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屋敷の中に入り、客間と思われる部屋へと通される。
質のよさそうなソファーの上座には壮年のエルフの男性が座っており、こちらを観察するように睨みつけてくる。長命種であるエルフでありながら壮年の装いという事は、かなりの高齢であることが予想される。
長い月日を生きた歴戦の猛者のみが放つことのできるオーラのようなものを感じる、気がする。まぁ、人生?経験の少ない俺にそんなものが分かるはずがない。俺に分かるのはせいぜい相手の魔力量や、立ち振る舞いから来る戦闘訓練を受けた者かそうでないかの違いぐらいだ。
そしてその察知することのできる魔力量から判断すれば、恐らくは俺の目の前にいるこの壮年の男は里長ではない。俺は佇まいを直し、下座に座り焼き菓子をボリボリと頬張っている幼女に向けて丁寧な挨拶をする。
「失礼。この里の長殿とお見受けいたしました。この度は拝謁する許可を頂き、誠にありがとうございます」
「……くははははっ!だから言ったじゃろ、ローガン。この程度のことで騙せるような奴ではないと」
「ですが姉上!そうやすやすと里の者以外の、おまけに得体のしれない人間に会われては危険です!もう少しご自身の立場というものをお考え下さい!」
「まぁ、そう言うでない。…さて、済まぬな、待たせてしまったな客人よ。おぬしの考えどおり、儂がこの里の長である。名はローゼリア。よろしく頼むぞ、小僧」
俺に気を使ってか内密な話をするからと、ローガンと呼ばれた男性が渋々ながらも屋敷から出て行った。ダンディなおっさんが幼女に命じられて行動する様は何というか、心に来るものがある。
「あの、先程のローガンという方は…」
「奴も言っておったが、儂の弟じゃ。昔はお姉ちゃんと呼んで後ろからよく付いてきては儂に甘えておったのに、いつの間にかあんなむさ苦しくなってしまうとは…時の流れというものは残酷じゃな」
「……あの、ローゼリアさんって、おいくつ…いえ、何でもありません」
「うむ、レディに年齢を聞くのはあまりよろしくないぞ小僧。じゃがまぁ、特別に教えてやろう…と言いたいところじゃが、正確な年齢は儂も忘れてしもうたわ」
正直年齢うんぬんよりも、あれぐらいの年齢の弟がいながらどうしてこの人の見た目が幼女なのか気になるところではあったが、今は取引に集中することにしよう。
「エリーさんからある程度の話は聞いているとは思いますが、今日は私とエルフとで取引をするためにこの場を設けていただきました」
「うむ。ただ儂はつまらん言い回しや、持って回ったような言い方を好まんのでな。お主が何をどうしたいのか、それによって儂等エルフがどういった利益を得るのか、包み隠さず正直にすべてを話してくれ」
「ええ、分かりました…っ今のは…」
了解の意を伝えると、自分を縛るような感覚に襲われた。これは契約のスクロールを使用したときに感じたものと同じ感覚だ。つまり彼女は魔法を詠唱するどころか、いや、それどころか発動したタイミングを俺に一切悟らせることなく契約の魔法を発動してみせたのだ。
多少距離があるのなら、魔法を発動するために必要な魔力の流れというものを察知できないということも理解できるが、目と鼻の先にいる人物のそれを察知することができないとは…エルフの里長を任されているだけの実力はあるという事か。
ただ一つ確信することが出来たのは、少なくとも彼女は俺を殺す意思が無いという事だ。彼女が俺を害する意思があるなら、先程発動したのは契約の魔法ではなく、攻撃の魔法であったはずだ。
さて、どこまで話していいものか。いや、先程彼女は「すべて話してくれ」と言っていた。中途半端なことしか話さないようでは、彼女の信用を得ることは出来ないだろう。
……考えるのがダルくなってきた。しかたない、全部話してやるとするか。
魔物であることに警戒されるかもしれないが、少なくとも俺が人間に味方をするような存在ではないということは理解してくれるはずだ。
その後のことは…まぁ未来の俺に丸投げするか。頑張れ!未来の俺!明日を切り開くために!




