彼女は彼女に恋をした
ある女性の作者は物語を書いていた。それは一国の姫が姫騎士として旅をする物語。悪者によって国を滅ぼされた姫がその悪者に復讐するために白百合の姫騎士として各国を旅する物語。最初のころは、作者、
「う~ん、どういう物語にしようか・・・」
と、物語の設定などで四苦八苦していた。しかし、姫の設定を決めると、作者、
「この姫騎士、なんか私の分身みたい!!さぁて、どんな旅を姫にさせようかな?」
と、これから自分が作り上げた姫をどんな風に育てようかウキウキした気分で気持ちが高揚していた。
その後、作者は姫に旅をさせて自分の手で姫を成長させたい、そんな想いがあるのか、姫の物語をどんどん書いていった。そのためか、作者、姫の物語を書いていくうちに、
(私はもっと物語を書きたい!!私の作り上げた主人公、姫のためにも、私、どんどん物語を書いていく!!そして、姫をもっと成長させていくんだから!!)
と、頭のなかでは姫のことばかり考えるようになっていった。
そんな作者に対し、作者のマネージャーは、
「なんか絶好調な感じですね」
と言うと、作者、
「うん、なんか姫のことを考えるとどんどん物語を書きたくなるんだよ!!」
と元気よく答えてしまう。この作者の答えに、マネージャー、
「それはとてもいいことです!!」
と安心しつつも浮かれている作者に対し、マネージャー、1つ忠告した。
「けれど、それ以上に姫に肩入れしないようにね!!あんまり姫に肩入れしちゃうと現実と空想の狭間でおかしくなるからね!!」
そう、人というのはあるものに熱中しすぎるとものとの見境をなくしてしまうものである。特にその熱中している対象が空想のものであるならなおさらである。人は空想のものに熱中しすぎると現実と空想の境を見失ってしまう動物である。もし人がこうなってしまうと、空想のものが現実世界にもある、そんな思いをもってしまい現実にないものを追い求めようとする。そのことをマネージャーは危惧していたのである。
そして、マネージャーは作者にこう言った。
「作者、まさか、姫に、恋、しているのではないよね?」
このマネージャーの言葉を聞いて、作者、はっとする。
(えっ、私、姫のこと、好きになったの!?)
そう、このとき、作者、マネージャーの言葉を聞いてはっとしたのだ、自分が生み出し育てた姫、その空想の存在につい熱中してしまった、いや、姫のために物語をどんどん書いている、それって、作者自身、姫のことが好きだから、好きな姫のために姫の物語を書いている、いや、作っている、のではないかと。
そんな作者、そんな想いを受けてか、机に飾っている白百合の花を見てこう思ってしまう。
(もしかして、私、この白百合のように、白百合の花言葉、「甘美」、のように、姫に甘美させられているのかな・・・。私、姫のこと、好きになったのかな・・・)
彼女は彼女に恋をした
姫は今日も旅をしていた。いつ終わるかわからない旅。それでも姫はこう思っていた。
(私が国を追われてからもう数か月がたった。いつ終わるかわからない旅。それでも私は旅をする。果てしない旅をする。それが私の、白百合の姫騎士としての使命なのだから)
だが、姫、それと同様にこんなことも思っていた。
(けれど、私は物語の主人公。自分で考えて行動することなんてできない。私の物語を書いてくれる作者がいるから私は旅をすることができるんだ)
そう、姫は知っていた、果てしない旅をすることが白百合の姫騎士である自分の使命、けれど、そんな自分が自ら進んで旅の行き先を決めることなんてできない、なぜなら、自分はこの物語の主人公なのだから、自分の物語を書いてくれる作者が自分の物語を書いてくれなければ旅を続けることなんてできない、のだと。
そんな2つの思いを持っている姫に対し、姫の従者、姫に近づいては、
「白百合の姫騎士殿、よろしいでしょうか?」
と姫に尋ねると、姫、従者に対し、
「従者、今は私たちだけの時間ですよ。いつもの通り、姫、と呼んでいいですよ」
と優しく言うと、従者、
「はは、わかりました」
と一度会釈をすると姫に対し自分の意見を述べた。
「姫、旅を続けることはいいのですが、できれば、安住の地を見つけてください。それに、あのいつも姫がピンチのときに駆け付けてくれる王子様と早く結ばれてください!!」
姫がピンチのときに駆け付けては姫を助ける王子。姫は旅を続けてはいろんなところで厄介ごとによく巻き込まれたりする。しかし、ほとんどの場合、姫が自力で解決してきた。だが、そんな姫でも手に負えない案件があったりする。そんなときは必ず姫自身危機に陥ってしまうのだが、そんなとき、必ずその王子が姫を助けにきてくれるのである。そのため、従者としてはその王子と姫が結婚することで安住の地をどうしても得たいと考えていた。
しかし、そんな従者の意見に対し、姫、違う思いを持っていた。姫が従者の聞いたあと、こんなことを考えていた。
(私、もっと旅をしたい!!旅をして、もっと、もっと、自分を成長させたい!!)
