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手の空いた眷属達に命じて偽装工作を開始する。
ジル達が使用していた拠点から離れた場所に竈を作り、周辺の草木を踏み固め多くの魔物がいたように見せかける。またジル達の移動の痕跡を消し、ジル達の逃走経路ではない道の草木をわざと傷つけ、あたかも魔物達がその道を通ったかのように見せかけるなどの工作をした。
ただ、眷属であるスライム形態の触手で出来る作業には限界があり、人型に擬態できるのは俺だけであったので、ほとんどの作業は俺自身の手で行わなければならかかったのが非常に面倒であった。
気晴らしをしたいとも思ったが、進化により更に身体能力が向上したためこの程度の作業では疲労を感じることがなかったので休憩する気にはなれず、無心となり黙々と作業をすることにした。
恐らくはそれがいけなかったのだろう。気が付いた時には、冒険者がすぐ近くにまで接近している気配を感じた。
「あれは…ゴブリン・リーダーか。あんなところで何してんだ?」
「魔物が何を考えているのか分かったら苦労はしませんよ。問題なのは、あのゴブリン・リーダーが我々が捜している魔物の群れに属している奴なのかそうでないか、ではないですか?」
「違いない。それで…どっちだと思う?」
「恐らくは『当たり』ではないでしょうか。手入れの行き届いている皮鎧に、作りのよさそうな片手剣。ほとんで汚れているように見えないという事は、人間から強奪してから時間が経っていないことの証拠でしょう。魔物には、武器や防具の手入れをするという習慣は無いでしょうからね」
「となると、やはり時期的なことを考えると、最近襲撃された都市部から盗まれた物とみてもよさそうだな。それで…どうする?」
「いつもと同じ方法でよろしいのでは?適当にダメージを与えて、奴が群れに逃げ帰るのを追跡し、魔物の群れの本拠地まで案内してもらいましょう。ただ、今回は群れのボスはオーガ・リーダーだそうですから、我々の手には負えそうにありませんからね。本拠地の場所が分かったら、その情報を連合軍まで持ち帰る事を優先しましょう」
「そうだな。おっと、あちらさんから近づいてきてくれるようだ。流石は魔物。質も数もこちらに到底及ばないのに襲い掛かってくるとは、とんだ知恵足らずだ。一応、迎撃態勢を整えろ。あと、周囲を警戒も怠るな。近くに他の魔物がいる可能性も十分にあるんだからな」
「「「「了解」」」」
冒険者の数は4名。全員金級冒険者のベテラン揃いだが、進化した俺の敵ではない。正面から戦っても勝つ自信はあるが、何人か打ち漏らす可能性もあるのでギリギリまで実力は隠しておくことにする。
とりあえず、その辺のゴブリン・リーダーの様に「ギャッギャッギャ」と頭が悪そうに叫びながら下卑た笑みを浮かべ、剣を振り上げながら不用意に近づく。見れば冒険者の面々も一応警戒はしているものの、ダルそうな表情をしながら武器を構えている。
それも当然と言えるだろう。いかに進化した種とはいえゴブリン・リーダーごとき、銀級の冒険者でも討伐することは容易であるからだ。加えてこの人数差。油断するなと言われる方が困難であるといえるだろう。
タンク役の盾持ちが俺の前に出て来て、俺の降り下ろした剣を易々と受け止める。そのまま盾バッシュを俺に食らわせて俺の態勢を崩し、もう片方の手に持った剣を俺の肩に降り降ろす。
殺気のない攻撃だ。躱すことなど簡単ではあったが、あえてその攻撃をこの身で受け、その冒険者の様子を窺う。こちらの油断を誘うための罠だという事に気が付いている様子はなく、俺が躱すことが出来なかったのだと心底思っているような表情だ。
核さえ無事ならいくらでも再生することのできるスライムの体だ。俺に斬撃による攻撃はほとんど効果は無い。俺の体から出血していないことを不審に思い、仲間たちに知らされる前に倒しておくことにする。
手をアイアン・スライムから入手した硬化の能力を使って硬くして、貫手を使って心臓を貫く。タンク役らしく金属製の鎧を身にまとっていたが、今の俺からすれば魔法の付与されていないただの金属鎧など紙切れも同然…とは言えないが、脅威にはなりえないのが実情だ。
距離が近いためフルフェイスの仮面の隙間から、目をいっぱいに見開き驚いた表情をしているのが見えた。俺の強さに気が付いたようだが、いささか遅すぎたようだ。うめき声がわずかに漏れていたが、鎧のこすれる金属音によって掻き消えていた。
彼はかなり体格が良く、影になっているので後ろにいる仲間の冒険者から俺の姿は見えていないだろう。彼が立ち上がったように見せながら上体を持ち上げる。
仲間の冒険者から「おい、間違って殺してないだろうな?」とか「どうした、どこか打ったか?」とか声がかかるが、まさかすでにこと切れているとは、欠片も思っている様子はない。
取り出した投擲用の短刀を冒険者の影から投げつける。不意を突いた攻撃とはいえ瞬時に対応をして見せたのは流石といえるだろう。この程度の攻撃で金級冒険者を仕留めることが出来るとは思ってはいない。これはあくまで牽制の為であり、その隙に距離を詰める。
手を抜いていた先程とは違い、片手剣による上段からの全力の降り下ろし。狙いは一番前にいる、リーダーと思われる戦士だ。彼は瞬時にスモールシールドを掲げて防御の態勢を整える。が、そのスモールシールドを叩き割り、盾を持っていた方の腕の肩から腹にかけて俺の剣が深く切り裂いた。
致命傷だ、確認するまでもない。仮にポーションを使って治療してもその痛みにより戦闘に参加するのは時間がかかるだろう。
残り2名の冒険者を見る。装備からすると1人は弓使い、もう1人は戦士…というよりも索敵に特化した斥候職といった感じだ。革の鎧に短刀を装備しており、防御を固めるよりも動きやすさを重視している。
どのように仕留めるか思案していると、斥候職と思われる方の冒険者がポーチから何かを取り出し勢いよく地面にたたきつける。効果は瞬時に現れる、煙幕だ。多分魔法師ギルド製の魔法が付与された高性能な奴であり、辺り一面が瞬時に煙にまみれ、冒険者達の姿を見失う。まず…くはないかな、別に。




