブリアナは、母親の教えもあって、魔力のことを誰にも知られないよう徹底した。

 ――まさに、国が想像する上を行ってしまったのである。


 そんなわけで、誰に知られることもないまま、ブリアナは祖国を後にした。

 娘のシャーロットが同じく魔力を有していると気がついたときは「そんなこともあるのか。三代連続で魔力保持者が生まれるなど聞いたこともない」と驚いたものだ。





「僕は、許されないことをした……」


 そして、成長したブリアナは貴族が通う学園に入学し、侯爵令息である少年と出会って恋に落ちた。

 子爵令嬢と侯爵令息。

 貴族同士ではあるが、身分違いの恋だった。


 アシェルは、ブリアナと視線を合わせるように跪いた。「伯爵さま!」平民のブリアナは慌てて言葉を紡ぐが、アシェルは力なく首を振った。


「僕がもっと毅然とした態度でいたら、君が国を出て行くことはなかった。本当に、どう謝罪していいか――」

「伯爵さま。謝罪は……ひとまず、受け入れます」

「……いや、そうだよな。僕の立場で謝罪すれば、君は受け入れるしかない」


 ここにいる二人は、あくまで平民と貴族だ。

 そんな頑ななブリアナの態度に、アシェルは目を落とし「また来るよ」と言った。


「伯爵さま、それは」

「今回の訪問は結構長くてね。時間ならたっぷりある。――また話そう」

「伯爵さま!」


 悲痛なブリアナの声に背を向けたアシェルは、小さく笑って踵を返す。何を言われても引くつもりはない。そんな態度で。

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