そんな考えからか、姫、姫の物語を書いている作者に対しこう願っていた。
(作者さん、私の物語、もっと、もっと、書いてください!!書いて、書いて、自分をもっと成長させてください!!作者さん、あなた好みの私にしてください!!私、作者さんのこと、こんな私を旅させてくれる、私を成長させてくれる、そんな作者さんのことが、私、大好きです!!)
そう、姫は作者のことが好きだった。自分自身は物語の主人公だから自ら進んで前へと進むことができない、そんな自分を作者は旅という名の道を作ってくれる、そのことを通じて姫自身を成長させてくれる、そんな作者のことが好きだった。それは「あこがれ」に近いものかもしれない。けれど、それでも、姫は作者のことが好きだった。
そして、姫はいつも持ち歩いている、自分の名前の由来となった花、白百合を見てこう言った。
「作者さん、私、この白百合のように、「純潔」、それを守り抜くからね!!」
白百合の花言葉、「純潔」、その言葉と同じように、作者との恋が実るまで自分の「純潔」を守り抜く、姫はそう誓っていた。
しかし、2人の恋、それは絶対に叶わぬ恋である。現実世界の女性の作家と空想である物語の世界の姫、その2人のあいだには、現実と空想のあいだには、越えることができない壁、それがある。そのために2人の恋は絶対に実ることはないのである。けれど、それでも、作者と姫、2人はお互いに恋をしたのである、たとえ、それが、絶対に叶わぬ恋、だとしても・・・。
しかし、2人はたとえ叶わぬ恋だとしても恋という欲求を満たそうとしていた。作者は姫の物語を書き続けることで少しでも姫への恋の欲求を満たそうとした。姫は姫で作者が作る自分の物語、いや、旅をすることで作者への恋という欲求を満たそうとした。2人にとって絶対に叶わぬ恋、たとえそうであったとしても2人は恋という欲求を、物語、旅、という形で満たそうとしていた。
だが、物語はいつかは終わりがくる。そして、そのときが来た。ある日、作者はマネージャーからこんなことを言われた。
「はやく物語の結末を書いてください!!明日が締切日なんですよ!!」
そう、作者は姫の物語を本として出版しようとしていた。そして、明日がその締切日だったのである。だが、作者は姫との恋を追い求めてしまいその姫の物語の結末を書こうとしなかったのだ。そのためか、マネージャー、
「はやく目覚めてください!!物語の主人公である姫とはいくら恋をしても叶うことがありませんから!!」
と作者の目を覚まそうと怒鳴るように言う。
だが、作者はそんなマネージャーに対しこう反論した。
「いや、姫の物語は書き続けます!!私の姫への恋は絶対に成就する!!私が物語を書き続けることで姫との恋は絶対に成就する!!」
そんな作者の反論・・・だったが、マネージャー、意外と冷静だった。熱くなる作者に対し、マネージャー、冷静にこう言った。
「たしかに姫の物語を書き続ければ姫への恋の欲求を満たすことができるでしょうね。でもね、あなたの物語を楽しみにしている読者の方々がたくさんいるのですよ!!そんな読者の存在を無視するのですか!!」
