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冒険者ギルドの入り中の様子を見ると、最も忙しいとされる朝夕の時間帯をずらしてはいたもののそれなりの数の冒険者がギルド内部に残っていた。もちろん建物の大きさからすれば少ないと言える人数ではあるが、仮にこの時間帯に都市内部で騒ぎを起こしたとしても、これだけの数の冒険者が残っていれば大した騒ぎにならず鎮圧されてしまう可能性も十分にある。
やはり以前所属していたウィルバートの町の冒険者ギルドとは、規模がまるで違うのだと理解させられる。気を引き締め、首から下げているミスリル級の冒険者であることを示すタグを軽く拭く。今回この都市で色々と悪さをするつもりだ。『ネス』の姿と名前は、出来るだけきれいな状態で残しておきたい。
「すまない、ミスリル級冒険者の『マジク』というものだ。つい先日ここに来たばかりなのであまり土地勘が必要のない依頼、もしくは土地勘とか、この都市のことがよく分かるような依頼を受領したい。何かいい依頼はないか?」
「ミスリル級冒険者のマジク様ですね。失礼ですが、マジク様はお一人ですか?」
「ああ、一人でいるのが何かと楽でね。パーティーも組まず、各地を放浪しながらのんびりとやらせてもらっている」
「分かりました。……でしたらこの『ブラック・シープの群れの討伐依頼』を受けてはどうですか?すでに銀級冒険者のパーティーの参加が決まっていまして、残りのメンバーを探していたんです。ミスリル級冒険者のマジク様からすれば報酬の額が少ないかもしれませんが、すでに決まっているこの銀級冒険者のパーティーは地元出身のメンバーで構成されています。道中、彼らにこの都市のことなどを聞かれてはいかがですか?」
「なるほど、それはよさそうだな。じゃあ、その依頼で頼む」
「分かりました。すでに決まっているパーティーはギルド内部で待機しています。呼んできましょうか?」
「そうしてくれ」
紹介されたのは20代前半ぐらいの4人組のパーティーだった。まさか自分たちの依頼にミスリル級の冒険者が参加するとは夢にも思っていなかったのだろう。みな俺のタグを見て目を丸くしている。
「まさかミスリル級の冒険者と共同の依頼になるとはな…と、失礼。俺はこのパーティーのリーダーを務めているダクエルだ。よろしく頼む」
「よろしく、俺はマジクだ。ここらに来たのは初めてでな、道中この都市の事とか色々と教えてくれると助かる。それと俺は基本的にはソロで活動してきたから、指揮などは君に任せる。俺をうまく使ってくれ」
「いいのか?いや、聞き返すのも野暮というものか。それでどうする?すぐにでも依頼に出発するか?必要なものがあるなら、準備する時間ぐらい待っているが」
「大丈夫だ。さっきも言ったが元々はソロで活動することが多いから、備品の貯蔵は普段から切らさないように気を配っている」
「流石だな。では早速行くとしよう」
今回ブラック・シープの群れがいる草原の近くは、普段は駆け出しの冒険者がゴブリンの討伐や薬草の採取に出かけることが多い場所となっている。そんな場所にブラック・シープの…おまけに群れが出現したという事もあって、新人冒険者から何とかしてくれという声がギルドに多数寄せられたらしい。
「なるほど。確かにブラック・シープ自体の強さは銅級程度だが、新人からすれば強敵には違いないからな。おまけにあいつらは自分よりも強そうな相手は徹底的に戦いを避けるくせに、自分よりも弱そうな相手だと果敢に攻撃を仕掛けてくるからな」
「ああ、ちょうどあのあたりの草原で活動するのは鉄級がメインだからな。ブラック・シープからすれば強敵のいない、いい餌場を見つけたと喜んでるだろう」
「違いない。しかし、どうしてその草原にブラック・シープの群れが現れたんだ?あいつらはもっと山の奥とかに生息していると記憶しているんだが」
「それはギルドの職員も似たようなことを言っていたな。お前らはなんか聞いていたか?」
「いや、全然。そもそもそういった頭脳労働はリーダーが担当だろ?」
「はぁ、お前らに聞いた俺が馬鹿だったか。一応、今回の依頼で何か原因がわかりそうな証拠とかがあったら、見つけておいてほしいと言われてたんだが…残念ながらそういった知識は俺には…いや、俺達にはなくてな。ちなみにマジクさんはどうだ?」
「悪いな、俺も力になれそうにない」
「いや、ギルドも俺達を依頼に向かわせたという事はダメ元だったんだろう。ま、サクッと魔物を退治して、新人どもの飯の種を守ってやりましょうや」
もしかしたら、エルフを捕まえに来た奴隷商とその護衛である冒険者から逃げるためにこの辺りまできたのかもしれない。まぁ、あくまでも俺の予想だ。調査自体はギルドの職員の仕事だろう。特に気に留めることなく、依頼に向かうことにした。




