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古代の守護精霊

ジラルドの研究室に行ってからというもの、メルシェは

怪訝に思う事があった。


室長のギュメットや高位魔術師のローブを着た者に時折

じーーっと見られているのだ。


何か稀有なものを見るような。

異質なものを見るような。


……面白いものを見るような?



ーー何だろう?変な物でも付いてる?


まさか太ったとか!?


などと考えながらも、平穏な日々は続いていた。


時折ジラルドが変な魔術の実験をやろうとしているのを

止めてくれと魔術師団の方から泣きつかれたり、本人に直接言えばいいのにジラルドに伝えてくれと事務的な要件を言付かったり。


もはやメルシェは変人筆頭魔術師を唯一操縦出来る人物として、王宮内では認識されていた。


そしていつの間か今まで囁かれていた夫婦のいざこざや

夫婦の危機……といった噂から、あのジラルド=アズマを完全に尻に敷いている妻がどうのこうの云々かんぬん……という噂に変わってしまっていた。


「この噂はデマでなく事実よね」


とはおトキさんの見解である。


ーー敷いてないし。



そんな感じで過ぎてゆく日々の中、事件は起こった。



その日は朝から雨だった。


家を出る頃は小降りだったのが、王宮内の文書室に着いた途端に雷を伴う強い雨に変わった。


「凄い雨ね~。洗濯物を室内に干して来て正解だったわ」


おトキさんが窓の外を見ながら言う。


ーーわたしも以前なら同じ事思ってただろうな。


今では洗い終わった洗濯物をジラルドが瞬時に乾かしてくれるので助かっている。


なんて事を思いながら今日の仕事の仕分けを行っていると、王宮の法務局の文官だと名乗る男が文書室へとやって来た。


「メルシェ=アズマさんという方はおられますか」


「はいわたしですが、何かご用でしょうか?」


面識のない文官である。


法務局(ウチ)の方で書庫を整理していたら古い文献を見つけました。アズマさんは古代文字(エンシェントスペル)も担当していると聞き及び、翻訳の依頼をしに来ました」


手ぶらで訪れたその文官に、メルシェは尋ねた。


「文献は今、お手元にはないのですか?

量や内容によってはこちらにお待ち頂く方が助かるのですが……」


「文献は持ち出し禁止と申し付けられています。

出来れば法務局まで来て頂きたいのです」 


法務局まで行くのは良いのだが、それではその仕事にかかりっきりになってしまう。


メルシェはトキラの方を見た。


今日に限って室長はいない。


トキラも話を聞いていたらしく、メルシェに告げる。


「とりあえず文献の量と内容を見て来るだけでいいんじゃない?時間がかかりそうな物なら室長に頼んで持ち出しOKになるように手続きをして貰うし……」


「そうね、とにかく行って見てくるわ。おトキさん、ちょっと文書室をお願いします」


「了解、じゃあそっちはよろしくね」


メルシェは文官に向き直った。


「では今からそちらに向かいます。法務局の書庫の方に伺えばいいですか?」


「はい、お願いします」


文官の返事を確認し、メルシェは文官に伴われて文書室を後にした。


文官はメルシェの数歩後を歩く。


当然メルシェには後ろに目が無いのだから確信は持てないのだが、何故か異様に見られている……

そんな気がした。

ーーなんか気持ち悪いな……。前を歩いてくれたらいいのに。


メルシェはわざと歩幅を狭くして、文官に追い抜かせようとした。


だけど文官も同じように歩くペースを落とし、メルシェの後ろをキープしているかのように歩き続けている。


せめて早く書庫に着こうと、メルシェは階段に差し掛かる手前からは早歩きに切り替えた。


当然文官も歩く速度を上げて付いて来る。


やだもうホントに気持ち悪いっ!と早足で階段を降りよう足を踏み出したその時、


ドンッ


背中を強く押された。


あの馬車での一件と同じく、いやあの時よりも強い力でメルシェは付き飛ばされたのだ。


高い階段の最上段から。


強い力で突かれた所為か階段を転げ落ちるのではなく、放物線を描くように空中をメルシェの体が落下してゆく。


あの時はジラルドが助けてくれた。


今度は間に合うのか。


そう都合よく現れるわけはないと思いつつも、何故かメルシェは今度もジラルドが助けてくれる、そんな気がしてならなかった。


落下の速度が遅く感じられる。


だけどどれだけ遅く感じたとしても、このまま落下して、地面に叩きつけられる事実が変わる事はない。


次第に近づく階段下の地面を見ていられず、メルシェは思わず目を瞑った。



ーージラルド……ジラルドっ!!