作者は物語の主人公である姫との恋に熱中していた。しかし、そんな作者が描く物語を心待ちにしている読者がいっぱいいるのも事実。これには、作者、
「た、たしかにそうだけど・・・」
と困惑してしまった。
そんな困惑気味の作者の見たのか、マネージャー、そんな作者に対しきつい一言を言ってしまう。
「あなたのまわりにはあなたが描く物語を楽しみにしている人たちがいます。そんな人たちのためにもはやく姫の物語を完結させてください!!」
自分には姫という恋をしたい相手がいる、けれど、それ以上に作者の物語を楽しみにしている人たちがいる、そのことを作者はマネージャーから指摘されてしまったのだ。このためか、作者、
「私の物語を楽しみにしている人たちがいる・・・。たしかにそうかも・・・。その人たちのことを裏切ることなんてできない・・・。でも・・・、でも・・・」
と、さらに困惑したような表情を見せると、マネージャー、ダメ押しの一言を言う。
「はやく物語の結末を書いてください!!」
このマネージャーからのダメ押しの一言が効いたのか、作者、小さな声で、
「はい・・・、わかりました・・・」
とただただマネージャーの言うことに返事するしかできなかった。
そして、マネージャーに言われるがまま作者は姫の物語の結末を書いた。
「姫は王子様と末永く暮らしたとさ。めでたし、めでたし」
物語の結末、それは姫がピンチのときに駆け付けてくれる王子と結ばれるものだった。この結末は姫の物語を書き始めたときに決めていたものだったのだが作者が姫に恋をしたことにより作者が封印しようとしていたものだった。
しかし、姫の物語の結末を書くにあたり、姫との恋を諦めないといけない、その思いが強かったのか、作者、
「うぅ、姫、ごめんよ、ごめんよ。私、あなたとの恋、貫くことができなかったよ・・・」
と泣きながら文章を書いていた。それはまるで作者の白百合が枯れようとしている、そんな感じがしてきた。
そして、この結末の影響が姫のほうでも起きていた。突然、姫の物語が動き出す。これには、姫、
(もしかして、私の旅が続くのかしら)
とわくわくしながら作者が作ったシナリオ通りに演じていた。
だが、物語が進むについて姫が予想だにしなかったことが起きていく。突然訪れた姫の復讐の相手、姫の国を滅ぼした悪者との戦い、それによりピンチになる姫、そんな姫を助けに来てくれた王子、その王子の助けもあり姫はついに悪者を打ち破ることができ復讐を果たした。そして・・・、
「姫、私と結婚してください」
まさかの王子からのプロポーズ。むろん、これには、姫、
「ごめんなさい。私には愛する人がいるの」
と王子からのプロポーズを断ろうとしていた、心のなかでは。
だが、姫の答えはというと・・・、
「はい、王子様!!私も王子様のことが好きです!!」
だった。これには、姫、
(えっ、私、そんな答え、言いたくない!!もっと作者と恋をしたい!!)
