00 プロローグ
シリアス/元サヤ注意報。
立場的にドアマットヒロインが主人公ですが、本編の時点ですでにドアマットは過去になっています(家から出ているので)。
中編(予定)。
誤字脱字などチェック済ですが、新たに発見し次第、改めて修正します。
妊娠が発覚したとき、ブリアナ・ゴドフロワは成人を迎える前だった。
(……なにか。なにかの間違いよ……)
足元が崩れ落ち、自分がどこに立っているかもわからないような感覚。そんな不安定さに苛まれる。
(……どうして、今なの?)
記憶にある限り、泣いたりはしなかったはずだ。
ブリアナは当時を振り返って、そう思う。
ただ、実際にどうだったかは定かではない。
嵐のように荒々しく過ぎゆく日々の中、過去のことなど思い出す余裕はなかった。
――コンコン。
ノックの音に、物思いに耽っていたブリアナは、ハッと顔を上げた。木製のベッドの上に体を横たえる娘を見ると、規則正しい寝息を立てている。
そっと額にキスを落として、ブリアナは来訪者を迎えるべく立ち上がった。
「ブリアナ、食事を持ってきたわよ」
そこに立っていたのは、近所に住むジュリア・クノー。
腕に紙袋を抱えている。
「……ありがとう、ジュリアさん」
彼女は酒場で働いているので、経済的に困窮しているブリアナのために、時折こうして食べ物を分け与えてくれるのだ。
残り物だからと申し訳なさそうにすることもあるが、ブリアナにとってはありがたいことだった。
「ロッテの調子はどう?」
玄関から部屋の奥に視線を移し、眉尻を下げるジュリア。その視線を追って、ブリアナもこんもり盛り上がった布団に目を遣った。
「熱は少し下がったわ。さっきまでぐずっていて、やっと寝たところ。鼻が詰まっているみたい」
「そうなの……。可哀想に」
「でも、あと数日もすれば良くなるんじゃないかしら」
良くなってほしいという願いを込めた言葉に、ジュリアは頷いた。
「今夜はあたしがこっちに来るわ。わざわざ移動させるのも可哀想だし」
「そんな――いえ、いつもありがとう」
「なに言ってるの。困ったときはお互い様でしょう?」
とはいえ、返せるものがほとんどないのだから「お互い様」にはならないと思うが――それでもジュリアは、可愛いシャーロットの面倒を見られるだけで楽しいと言うのである。
仕事時間が不規則なブリアナのために、ジュリアはいつもシャーロットを預かってくれる。仕事上、ジュリアにも夜の勤務はあるのだが、工場で働くブリアナとは違い、酒場の店主夫妻が子連れでもいいと言ってくれるのだそうだ。
ただし、客前に顔を見せないことが条件ではあるけれど。
「それにしても、すっかり寒くなったわね。あとで薪を持ってくるわ」
「そんな! そこまで迷惑をかけるわけにはいかないわ」
「ブリアナ。あなたが遠慮するのはわかるけど、これはロッテのためよ」
「……そうね。本当にありがとう」
工場勤務で、満足な手当てをもらっていないブリアナに、冬を越すための薪を買うだけの経済的な余裕はない。
今回も、隙間風の吹く寒い家で過ごしていたために、シャーロットが風邪を引いてしまったのだ。だからといって、医者にかかれるだけの金も用意できず――。
情けない母親だと思ったところで、ブリアナには助けてくれる身内もいない。
天涯孤独の身となったブリアナの家族は、いまやシャーロットだけなのだから。