その時、自分が羽になったのではないかと思うくらい軽く、ふわりと体が浮いた。


そしてまるで“大きな何か”に包み込まれて姫抱っこされているかの様に、メルシェの体がふわふわと浮いたまま止まった。


………?


これは何故?どうして?


どうして体が浮いてるの?


いやおかげで助かったけれども、何が起きてこんな状況になってるのかが理解出来ない。


横抱きにされているかのような状態で宙に浮いているメルシェの前に、ジラルドが転移して来た。


「……っジラっ……!」


ジラルドは階段下の手前で宙に浮いたままのメルシェを見て一瞬驚いた顔をしつつも、安堵のため息を吐いてこう言った。


「さすがは勤勉で真面目な東方の守護精霊、ちゃんと仕事をしてくれたな」


ーー守護精霊?


そしてジラルドは“見えない()()から受け取るようにしてメルシェの体を抱き直した。


「大丈夫?メル」


「なんだか全くよくわからないけど、とりあえずは大丈夫よ?」


メルシェがそう答えると、ジラルドは再び安堵のため息を吐いた。


「やっぱり守りの魔術を施しておいて正解だった」


ジラルドがそう言ったその時、階段の最上段の所から大きな声が聞こえた。


「ジラルドっ!!

奥さんに危害を加えた奴の身柄は確保したぞ!」


声の主はジラルドの友人、魔術騎士のジュスタンであった。


メルシェと法務局の書庫へ向かっていたあの文官の腕を後ろに捻り上げて拘束している。


「いっ、痛いっ!!離せっ!俺は何もしていないぞっ!そいつが勝手に階段から落ちたんだっ!!」


拘束された文官が喚き散らして訴えた。


「今度は勘違いじゃなくハッキリと背中を突き飛ばされたとわかるんだけど」


メルシェが怒気を込めつつも冷静な声で反論した。


「俺が背中を突き飛ばしたっていう証拠はあるのかっ!?証拠もないのに俺を犯人扱いするなんて不当だぞっ!訴えてやるっ!!」


「……へぇ」


なんの感情も込もっていない、聞いたそばから背筋が凍るような冷たい声でたったひと言、ジラルドが言った。


「この間、メルの背中を押したのもアンタだろ?メルの服に僅かに付着していた微量な魔力と同じ魔力を感じる。証拠はそれで充分だ。メルに危害を加えた罪、俺に虎と馬のキメラを植え付けた罪、そして俺のメルの体に勝手に触れた罪、死んだ方がマシだと思うくらいの苦痛を味わわせてやるよ」


ジラルドから漂う空気が変わった。


冷たいような熱いような、痛いくらいの魔力を感じる。


これが本物の殺気なのだろうか。


「ヒィッッ……!」


この国の筆頭魔術師からの殺気を肌で感じた文官がその恐怖に震え上がる。


「おい、ジラルドっ!?」


その殺気にジュスタンも気圧された様子でジラルドを見た。


今すぐにでも文官を殺してしまいそうなジラルドの冷たい気配に、メルシェは怯えた。


殺気が怖いのではない。


ジラルドの魔力はいつも温かかった。

いつも温かくメルシェを包んでくれた。


その大好きなジラルドの魔力が信じられないくらいに冷たく感じる。


まるでジラルドがジラルドでなくなるような、そんな気がして怖くてたまらなかった。


「っジラルドっ!!」


メルシェは思わずジラルドの首に縋りついた。


ーーダメよジラルド、殺しちゃダメっ……。


あなたのその魔力(チカラ)は正しい方向に向いていないといけないものよ。


普段のアホさ加減から忘れがちになるが、

ジラルドは大陸でも屈指の高魔力保持者だ。


そんな彼が感情の赴くままに力を暴走させたら……それで人を傷付けたら……


「ジラルドっ……わたしは大丈夫だったでしょ?あなたがまた何かして守ってくれたんでしょ?だからいいの、もういいの、あなたはアホで可愛い、わたしのジラルドでいてくれたら、それでいいのっ……!」


メルシェはジラルドの首に縋り付きながら必死に訴えた。


「メル………」


ジラルドから力が抜けていくのを感じる。


高圧で高められたガスが少しずつ噴き出すように、

ジラルドから発せられていた異常な魔力が鎮まっていく。


メルシェもそれを肌で感じた。


ーー良かった……


そう思い、ジラルドの頬にキスをした。

そして頭を撫でてやる。


「偉いわ、ジラルド」


「メルぅぅ……」



その時、階段の上からジュスタンが言った。


「……良かった……!