と自分の意志とは関係なく言ってしまった答えに反抗しようとしていた。
しかし、姫は物語の主人公というマリオネット、ということもあり姫としてはどうすることもできなかった。そして、それは、作者の、姫の、叶わぬ恋が終わった瞬間でもあった。もしかすると、このとき、姫の白百合としての想いすらうち消されてしまおうとしていたのかもしれない。
その後、
「うぅ、姫・・・、姫・・・」
作者はベッドの上で今にも泣きそうになっていた。作者が姫の物語の結末を書いたことで、無事、締め切りに間に合わせることができた。だが、その代償として作者は姫の物語を書く時間、姫との恋の時間を失うこととなった。それは作者にそれに対する後悔の念を生み出すこととなった。その後悔の念により、作者、自分が恋していた姫との淡い恋の時間を失った、そのこと自体苦痛と感じていた。その苦痛のせいか、作者、
「私、もっと、姫と恋、したいよ・・・。姫との恋、続けたいよ・・・」
と、毎日ベッドの上で泣く日々を過ごしていた。
そんな泣き続ける日々を過ごしていたのか、作者、ついには、
ZZZ
と泣きつかれてつい深い眠りについてしまった。
一方、姫も、
「うぅ、もっと作者と恋をしたいよ・・・」
と泣き続ける日々を過ごしていた。王子との結婚を終えついに姫の物語も終わる・・・はずだった。だが、王子との結婚という姫にとって最悪の結末により姫の物語は作者の意図を離れ勝手に進んでいた。それは姫の作者への恋が失恋という形で終わったからだった。
そして、姫は、今、王子の城の自分の部屋にいた。泣き続ける姫。しかし、今はどうすることもできない。それでも作者への恋を諦めきれないのか、姫、窓から見える満天の星空に向かってこう願った。
「お願いです、私を作者に、私が恋している作者に、会わせてください!!」
しかし、そんな奇跡が起きるわけでもないためか、姫、すぐに下を向いては、
「と、願ってみたものの、そんな奇跡、起きるわけないよね・・・」
と弱気になってしまった。
だが、そのときだった。一瞬、夜空が明るくなる。これには、姫、すぐに気づいたのか、再び空を見上げると、
「えっ、なにが起きたの?」
とびっくりしてしまった。と、同時に、姫、突然のことでびっくりしたためか、ベッドの上に倒れこんでしまった。そして、姫はベッドの上で動かなくなってしまった。いや、動かなくなったのではなく、
ZZZ
となにかの催眠術にかかったのごとく眠ってしまったのだった。
「うぅ、姫・・・、姫・・・」
現実世界では眠ったままの作者。だが、その作者がみていた夢のなかでも作者は姫の名前を言っては泣いていた。それほど作者にとって姫という大事な存在を失ったショックは大きくつらいものだった。
そんな自分の夢のなかでも失意のうちに泣くことしかできない作者。だが、そんなときだった。泣き続ける作者に対し、突然、
「あのぅ、私の名前を呼ぶ声がしたのですが・・・。私の名前を呼んだのはあなたですか?」
という作者のことを呼ぶ声が聞こえてきた。これには、作者、
「うぅ、誰ですか?」
と言っては顔をあげた。
すると、そこには1人の少女が立っていた。その少女、まるでどこかのお姫様のような格好をしていた。けれど、ずっと泣いていたせいか涙ではっきりと見えない作者。そのためか、作者、自分の前に立つ少女に対し、
「すいませんがあなたは誰でしょうか?」
ともう一度尋ねてみた。
すると、その少女、涙目の作者に対し、
「そんなに泣かないでください。かわいい顔が台無しですよ」
と言っては自分のハンカチで作者の顔をぬぐう。
そして、その少女、自分の名前を作者に語るかのように言った。
「私の名前は白百合の姫騎士、姫です」
これには、作者、
「えっ、あなたが姫・・・、私の書いた物語に出てくる姫、なんですか!!」
と驚いてしまう。むろん、この作者の言葉に姫も、
「えっ、うそでしょ!!まさか、あなたが私の物語を書いてくれている作者なんですか?」
