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「ずいぶんと機嫌がよさそうね」
「まぁね。正直これほどうまく事が運ぶとは思ってもみなかった。擬態すれば知識と記憶を得ることが出来るけど、俺自身がゴルドスを演じなくてはいけないし、本人が自覚していないような小さなクセとかは再現できないからね。もしかしたらそういうところから不審がられて、失敗する可能性もあっただけに嬉しさも一入さ」
「そ、お疲れ様。こちらは潜入組の仲間たちに連絡を取ったけど、概ねあなたの考えに同意してくれたわ。この都市にいる奴隷をすべて同時に開放するのは分かったけど、具体的にはどう行動するつもりなの?」
「何らかの手段で騒ぎを起こして、都市の衛兵や冒険者達がそちらの方に注意を向いたスキに行動を起こすつもり。当然騒ぎが大きければ大きいほどこちらの動きを知るのが遅くなりこの作戦が上手くいく可能性も高くなるから、潜入組のエルフ達にはこの都市の構造なんかの調査を頼みたいと思っている。俺は何とか子供たちが捕らわれている商会の従業員を同化して、隷属の首輪の解除方法を入手しようと思う」
「分かってはいたけど、救出までに時間がかかりそうね」
「ああ、商会の従業員が姿を消すような事件が短い期間で何度も起きれば、絶対何かあると考える人も出てくると思う。それで警戒されてしまえば元も子もないしね。だから時間を空けて、少しずつやろうと思っているけど、当然同化した従業員がエルフの子供の首輪の解除方法を知らなければ無駄骨になってしまう」
「つまり、首輪の解除方法を知っていて、かつ、突然姿をくらませても大した騒ぎにならないような人間が欲しいというわけね」
「そういうこと。ただそんな人間が何人もいるとは思えないんだよなぁ。まぁ大きい商会なら該当する人物が一人か二人ぐらい居るかもしれないけど…」
「思ったんだけど、あらかじめ貴方が商会の商会長を同化して、擬態しておけばいいんじゃないかしら?動くにしても色々と楽だと思うんだけど」
「商会の商会長ほどの偉物になると護衛も腕利きの人材を雇っているだろうからな。そんな人たちにバレずに同化することは難しいだろうし、バレてしまえば、例えその護衛を始末したにしても騒ぎが大きくなると思う。仮にすべてが上手くいったとしてもな…知識があったとしても、しがない商業ギルドの職員だった俺に大きな商会の運営なんてできるはずがない。今回のように短い期間なら何とかなっても、長期間となると絶対に怪しまれると思う。だからその方法は、本当に最後の手段にしようと思う」
「うーん、何事も上手くいくというわけではないのね。分かったわ。それで私はどう行動すればいい?他の仲間たちと一緒にこの都市の構造とかの調査をして回ろうか?」
「いや、同化するのにちょうどよさそうな人材を探してもらいたいんだけど、大丈夫か?」
「構わないわよ。てっきり貴方が直接探すものだと思っていたんだけど、貴方自身はどうするつもりなの?」
「俺は冒険者らしく、ギルドにいって依頼を受領するつもりだ」
「どうして?資金不足というわけではないでしょ?」
「これは以前いた町で気が付いたことなんだけど、冒険者に依頼される内容ってのはその町の情勢なんかと深い関りがあるんだ。例えば町の周辺に強力な魔物が出没するようになれば位の低い冒険者がその周辺に行かないよう依頼の内容が制限されたり、戦争が起きそうになれば兵士たちの治療に充てるための薬草採取の依頼が増えるといった具合にね。そういったことの調査はエルフ達にはできないだろ?都市内部での調査は任せるから、俺はこういった視点からこの都市の調査を進めていこうと思っている」
「なるほどね、理解したわ」
「調査にかかる費用はこちらで用意しようか?俺が同化する相手なんだからな」
「いいえ、大丈夫よ。不本意ではあるけど、今回貴方に助けてもらったように私たちの里周辺に定期的に冒険者が来るの。そういった人たち間引いて、彼らの所持金を回収していたから資金には余裕があるの。足りなくなりそうだったら、その時に頼むことにするわ」
自然を愛し、自然とともに生きると聞いたことがあるエルフ。しかその実態は、殺した冒険者の身ぐるみを剝ぐという、意外にも逞しい生態をしているのだと実感させられた。