(あっ)ぶねぇ……マジギレジラルドと対峙しなくちゃならないのかと肝が冷えた。とにかくコイツは魔術師団の牢に入れておく。どうも主犯格は別にいるようだ」


ジラルドがそれに答える。


「わかった。

ジュスタン、頼んだ」


「お前はとにかく一旦クールダウンして来い。

メルシェさんがいるから大丈夫だろうけど、俺は嫌だぞ?友人の闇落ちなんて見たくないからな?」


ジュスタンのその言葉に、

ジラルドはニヤッと笑っただけだった。


「ちょっまっ……ヤメテ、何?その含み笑いって、おいジラルドっ……ったく、アイツめ……」



話の途中で何処かへ転移したジラルドに向けて、ジュスタンの声だけが虚しく響いた。




◇◇◇◇◇




ジラルドに横抱きにされたまま景色が一変する。


次に視界に入ったのはジラルドの研究室の風景だった。


メルシェはベッドの上に降ろされた。


「メル、ホントに大丈夫?ケガはない?押された背中が痛いとかはないか?」


メルシェはジラルドを安心させたくていつも通りに微笑んだ。


「おかげさまでかすり傷一つないわ。

でも一体何が起こったの?どうしてわたしの体が急に宙に浮いたの?もしかして空を飛べる魔術をかけてくれたとか?」


それならちょっと嬉しいかも、と不謹慎にも思ってしまう。


「ああ。こんなに早く種明かしをする事になるとはな、実はメルシェには東方の国の守護精霊が憑いてるんだ」


「……東方の?守護精霊……?」


「そう。古代の守護精霊」


「……憑かれてる……いつ?いつの間にっ?」


「ホラ、前にここで翻訳して読み上げて貰った事があっただろ?アレ、ホントは東方の守護精霊を召喚する術式だったんだ」


「どうして黙ってたの?話してくれたら良かったのに」


「いやだってさ、守護精霊は魔術にも物理的な攻撃にも鉄壁の防御を見せてくれるけどさ、ずっーーーっと、四六時中憑き纏うからさ……知っちゃうとメルは落ち着かないだろうなぁと思って」


「四六時中……?憑き纏う……?どんな時も……?」


「そう。解術するまでずっーーと」


「……今も?」


「今も。メルシェは見えないし感じないだろうけど、ムッキムキのバカデカいチョンマゲ守護精霊がメルの後ろでそびえ立っている。あ、メルの頭を撫で撫でしてくれてるよ♪」


「へーーー………」


メルシェは軽く目眩を起こしそうになった。


魔力をほとんど持たないメルシェには見えないが、そんなムッキムキの守護精霊が常に側にいたんて……。


どうりで高魔力保持者たちに二度見とガン見をされるわけだ。


「……ねぇ、どうして東方の古代守護精霊なの?」


「だってメル、東方の国が好きだろ?

どうせ常に一緒にいるなら東方の精霊がいいだろうなって☆」


「……そう」


「守護精霊の粋でいなせなチョンマゲが、メルの好きなムギとお揃いだぜ♪嬉しいだろ?」


「……そう、ありがとう……」


見えなきゃ意味ねーだろ、とは言わないでおいた。


階段から落ちた時、体が浮いたように感じたのは、チョンマゲ守護精霊がお姫様抱っこで守ってくれたからだそうだ。


ーー高魔力保持者から見たらどんな絵面だったんだろう……。


そして常にムキムキマッチョンマゲ精霊を連れてるメルシェを見て、なんと思っていたのだろう。


メルシェは考える事を放棄した。


ジラルドがメルシェのために必要だと思って施した術なら我慢するしかない。


ーー現に命を救われたし。


メルシェに向けられた悪意が魔力や魔術なら、ジラルドは一瞬で感知出来る。

でも魔力を必要としない物理的な身体への攻撃なら、メルシェアラートをジラルドが感知するまでどうしても数十秒間のタイムラグが生じる。


その数十秒間をカバーするために、ジラルドはメルシェに守護精霊を憑かせたのだ。


対価の魔力はジラルドが払い、常にメルシェを守らせる。


古代の強力な守護精霊を四六時中召喚させておくなんて、正気の沙汰ではない。


並の魔術師ならとうに魔力が枯渇しているだろう。


ジラルドだからこそ出来る、裏技であった。



ーーでもあの文官も、そいつを使った奴も絶対許さない。


メルシェが怖がる事をするつもりはないが、

やはりどうにも怒りが鎮まらないジラルドであった


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