と驚いてしまう。作者は現実世界の人物、姫は空想世界の人物である。現実と空想という交わることがない者同士、ここにいること自体、2人にとって驚きなのである。
だが、作者、絶対に会うことができない姫が目の前にいることに対し、
「ま、まさか、奇跡が起きたの・・・」
と目の前に起きたことに信じられない表情をみせるもすぐに、
「姫・・・、姫!!」
と言って自分の愛する姫をいきなり抱きしめては、
「姫、姫、私、会いたかったよ!!」
と言って、姫のことをもう離さない、そんな感情を表に出していた。むろん、姫も抱きしめている作者に対し、
「あなたが私の物語を書いている作者なのですね」
と優しそうに言うとすぐに、
「わ、私も、私も作者に会いたかったです!!」
と言っては作者を抱きしめてしまった。2人にとって絶対に会えないはずなのに会うことができた、いや、お互い抱きしめあってお互いに幸せな時間を感じあっている、そんな雰囲気が2人のまわりからこの夢の空間に広がりをみせようとしていた。
それから5分後・・・、お互いに愛を高めあっていると、突然、作者が姫に対し謝罪をしてしまう。
「姫、ごめんなさい!!私、もっと姫との恋を続けたかった!!もっと姫の物語を書きたかった!!けれど、できなかった!!」
これには、姫、
「私は作者が書く物語の主人公です。そんなあなたを私は責めたりしません」
と作者のことを慰めようとしていた。
そんな姫に対し、作者、こんなことを言う。
「もしかすると、私、白百合のように姫に「甘美」していたのかもしれない・・・。それって、作者、失格、だね・・・」
作者は姫に「甘美」してしまっていた、その言葉は作者の今の心境を告げるものだった。
だが、姫、そんな作者に対し自分の気持ちをぶつけた。
「作者さん、それは私だって言えます!!私は私の物語を創造してくれる作者のことが好きです!!作者に「甘美」されていたのかもしれません。いや、私はそれ以上に、私の名前、白百合、のように、私の「純潔」、あなたに捧げたいと思っております!!」
これには、作者、
「姫・・・」
と言うと続けて、
「姫、ありがとう!!その気持ち、本当にうれしいよ!!」
と自分が姫を愛していると同様に姫も自分のことを愛している、いや、姫の「純潔」を自分に捧げたい、その姫の気持ちに感激していた。
そして、作者、自分の本音を自分に恋している姫に対しぶつけた。
「私、もっと姫と一緒にいたい!!もっと姫と恋したい!!もっともっと姫の物語を書きたい!!」
作者の本音、その言葉を聞いた瞬間、姫、心のなかでは、
(私も、私も、私も・・・)
と自分のなかに湧き上がるなにかを感じたのか、すぐに、
「私も、私も作者ともっと一緒にいたい!!私の物語をどんどん書いてもらって作者との恋の時間を続けてもらいたい!!」
と自分の本音を自分に恋している作者にぶつけた。
そして、姫、作者の目を真剣に見つめる。その姫の目は、作者に対する、自分の名前、白百合のごとく、「純潔」を、本当に、作者に捧げる、その覚悟をみせるものだった。これには、作者、
「姫・・・」
と、姫の覚悟を悟ったのである。
その姫の覚悟を悟った作者、
(姫の覚悟は本気だ!!ならば、私も、覚悟、決めないとね・・・)
と、自分もある覚悟を決意したのか、姫に対し、ある言葉を言った。
「姫、私、姫の覚悟、確かに受け取ったよ!!私、決めたよ!!姫との恋、絶対に守ってあげる!!たとえ世界を敵にまわしても、私、姫のこと、一生大事にしてあげる!!」
そのときの作者の目は姫と同じく、なにかを決意した、覚悟を決めた、そんな目をしていた。
そんな作者の決意の言葉、そして、作者の目を見て、姫、作者に対し、
「作者さん、私、あなたの言葉を信じています!!私、あなたにずっとついていきます!!たとえどんなことがあっても、あなたのこと、大事にします!!私の名前、白百合、に誓って!!」
と、自分も作者の意思についていくことを誓った。
