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旦那サマの研究室

次の日、休みだったメルシェは魔術師団塔のジラルドの研究室に連れて行かれた。


割と多くの魔術師が遺跡の調査に参加しているらしく、塔の中は閑散としていた。


ーーここがジラルドの研究室か……。


上級魔術師以上の階級になると研究室を貰えるらしい。


ここで魔法陣の錬成をしたり、魔術の研究をしたり、魔法薬を調合したり。


人によってはここに住んでる…という魔術師もいるそうだ。


ジラルドも結婚する前は研究室を自宅にしていたという。


ーーどうりでベッドがあるわけね


ジラルドが上級以上の階級を得たのは17歳の時だったので、もうかれこれ6年、ジラルドはこの部屋の主である。


本棚に収まりきらない魔導書が床に積み上がり、塔のようになっている。


魔石や鉱石やインク壺や紙や布、動物の骨や何故かカチカチのパンで机の上が埋まっていた。


床にも様々な物が散乱し、所々に見える床は埃で薄らと膜を張っていた。


メルシェは夫に素朴な疑問を投げかける。


「……一体いつからここを掃除してない?」


「へ?掃除?掃除って何?美味しいもの?」


「つまりは全くやってないって事ね」


「まぁそんな事よりさ」


「そんな事っ?そういう発想でないとこの部屋は出来上がらない訳ね」


呆れ返るメルシェの手を掬い取り、ジラルドは誤魔化し笑いをしながらベッドへと誘導した。


「まあまあ☆とにかく座って?ベッドしかまともに座れる場所はないけど」


そう言ってメルシェを座らせる。

そして魔窟と化した机の上から一冊の魔導書を持って来た。


そしてあるページを開いた。


「ここの、この一節を翻訳して読み上げて欲しいんだ」


頼まれていた翻訳の意外な内容にメルシェは驚いた。


「え?この一節だけでいいの?」


「うん、この一節がね、重要なんだ。

間違えず、一文字一文字を正確に読み上げて欲しい」


「よくわからないけどわかったわ。

えっと……何々……」


メルシェは再び魔導書に目を落とし、

まずは頭の中で(そらん)じてから読み上げた。

もちろん、東方の言語で。


『汝、我の求めに応えよ。

我は其方の力を求めし者なり』


その瞬間、メルシェは“何か”を感じた。


「?」


その感覚が何なのか、ごく微量の魔力しか持たないメルシェにはわからないが、とにかく何かを感じたのだった。


ジラルドはメルシェのその様子を見て、満足そうに頷いた。


「うん、よし。いいね。メルありがとう」


「?これで終わり?翻訳はこれだけでいいの?」


「うん充分だ。さすがはメルだな」


「よくわからないけど、ジラルドがいいならそれでいいわ………じゃあ、やってもいい?」


「何を………はっ、

いやだなぁ小芋ちゃん、イイに決まってるじゃないか。俺も昨夜だけじゃ物足りないって思ってたんだ……幸いここにはベッドがある」


と、ジラルドはそう言っていきなりメルシェを押し倒した。


ジラルドの言葉に「はい?」と思った瞬間にはメルシェの視界は一転して天井を見る体勢になった。


上からジラルドがのし掛かってくるのを、メルシェはその頭を(はた)いた。


「アホ!違うわよっ!この部屋を掃除してもいいかって聞いたのよっ!!」


「へ?掃除?」


「そうよ。こんな朝っぱらから、しかも王宮で不埒な事をするわけないでしょっ!下半身と脳が直結してんじゃないわよっ、退いて、起こして」


「えー……」


ジラルドは不満たっぷりな顔でメルシェの手を引き起き上がらせた。


「まったく……。

わたしはまず掃除道具を借りて来るから、ジラルドはその間に触られたくない物をどこかに纏めておいて。それが終わったら仕事してくれていいわよ」


「掃除なんかしなくていいよー……」


「お黙りっ、こんな部屋に住んでたら終いに病気になるわよ」


そう言い残し、メルシェは掃除道具を取りに部屋を出て行った。


「ちぇーっ……」


と言いながらもジラルドは素直に言われた通りにした。


メルシェが触れると危険な物、扱いが難しい道具や魔石などを机の引き出しに入れておく。


一通りの作業が終わった頃にメルシェがバケツと雑巾、そして箒とちり取りを持って戻って来た。


そして怪訝そうな表情を浮かべてジラルドに言った。


「ねぇ……なんか上級魔術師以上のローブを来た人数人(すうにん)が、何故かわたしを必ず二度見するんだけど……わたしの顔になんか付いてる?」


メルシェのその言葉に、ジラルドはぼそりと、

「そりゃ…高魔力保持者じゃないと見えないもんな」と呟いてからメルシェに答えた。


「いや?メルが可愛いからじゃない?」


「うーん……そんな感じの反応じゃなかったと思うんだけどなぁ……」


と、首を傾げながらもメルシェは掃除を始めた。


途中、何度も構ってちゃんのジラルドがちょっかいを出して来たが、軽く足とグーパンであしらって夕方近くにようやく掃除が終了した。


「すごっ……!これがおれの部屋っ?」


とジラルドは6年ぶりに綺麗に片付いた部屋を見て、目を白黒させていた。


「ふふ、どう?やっぱり綺麗な部屋は気持ちいいでしょ?これからはひと月に1~2回は掃除しに来るわ」


「ありがとう。掃除じゃなくてもいつでも来てよ。メルなら大歓迎だ」


「ふふ、わかった」


はにかみながら笑うメルシェに影が落ちる。


なんだろう?と見上げると同時に唇が塞がれた。


角度を変えて何度も重ねられる。


体の芯に熱が灯るのを感じながらメルシェもぎこちないながらも応えた。


しかしその時、


ぐぅぅ~~……


「「……………」」


ーー考えてみれば、掃除に夢中になって昼食を食べていなかった……。



今の腹の虫が誰のお腹の中で鳴いたのかは

ご想像におまかせしよう。


ジラルドはメルシェの手を引き、部屋を出ながら言った。


「じゃあ続きは家で。

掃除のお礼に今日は外で何か美味しいものをご馳走するよ」


「やった♪じゃあお高いレストランにしようっと」


「いいよ、こう見えて俺サマは高給取りだからなっ」


ドヤっとするジラルドが可愛くて、メルシェは思わず微笑んだ。


二人手を繋ぎ、上級魔術師塔を後にする。


その様子を、とある人物が影から睨みながら見ていたのを二人は知らない。


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