悲報、ジラルドに最大のライバル現る
ジラルドは先日メルシェを階段から突き飛ばした文官に
自白魔法を掛け強制的に主犯格の人物を白状させた。
やはり読み通り、文官は金を掴まされてメルシェを襲ったに過ぎなかった。
まぁしかし馬車と階段、二度も殺人未遂を犯したあの文官の罪は相当重いものになるだろう。
極刑まではいかずとも、北海に浮かぶ孤島の牢からは一生出られないはずだ。
その文官にメルシェに危害を加えるように指示を出したのは……魔術師団准副師団長オリクであった。
先日、文書室でメルシェにやり込められ、ジラルドに脅された事を逆恨みしての犯行だった。
平民で庶子のメルシェが侯爵家の息子であり魔術師の自分に盾突いた事がどうにも我慢ならなかったらしい。
おまけに筆頭魔術師の妻として皆に一目を置かれ出したのも気に食わなかったようなのだ。
メルシェがジラルドと手を繋ぎ上級魔術師塔から出てきた姿を見て、もう一度メルシェを襲えと文官に命じたらしい。
その自白に基づき、ジラルドが文官の記憶を魔術により念写した映像が証拠となり、オリクは捕らえられた。
連行される時にオリクは、
「お、俺は殺せとまでは言ってない!
ただちょっと脅かしてやればいいと思っただけなんだっ……!文官が勝手にやり過ぎただけだっ!俺は悪くないっ、俺は無実だっ!!」
と声を荒げて言い放っていた。
――アイツ、ホントに殺してやろうかな。
とジラルドは思ったが、そんな事をしてメルシェに嫌われるのはイヤだなぁと思い、やめておいた。
だが、このままではオリクは大した罪にも問われず数年で釈放されるだろう。
オリクはメルシェを痛めつけろと教唆したのみだ。
侯爵家の令息というくだらない理由で減罰される恐れもある。
なのでジラルドはこう思った。
ああいうタイプのヤツって、叩けば絶対に埃が出るよな☆と。
そして案の定、調べれば出るわ出るわ。
まずは魔術師の資格認定で不正を働き、試験官に裏金を渡して試験に合格していた罪。
(これは裏金を受け取った試験官も牢獄にぶち込んでやった)
そして違法で取得した魔術師の資格で魔術を使った罪。
あとは新人の魔術師を虐めた罪に、王宮内の食堂で無銭飲食した罪、それから第二王子宮の裏庭で立ちショ○ベンをした罪である。
それら全ての罪状を添えて、オリクの身柄を魔術師団長にプレゼントした。
結果オリクは、文官が服役する北海の牢獄よりも更に北にある鉱山で50年間の強制労働となった。
その前に王族の宮を排泄物で汚した罪で鞭打ち50回を受けねばならないが。
「頑張れよ~♪」
ジラルドは力なく連行されるオリクに極上の笑顔で激励しておいた。
これにより、
ジラルドにメルシェが襲われて命を奪われるかもしれないという虎と馬のキメラを植え付けた一連の騒動は終止符を打った。
ようやくまたいつもの日常に戻れる……と
皆が安堵していたそんな中、ある一人の若い男性文官が新たに文書室へと配属されて来た。
その若い文官(22)は東方人の4分の1で、
なんと……メルシェ最推しのムギ=リョウタロウに瓜二つなのであった。
髷のカツラを被っていない時のムギ様そのまんまの青年の出現に、メルシェとトキラは色めきたった。
「え!?ムギ様にクリソツなんですけどっ!?」
「ちょっ……えぇっ!?親戚とかそんなんじゃないのよねっ!?若かりし頃のムギ様、そのまんまじゃないのっ!!」
と、その若い文官を目の前にしてメルシェとトキラはキャーキャーと騒ぎまくった。
その文官はケント=バレイルと名乗った。
ケントはとある貴族の傍流のそのまた傍流の生まれで、しかし幼い頃にその秀才ぶりを買われ、本家の養子になったのだとか。
多くの言語に精通し、暗号の解読なども得意とするという。
「ムギ様にそっくりなだけでなく仕事も有能なんて……!」
メルシェとトキラの目はすっかり♡マークになっていた。
その姿とバレイルの容姿を見て、ジラルドは思わず持っていた魔導書を落としてしまう。
「なっ……ム、ムギっ……!?