その後、作者と姫は夢のなかで淡い恋の時間を過ごしたのち・・・、
「うぅ、もう朝、なんですね・・・」
と、姫、気持ちよかったのか、背伸びしながら目を覚ました。
だが、姫、窓の外を見るとあることに驚いてしまう。
「えっ、うそ・・・、世界がぐちゃぐちゃになっている・・・」
そう、いつもと違っていた。昨日までは普通にあった風景。それが、今、ぐちゃぐちゃ、いや、なにか壊れようとしていた、崩れようとしていた。
そんないつもと違う情景、そのためか、姫に仕える従者、姫のいる部屋に飛び込んできては姫に対してこんなことを言ってきた。
「姫、大変です!!物語が、私たちの物語の世界が、崩れようとしております!!」
そう、従者の言う通り、この世界が、姫の物語の世界が、本当に崩れようとしているのだ。いや、崩れているわけじゃない、時間が巻き戻る、そんな感じがしていた。これには、姫、
(あっ、もしかして、作者さん、私になにかをしようとしているのね)
とこれが作者が自分のためになにかをしようとしていることだと気付くとそれがなんなのかすぐにわかった。それは・・・。
(作者、私のために、私との恋のために、私の物語を書き換えようとしているのね)
そう、今、姫の目の前で起きていることは姫の物語の世界の崩壊ではない、作者が自分が恋している姫のために、愛し合っている姫との時間を続けるために、過去へ、過去へ、物語を遡ろうとしているのだ。それは、あの物語の分岐点、姫が作者への恋を諦めてしまった、あの時間へ。
そして、作者の意図を感じ取った姫、消えゆく世界を見つめてはこんなことをつぶやいていた。
「作者さん、本当にありがとうございます。私、あなたのおかげで自分の想いを、「純潔」を、守ることが、作者に捧げることができます」
そして、姫の物語の世界は消えていった・・・。いや、消えたわけではない、昔の、あのときの、物語の分岐点、それまで巻き戻ってしまったのである。
「姫、私はあなたのことが好きです。結婚してください!!」
姫が復讐の相手である悪者を倒したあと、姫を助けに来てくれた王子は姫に告白した。だが、このままだと、以前の物語と同じ、「姫は王子の告白を受け入れ、結婚、幸せに暮らしましたとさ」、になるはずだった。
だが、このとき、姫はこう思っていた。
(作者、物語を変えていただいてありがとうございます。私、白百合の姫騎士、心置きなくあのセリフを言うことができます)
そう、ここは以前の物語とは違う、いや、ここから以前とは違う物語の展開が起きようとしていたのだ。それは姫の作者に対する恋心を知った作者が自分が愛する姫のために書き換えた、そんな新しい物語であった。
そんな新しい物語にそって姫は王子に対してこう言い切った。
「王子、あなたのお気持ちは十分わかりました。しかし、私には別に想い人がいます。それに、私はまだ未熟です。もっと旅を続けて私という器を大きくしたいと思っております。私は旅をもっと続けて立派な一国の主になれるように成長したいと思っております。なので、王子、大変申し訳ございませんがあなたの気持ちに添えることができません」
姫としての精一杯のお断り、これには、王子、
「その姫の気持ち、たしかに受け取りました。姫の気持ちを尊重します。なので、この王子、潔くこの場を去りましょう」
と言って姫のもとを去っていった。
そんな潔い王子を見てか、姫、
(王子、ごめんなさい。あなたの気持ち、とても嬉しかったわ。でも、私には作者という想い人がいます。なので、ごめんなさい!!そして、これまで私がピンチのときに駆け付けてくれてありがとう)
と、王子に対して感謝とお詫びの気持ちを示すとともに、
(そして、作者、私との誓い、果たしてくれてありがとう。私、これからも作者のために、私の恋のために、作者が創造する物語、その旅を続けていくわ)
と、作者に対する感謝と決意を示していた。
一方、そのころ、
