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朝起きてギルドの職員と軽く別れの挨拶をした後、ウィルバートの町を後にした。実力のある冒険者に去られてしまうのはギルドからすれば損失が大きいが、自由がモットーの冒険者ギルドでは俺の移動を止めるわけにはいかない。俺は惜しまれつつも長らく活動の拠点としていたこの町を離れることにした。そして道中人気のない場所で、事前に連絡を取っていたマネジメント・スライムと落ち合う。
『それじゃ13番。俺は行くから、この辺り管理は任せた』
『了解です。昨日のうちにサーチ・スライムを3体、その眷属である孫眷属を20体を昨夜のうちに先行させています。これ以上の戦力増強は必要なかったんですよね?』
『ああ、十分だ。必要になれば道中スライムを見つけて眷属にしていく。13番の方も余剰戦力が出始めたら、こちらのことは気にせずにウィルバートの町周辺の眷属の勢力範囲を広げていってくれ。仮にお前や俺の様な特殊な能力を持つ種に進化をした個体が出現したら、その都度念話で伝えてくれ。そういえば4番…『ドミネイト・スライム』はどうだ?』
『やはり高い知性と能力を持つ生物ほど、支配することが困難になるようです。現在は弱らせたゴブリンで能力の強化を図っている途中ですが、あまり上手くいっていません。もう少し位階を上昇させてから、再びチャレンジさせてみることにします』
『あの能力はかなり強力だからな。際限なく使うことが出来たらその辺の冒険者に使ってかなりの戦力強化が出来そうだが、そこまでうまい話は無いか。まぁ、無理をすることは無い。慎重に実験を進めてくれ』
『分かりました』
13番と別れメウリージャに向けて歩き出す。道中はとある斥候職の冒険者を『同化』することで手に入れることのできた、足音を立てないで移動する歩法の訓練に充てる。
慣れない移動方であったので進行速度はかなり遅くなったが、先行し道中の安全を確認していてくれる機動力が俺よりも劣る眷属達に追いつくことが無かったので都合が良かった。
移動を開始してから1週間。ようやく普通に歩く速度と同程度のスピードで移動することが出来るようになり、もうしばらくすれば眷属達に追いつきそうになった頃、先行しているサーチ・スライムの一体から念話が入った。
『人間の商人が野盗に襲われてピンチ。商人が雇ったと思われる冒険者の負傷者多数。幼い少女が人質に取られて現在は拮抗状態』
野盗か。正直商人が襲われているからといって、すぐに助けに行かなければ!という義信に駆られる事は無い。俺は自分の身が一番大切だ。危険を承知で、命を懸けてまで他者の命を救いたいとは思えない。
俺にとって最も望ましい展開は、冒険者と野盗が共倒れになってくれることだ。楽に死体が手に入り、経験値を得ることが出来る。戦況が拮抗している状態で下手に助けに行って、野盗の標的にされてしまい、自分の身を危険にさらすのは望ましくないのだ。
とはいえ今の俺を即座に倒すことが出来る人間など、アダマンタイト級の実力を持つ一部の強者のみであるという自信もある。そして、それほどの力を持つ存在が野盗をしているとは到底思えないのも事実だ。
何故なら犯罪行為という危険な行動などしなくても、冒険者になればそれほど苦労せずとも大金を手に入れることが出来るからだ。銀級の冒険者ですら20年ほど働けば、余程の浪費をしなければその後の人生はそれまでの貯金で十分生活できると言われている。その3つ上の位なら言わずもがなだ。
そこから考えると、野盗はどんなに強くてもミスリル級。そもそもアダマンタイト級ならその辺の商人が雇う事のできる冒険者程度の実力で、戦況が拮抗するなんてことはまずあり得ない。
…よし、助けるかどうかは別として、とりあえず様子を見に行くとするか。
野盗が弱そうならちゃっちゃと倒して商人から謝礼をもらい、想像よりも強そうなら周りの冒険者を盾にして逃げることにしよう。サーチ・スライムから念話のあった場所に向う。そこで俺が見た光景は、俺が想像していたものとは全く違った光景であった。