ムギが具現化して顕現しただとぅっ……!?」
そして思わずジラルドはメルシェを囲い込んだ。
「メル、あれは幻影だ!本物じゃない!目を覚ませっ、俺を捨てるなっ!!」
と言って必死になってメルをぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「ちょっと落ち着いてジラルドっ、幻影なんかじゃないわよっ、彼はバレイルさんというウチの新しい仲間よっ……」
「ウソだっ!こんなダイレクトにムギ似の男がメルの側に現れるなんてっ!!メルっ、俺の方が絶対、絶~対、メルの事を愛してる!だから幻影なんかに惑わされるなっ!メルっ浮気はダメだからなっ!!」
と言って、ジラルドは必死になってメルシェにしがみ付く。
そしてバレイル文官を睨みつけ追い払おうとする姿を見て、メルシェがプチギレた。
「落ち着けって言ってんだろがっ!!
幻影なわけねーだろっ!浮気だとぉ?そんなコト勝手に心配して、バレイルさんに失礼だとは思わんのかこのタコがっ!!つまんない事ばっか言ってないで仕事して来いっ!!」
そう言ってメルシェはジラルドの襟首を掴み、文書室から追い出した。
「ったく……」
手をぱんぱんと払いながらデスクに戻って来たメルシェに思わずトキラが吹き出す。
「ぶはっ!相変わらずキレたら流暢な下町スラングが出るわね。それにしても筆頭魔術師をあんな風に扱って……ぷっ、ホントあんた達夫婦って面白すぎるわっ」
「笑い事じゃないわよおトキさん……
下手したら我が国の恥部になりかねないあの男を少しでもまともにしようとしてるんだから」
「それはメルシェにしか出来ない事だわね、頑張って……ぶっぶふふっ」
と、トキラは笑いながら自分のデスクに戻って行く。
それを目で送りながら、次にメルシェはバレイルに向き直って謝った。
「ごめんなさいねバレイルさん。夫はちょっと……いやかなり変わった人間で……失礼なもの言いをしたから気を悪くされたでしょう?」
バレイルはこれまたムギリョウばりの涼やかな笑顔でこう答えた。
「とんでもない。メルシェさんはご主人に愛されてるんですね。でもわかりますよ、こんなに素敵な人が妻なら心配でたまらないでしょうね」
――ぎゃっ!
そんなムギ様のような顔でリップサービスをしないで!
とメルシェは内心、悲鳴を上げた。
これは一体なんのファンサだ!?と思ってしまう。
バレイルがムギリョウ本人ではないとわかっていても、ココロときめいてしまうのはファンとしては仕方ないのだろう。
でもきっと、こんな風に喜ぶメルシェを見たらジラルドはまた半泣きで縋り付いてくるんだろうな。
その様子を想像して思わずぷっと微笑むメルシェを見て、バレイルが言った。
「……もしかして今、旦那さんの事を考えました?」
「え?ええ……どうしてわかったんですか?」
「だってとても優しい、そしてとても美しい微笑みを浮かべていたから……なんだか僕、旦那さんの事が羨ましいな」
「何が羨ましいんですか?」
「だってメルシェさんのような方にそんな風に想われて……その想いが僕に向いたらどれだけ幸せだろうと考えずにはいられません」
「……え?」
メルシェはバレイルの言った意味をすぐに理解が出来なかった。
「今日会ったばかりなのにこんな気持ちになるなんて……こういうのはきっと理屈じゃないんでしょうね」
バレイルははにかみながらも熱を孕んだ目でメルシェを見つめている。
「ん?」
メルシェは首を傾げる。
やっぱりバレイルが言っている意味がわからない。
咀嚼して嚥下してもさっぱり理解出来なかった。
――まるでわたしの事が好きになったみたいな言い方をするんだけど。
首を傾げながらバレイルを見ると、
バレイルは尚も甘い眼差しでメルシェを見つめて来る。
「………………ん?」
ジラルドと結婚するまで純朴な小芋だったメルシェ。
本当はありえないほど、異性に対して免疫が無く、恋情の機微には疎いのであった。
「んん?」