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奴隷商の館の近くまでやってきた。付近の建物の物陰になっている場所に身を隠し、周囲の様子を窺う。見れば館は高い塀に囲まれ、正面には鉄で出来た頑丈そうな大きな扉があり、警備と思われる人が2人も立っていた。
強さは…よくて銀級冒険者と同程度ぐらいか。無力化することはたやすいが、それで侵入がばれてしまうのはよろしくない。もっというなら、救出作戦を実行するまでは極力騒ぎを起こしたくない。
どうにか侵入出来る場所を探したがこれといった穴があったというわけでもなかったので、仕方なくネズミに擬態し、塀の小さな段差を足場にして中に侵入した。仕方ないといったのは、ネズミがキライで擬態するのが嫌だったというわけではなく、スライム時の俺の体積よりも極端に大きいサイズや小さいサイズに擬態すると消費魔力が大きいからだ。
まぁ、最近は『精霊樹』による魔力供給があるのでかなり余裕があることには変わりは無いが、転生直後はぎりぎりの生活をしていたので、その感覚が未だ抜けきらず、出来る限り無駄な出費を抑えておきたいのだ。
何はともあれ警備に見つかることなく塀を乗り越え、見つけた窓の隙間から館内への侵入に成功した。しばらくの間その場から動かず、周囲を警戒したが特に問題もなさそうだったのでエルフの子供を探すことにする。
しかし、ここで問題が起こった。エルフは子供でも並の人間よりもはるかに多くの魔力を保有している。つまり館に入りさえできれば、サーチ・スライムから入手した索敵の能力を使えば楽に探し出すことが出来ると思っていたが、大きな魔力を見つけることが出来なかったのだ。
エルフの子供がここにいない可能性も考えたが、であるならば、エルフの子供救出のための潜入組からの情報が無いとは考えづらい。となると、やはりこの館内にいるはずなのだが…と、考えた時に一つの答えに思い至った。
恐らくだが、装備者の魔力を吸い出す首輪を嵌められていることにより、大きな魔力を感知できなくなっているのだろう。これは少々面倒なことになった。この大きな館を隅々まで探さなければならなくなってしまった。
などと考え事をしていると、二つの魔力が近づいてくるのが感知できた。この大きさからすると巡回している警備の兵だろう。急いでいるという様子もなかったので、俺の侵入に気が付いた感じではない。が、一応、物陰に身をひそめる。
こちらに注意を払う事もなく素通りし、去っていく。安堵した…が、閃くものがあった。こいつらについていったらいいんじゃね?と。
警備兵という事は当然、巡回経路に重要な施設が含まれているはずだ。そしてその重要な施設には、超高額奴隷のエルフの子供もいるかもしれないのだ。まぁ、仮に居なかったとしても巡回経路が分かるだけでも儲けものだし、少なくともこのまま闇雲に探すよりも効率がいい事には変わりない。
気配を消し、こっそりと警備兵の後をつける。まさかこんなに早く、足音を立てないで移動する歩法の訓練が役に立つとは思わなかった。まぁ、今の俺は四足歩行であり、訓練した歩法が完全に役に立っているかは分からないが気休めにはなっているだろう。
何か重要な内容の会話をしているかもしれないと彼らの会話の内容に耳を傾けるが、大した話はしていなかった。せいぜい夜勤明けにどこで飯を食うかとか、仕事に対する愚痴とか世間話が主な内容であった。
しばらくの間後をついて歩いていくと、帳簿を備えた部屋とか貴重品が置いてありそうな部屋の見回りを終え、鉄製で頑丈かつ重そうな扉の前に来た。そこにも警備兵と思われる人物がおり、俺が後付けていた二人の顔を確認すると扉の鍵を開け中に招き入れる。
「お疲れ。異常は?」
「ない。あとはこの奴隷棟だけだ」
「了解。今日の符牒はノック三回の後に一拍置いてもう一回ノックをしてくれ」
「分かった。大体1時間ぐらいで戻ってくると思うからそのぐらいを目安に、な」
符牒を決めているという事は、もしかしたら奴隷棟の中からではこの扉を開ける手段が無いという事なのだろうか。っと、危ない。扉を閉められてしまう。急いで俺も中に入らねば。ダッシュして扉の中に飛び込んだ。
扉の前にいた警備兵に姿を見られたが、わざわざネズミを捕まえるために俺を追いかけるという事は無いだろう。実際「うお!でけぇネズミ!」と声を発しただけでそれ以上の行動を起こさず、気にする様子もなく扉を閉めていた。
少し距離が開いてしまったが巡回兵は光源を持っており、それを目印にすれば問題なく追いつくことが出来る。
周りを見回せば鉄格子で作られた頑丈な檻に、幾人もの人が項垂れるように収容されていた。着ているものはボロな貫頭衣であり、ろくに体を洗わせてもらえないのか独特の嫌な臭いがする。
恐らく彼らは犯罪奴隷、もしくは最低ランクの借金奴隷か。彼らに与えられたこの環境を考えれば、碌な場所に売られる事は無いだろう。
少なくともエルフの子供がこんなところには収容されてはいない。下手な環境に置かれ、未来に絶望し自殺されてしまえば目を覆いたくなるような損失だ。売りに出されるその瞬間まで、大切に、大切に扱われるはずだ。




