思ひ出と赤い金魚~吉之丞異聞~
「ねえ、あの時貴方はいったい・・・」
ぼんやりと、私は問いかけた。
なんて言ったの?
夏の終わり。
私は薄青い硝子の金魚鉢を眺めていた。
そこには、赤い金魚が泳いでいる。
私を、あの人の思い出とつなぐ、小さな赤い金魚。
何百年も昔の世界からやってきたあの人。
神社のお祭りの夜に出会って、ほんの少しだけ一緒に過ごした人。
身分は明かせないと吉之丞と名乗ったあの人は半刻しかここにいられないのだと言った。
私は一目で吉之丞さんに惹かれた。
だから、夜店をみましょうと誘った。
お祭りの夜の幻想的な風景の中を、私たちは怪しまれることなく歩く。
まるで恋人同士みたいだと思ったところで、吉之丞さんが金魚すくいの屋台の前で足を止めた。
「クスッ」
思わず笑みがこぼれる。
黒いランチュウをとることができなくて、悔しそうにしていたあの人はとても可愛らしかったっけ。
私は赤い金魚を一匹だけ。
けれどそんな楽しい時間はずっと続かない。
はじめから分かっていた。
「楽しかったよ」
急だった。彼の輪郭がぼやけていく。
「吉之丞さん、私・・・」
気持ちを伝えることはできなかった。
だって、私たちは、違う時代を生きているんだもの。
「最後に思うんだ」
吉之丞さんは悲し気に呟いた。
もしかしたら貴方も、私を?
しかし、突然に吹きだした強い風に木々が揺れ、彼の最後の言葉はかき消されてしまった。
後には、私だけが残された。
いつの間にか目に浮かんだ涙の雫がひとつ、ぽたりと金魚鉢の中に落ちた。
「最後に思うんだ」
どこかから、声だけが響いた。
あの日の、あの人の声がはっきりと聞こえる。
「あー・・・あの時隅っこ攻めてれば、黒いランチュウいけたんじゃないかって」
「ポイ?だっけ、なんであそこで破れるかなあ」
「黒いランチュウ。持って帰ったら喜んだだろうなあ、じいや」
なおも吉之丞は続けていた。
「ごめんな。じいや」
そこに感極まった私の声が空しく響く。
「何?聞こえないよ。吉之丞さん!」
羞恥で顔が赤くなった。
眉間に思いっきり力を入れると、涙でぼやけていた現実が鮮やかな色を取り戻す。
下を見れば丸い金魚鉢。
何事もなかったのように水草が揺れて金魚が泳いでいる。
「・・・・チッ」
風鈴がチリーンと鳴った。
赤い金魚が、水草にチロリと消えた。