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流石は年の功というべきか、(正確に言うなら彼女の年齢は知らないが)真っ先に次なる行動に移ったのはエルフの剣士であった。
周りにいる冒険者を次々と切りつけ無力化していく。無論仲間が倒されているのをじっと眺めているような冒険者はいなかったが、雇い主が殺されたことによってこの依頼を継続すべきなのか迷っているであろう、そんな逡巡をしている間にもエルフによる冒険者の被害は増え続けていく。
俺もその冒険者討伐に加わり、ほどなくして冒険者は皆無力化され、大地に横たわっていた。
エルフの女剣士が構えを解かず俺の様子を観察してくる。状況的には彼女を助けたことにはなるが、彼女からすれば同胞である人間をためらいもなく殺した俺も十分不審者だからな。むしろその警戒心の高さを好ましく思う。
とりあえず、まだ息のある冒険者に止めを刺し経験値に変えていく。と、思ったが、思ったよりも息のある冒険者の数が少ないな。もちろん俺は最初から経験値目当てだったので急所を的確に狙って攻撃していたが、エルフの女剣士も首やら心臓やらの致命傷になる部位を集中的に狙っていたようだ。
この点もかなり気に入った。敵に情けをかけて生かしておけば、そいつはまた新たな武器を手に、来るからな。その芽を事前に摘むことは重要なことだ。まぁ、彼女の場合は幼い少女を人質に取られて、単に腹を立てていただけかもしれないが。
俺が冒険者に止めを刺していっている間、女剣士が檻を破壊し中にいた少女を救い出す。依然こちらを警戒してるようだが少女を助けることを優先したのだろう。しかし何やら様子がおかしい。多分、少女の首に嵌められている首輪が取れないのだ。俺は冒険者の荷物から金になりそうな物を回収する手を止め、彼女に話しかける。
「んん!その少女に嵌められている首輪を、俺にも見せてくれないか」
警戒されないよう、あえて大きい声を出してから近づく。彼女の危機を救ったこと、声をかけてから近づいたこと。気を許してはいないようだが、すぐさま剣を突きつけられるという事はなかった。
その少女から少し離れ、俺の背後に回る。俺が何か不審な行動をとれば、背後からすぐに攻撃することのできる位置取りだ。
少女に嵌められた首輪を観察する。奴隷売買にそれほど詳しいわけではないが、確かこの首輪は見たことがある。俺が憲兵に捕まり、死ぬ間際まで嵌められていた首輪と同じ奴だ。
確か嵌められた生物の魔力を生命活動が出来るギリギリまで吸い出す、凶悪な犯罪者御用達の逸品だ。魔力をあまり宿していなかった前世の俺ですら、虚脱感でかなり苦しかった記憶がある。生まれながらに多くの魔力を持つエルフの、さらには幼い子供であるこの少女のそれは前世の俺を大きく上回るだろう。
何か胸に来るものがある。この感情は多分同情だ。この少女が人間であったならこんな気持ちにはならなかっただろうが、人間から蔑まれている亜人…エルフだからこんな気持ちになったのだろう。いつの間にか自分と重ねて見てしまっていたのかもしれない。
「おい!いつまでそうしているつもりだ!何か分かったのか!?」
「…ようやく声を聴くことが出来たな。この首輪は犯罪者用の逸品で、嵌められた生物の魔力を際限なく吸い出す。このままだとこの少女は衰弱していく一方だな。力づくで外そうとすると、この少女に後遺症が残る可能性がある。外す方法は、この首輪を実際に嵌めた人間にしか分からないだろう」
「嵌めた人間…だと…?もしかしてそれは…」
「ああ、多分俺が最初に殺した奴だな。言っておくが謝罪はしない。ああでもしなければ、この少女を害された可能性も十分あったからな。ただ、何とかなる可能性もある。しかしそれには俺の奥の手を晒さなきゃならないんだが…お前もそうだろうが、俺もお前を完全に信用することは出来ない。そこで提案なんだが…」
奴隷商の持っていたマジックバックを漁り、目当てのものを探し出す。…見つけた、契約のスクロールだ。奴隷の様な高額の商品を取り扱う商人には必需品ともいえるものだろう。それを取り出し彼女に見せる。
「これは契約のスクロールだ。このスクロールを使って契約したことは、両者の合意が無ければ破棄することが出来ない。そして契約した内容を履行しなければ、その者にペナルティが与えられる。これを使って、出来ればフェアな立場で契約を結ばないか?」
彼女自身、契約のスクロールに関する知識をある程度は持っていたのだろう、中身を改めさせてほしいと言ってきた。俺はそのスクロールを彼女に投げて渡す。
しばらくの間、スクロールに不備が無いかを確認したのち、俺に返してきた。
「それで、契約の内容はどういったものにするんだ?」
「1つ目は、お前は俺に関する情報を俺の許可なく第三者に伝えることを禁じる。2つ目は、俺はこの少女の首輪を外すことに全身全霊で取り組む。そして3つ目は、2つ目の契約が履行されたとき、何故エルフであるこの少女が人間の、それこそ、この程度の人間達に捕まってしまったのかを包み隠さず正直にすべて俺に教える…これでどうだ?」
「なっ…ふざけるな!1つ目と2つ目は分かるが3つ目はなんだ?なぜお前にそのことを教えなくてはいけないんだ!まさかお前も我らエルフをさらいに来た連中の仲間だったのか!?」
「それはないな。だったら4つ目の内容として、俺はお前の許可なくエルフに害をなす行動を禁じることにしよう。もちろん、自衛のためなどは除かせてもらうがな。3つ目の条件は、少しでもエルフに関する知識がある人間なら気になる内容じゃないのか?エルフは『精霊樹』とよばれる神聖な樹のそばで里を作り生活していて、その『精霊樹』と里長が契約をしてエルフの里を覆うような大きな結界を張っていると聞く。そんなエルフが、子供とはいえ、大した実力もない人間にこうもあっさりと捕まるなんて不思議に思うのは当然じゃないのか?」
「くっ……でも、それは……」
「すでに人間の奴隷商が来ているという事は、人間達の間でもそれなりに情報が広まっていることの証拠だ。もちろん原因そのものは知らないだろうがな。重要なのはエルフを攫うことが出来ているという現状だ。俺がその情報を知ったからといって、今のエルフ達の状況は変わらないと思うぞ。それでもいやだというなら…あの少女を助けた報酬だと思ってくれても構わない。まさか俺にここまでさせておいて、ありがとうの一言でお別れするつもりじゃないだろうな」
どうやら、渋々ではあるが納得してくれたようだ。心変わりする前に、早速スクロールを使い契約を結ぶ。ちなみに契約のスクロールの副次的な効果で、契約が達成されるまでは互いに互いを傷つけることが出来ないようになっている。そのおかげか、少しだけ場の空気が軽くなった気がした。
さて、彼女は俺の能力を他言することができないので『同化』することにするか。