「作者、なにを考えているのですか!!姫の物語の本の出版取りやめ!?もう本は完成して販売するだけなんですよ!!それなのに、突然、出版の取りやめなんて、正気なんですか?」
とマネージャーは作者に対し激怒していた。それはそうである。すでに姫の物語の本は完成しており、あとはお店に納品するだけだったのである。それが作者の突然の出版取りやめにより姫の物語の本を販売することができなくなったのである。こうなってしまうとかなりの損失を被ることになる。
しかし、作者はそんなことなど気にせずにこう言い切ってしまう。
「出版取りやめは姫の物語の作者である私が決めたことです!!なぜなら、姫の物語の結末が変わった、からです!!ならば、まったく異なった姫の物語を出すこと自体、読者のみんな、そして、この物語の登場人物たちに失礼、と言えるのではありませんかね!!」
そう、作者は姫との恋のために物語の結末を変えたのである。そのため、姫の新しい物語の結末とはまったく異なった物語の結末を書いた本を出すこと自体作者にとって不本意である、そう思った作者はその本の出版を取りやめたのだった。そして、作者は自分が愛する、もとい、お互いに相思相愛である姫のために姫のその先の物語を、新しい結末のその先の物語を、書くことを決めたのである。
そんな作者の想いを意図したのか、マネージャー、作者に対して、
「姫との叶わぬ恋のために多大な損失をだしてでも、自分の意思を、姫の新しい物語を書くという、作者、あなたの意思、それを貫くなんて、もう、私、面倒見切れません!!」
と言ってはさじを投げてしまった。
こうして、作者は本の出版取りやめによって起きた多大な損失を被りつつも、自分の意思、相思相愛の姫との恋路のために姫の新しい物語を書き続けることにしたのだった、それは白百合の花言葉のような、姫の「甘美」、いや、姫の「純潔さ」、いや、姫への「純愛」、それを貫くがごとくのように。
その後、突然本の出版取りやめを決めてしまったことにより作者はまわりから「わがまますぎる」と言われるくらいいろんなところからバッシングを受けるようになる。だが、作者はそのことなんて1つも気にせずに活躍の場所を本からネットへと移しつつも姫の新しい物語を書き続けていた。
そして、作者が新しく書いた姫の物語をネットでアップするとすぐさま、「この物語、とてもいい!!」「私、姫のこと、大好き!!」「姫、もっと活躍して!!」という大量のいいコメントをもらうことが多くなった。特に姫が復讐の相手である悪者を倒したあと、助けに来てくれた王子を振るシーンには、「私、このシーンを読んでびっくりしました」「予想外の展開・・・、あわわ・・・」といういろんなコメントが殺到してきた。
そんなこともあり、一躍人気になった姫の新しい物語は今度書籍化することが決定された。だが、それでも作者は、自分の想い、姫への恋心を忘れることはなかった。
(ふふふ、さぁて、私の愛する姫にどんな冒険をさせてあげようかな?)
作者はいつもそう思いつつも愛する姫のために今日も姫の新しい物語を書いている。
そして、その作者が愛している、いや、自分も愛している、いや、もう作者と相思相愛になった姫も、
(作者、私、今、とても充実している!!私が愛している作者が創造する物語を私が演じている、いや、私が私の意思で前に進もうとしている!!そう考えただけでも、私、幸せだよ!!)
と、作者が創造する物語の主人公として活躍している、そのことを誇りに感じていた。
現実と空想、その狭間には絶対に超えることができない壁がある。作者と姫は、その壁によって叶うことができない、そんな恋をしてしまった。しかし、夢、というその壁を越えることができる唯一の橋によって2人はついに愛し合うことができたのである。そして、その2人を結び付けた、白百合、その花言葉には「甘美」「純潔」のほかに「高貴」「偉大・栄華」があったりする。けれど、この2人を見る限り、白百合の花言葉にもう1つ別の言葉を付け加えることができるかもしれない、「純愛」と・・・。 (了)