赤ずきん
赤ずきんをかぶった少女が、森の中を走る。
まるで何かを待ちわびているかのように、鬱蒼とした深い森に迷わず、一直線に走る。
赤いずきんからは、少女のトレンドマークであるブロンドの髪が零れる。
運動により、髪は上下に揺ながら、風を受けて、はためいていた。
少女の手には、パイの入ったバスケットがあった。
それを、少女は上から落ちないように、ハンカチで手で押さえながら走っていた。
食べ物を扱っているのだから、走ったら危ないのだが、それでも走ってしまうのは、一言で楽しみだからだろう。
今日の目的は、ある人にこのパイを届けること。
母に頼まれての依頼だった。
このパイを届けることに、少女はひと時も油断しない。
なにせ、この森には悪い狼だっているし、狩人でさえ道に迷うと死ぬ森だ。
そんな森を子供一人で行かすのは問題だが、少女にとっては問題ない。
少女は、風を読むと自身の体の方向と、目的地の方向が違っていることに気づくと、すばやく方向を修正して、目的地の最短ルートを模索する。
少女は昔からそうだった。
道を行く才能に関しては、ピカイチで、なんなら同行に母がいることを邪魔ですらある。
故に、母もその才能を認めて、少女だけで行かすことにしたのだ。
そんなこんなで少女は足を止めた。
木と木の間から目的地が見えたのだ。
少し開けた土地に建てられた、小さなほったて小屋、ちょうど猟師が山にいる時だけ使うような、そんな簡素な小屋こそが、今回の目的地。
少女は、先ほどの走りよりも加速すると、勢いよくドアを開く。
「ドーーン!」
後からドアが壁とぶつかった音が響く。
あまりの騒々しさに、家の外の鳥たちがざわめいて、森から一斉に飛び立つ。
ホコリは舞散り、白い煙が立ち込める。
家の中は、簡素の一言。
ちょっとした調度品が置かれてある机に、本棚、大きなベット。
ただそれだけだった。
さらにもう一言、この家について付け加えるなら、それは異様に暗いことだった。昼間にもかかわらず、カーテンは閉め切って、窓辺においてあるガラス製花瓶が、わずかに反射して、薄く光を供給している。
そんな暗い部屋の中、なにやらベットの上で、うごめいているものがある。さっきの爆音で反応したらしい。
だが、数秒すると、まったく無反応となる。
少女は顔をしかめると、もう一度。
「ドーーーン!!」
さらに大きくドアを叩きつける。
今度は耐え切れず、ガラガラガチャンと、ドアが外れて、壊してしまう。
少女は、あ、やべと、声には出してないけど、分かるような顔の表情となる。さすがにやりすぎたと、自覚してドアをどうしたら直そうかと、壊れたドアの前でしゃがんでいると、ベットが大きく動いた。
「なんだよ、人が寝ているときに…」
低い声だった。
ベットから顔をのぞかせたその人物は、
大きな耳
大きな目
大きな口
外見からして、狼のような見た目をしていた。
「あ、やっと起きた、おじいちゃん。あと、ドア壊しちゃったw」
少女は嬉しさで顔を滲ませながら、ドアを壊した、と言って罪悪感皆無の表情で笑っていた。
ベットの人物は、寝起きで顔がだらけているのか、それともいつものことかと諦めているのか、無表情で少女を眺めていた。
いまだにむにゃむにゃと、言っているので、おそらくは前者だろうが…
しかし、寝起きはいつも変な顔になるので有名だ。
「おじいちゃん、起きた後いっつもにやけたような、大きな口になるからおもしろ~い。なんでそうなるの?」
「お前を食べるためさ。」
「あっ、そ」
孫に、渾身のジョークをそっけなく返されて、寝起きの顔がさらに落ち込む。彼自身は直そうとしても、どうしても直せなかった。
だから、顔がにやつくのは仕方ないものだと思って、逆にこれをジョークにしてやろうと思って、寝起きに人から指摘されるたびにこのジョークを引っ張り出してきた。
しかし、頻繁に会うような孫には通じなくなっている。
そのたびに、彼は決まってこう返すのだ。
「本当に食べちゃうぞ」
「そんなことよりも、おじいちゃんの面白い話聞かせてよ!!」
”そんなことよりも”
胸に響く言葉だが、孫の、大きな琥珀色の瞳が、大きく輝いていた。
ちょっと拗ねていた。そんなことよりも、孫の瞳の輝きのほうが大切だ。
少女がこうして話をねだるときは、いつも輝いている。
それは、好奇心の塊ゆえだろう。
それに答えたくなるのがおじいちゃんだ。
いつも少女に聞かせるのは、冒険譚だ。
彼、こと未だベットから動いていないこのおじいちゃんは、今では体が弱って動けないが、かつては商人として、世界中を飛び回っていた。
そう、飛び回っていたのだ
飛行艇に乗り、地平線の果てから、雲の向こう側まで、世界中を旅してまわったのだ。それも数年間のベクトルではない。数十年間という時間をだ。
故に、ネタとしては尽きることがない。
これまで何十回と孫に語ってはいるが、それは一つの短編としてしか話していない。
例えば、天を突き抜けるような古代の塔のお話であったりとか、見たことのない未知の生物の話、といった思い出を小出しにしているのであって、連続的なお話、物語として語ったことは今までになかった。
そこで、今回は物語として、一から語ることにした。
それには、長い時間を要する。なにせ数十年の旅だからな。
幸い、孫に時間は大丈夫かと聞くと、OKとだけ返事した。
彼は決心した。
時刻の針はちょうど10を回った朝。
これからあと何時間かかるか分からない旅を、どうか聞いてほしい。
そう前置きして、彼は少女に語りかけた。
時間が巻き戻るような感覚がある。
まるでそこに落とし込まれたかのような、安心感ともいうべき快感。
懐古厨、いわゆる昔を懐かしんで、昔は良かった昔は良かったという連中のことだ。
懐古厨の人たちが、あんなにも昔のことをよく言う理由が、今ならよく理解できる。
それは気持ちいいからだ。
昔に浸ることで、見過ごした過去という確定的な世界に生きることができる。決して、未来が不確定な、現代を生きているわけではないのだから。
安心は人に快楽を与える。
そして、時間が巻き戻って、巻き戻って…
「おじいちゃん!起きて!」
「ふぁっ!?うっかり、逝くところだった。」
「それは、寝る方、死ぬ方?」
「前者はともかく、後者は不謹慎じゃろ。」
「おじいちゃんが意図したことじゃん」
「そうだった。すまんすまん。」
謝ると、気を取り直して、語り始める。
自分語りでは、少し創意工夫が足りない。
そうだ、あいつの物語にしよう。俺と一緒に旅をした少女の物語。
俺の第二の人生を象徴するかのような、あいつ、にすれば孫もきっと喜ぶだろう。
少女なんて同じようなもんだからな。
こうして俺は少女の物語として始めた。
もし名をつけるなら、そうだな…パンゲアンロード物語とでもしようかな。
かつて大陸を縦断した空路、パンゲアンロードを舞台にしているからな。
なんか、名前を付けると一気に恥ずかしくなるな。
もう早めに語っちゃおう。語ることも多いし、それに恥ずかしい。
俺は深くベットに座り込み、過去へと潜るのだ。
おじいちゃん「あんなに勢いよくドアを開けたら壊れちゃったじゃん(´・ω・`)」
少女「あら、そう?」
おじいちゃん「後で賠償。これ、親族間でも鉄則」
少女「後で母に請求。これ、世間の常識。親の監督責任の問題だから私悪くないもん。」
おじいちゃん「うぜぇw(´;ω;`)」